読めたら凄い!! 七夕「乞巧奠」の由来。


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

突然ですが、質問です。この漢字。読めますか?

 

「乞巧奠」

 

答は下に。ズルは無しで、読んでみてください。(ちなみに私も、初めて見た時は読めませんでした。なんじゃこりゃ?って思った人間です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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では、正解です。七夕の別名。正式名称の名前。

乞巧奠(きこうでん)と読みます。

五節句のひとつの、七夕のことです。短冊に願い事を書いて、笹に括りつける。七月に入って、幼稚園や保育園では園児達が一生懸命自分で文字を書いて願い事を書いているのを見ると、微笑ましくなりますね。偶に催事場等で見かける短冊に『成績UPしますように』とか、『痩せますように』とか『赤点取りませんように』なんて超現実的な願い事を見ると、思わず苦笑してしまうのは御愛嬌。

ちなみに願い事は「~しますように」「~したい」という文句で締めくくるよりも、言い切りの形や体言止め。完了形の言葉で書くと、叶いやすいです。

「高校合格!!」とか「全教科八十点代!!」とか。
否定的な言葉や、「~しないように」という文句は、逆にその事項を引寄せてしまうから、極力避けた方が吉。たとえば「あの人と会いませんように」なんて、嫌な人のことを思い浮かべて書いたら、妙に最近声をかけられる様になったとかになりますから、ご注意を。

布を織るのは女性が身につける必須技術

【乞巧奠って、そもそも何?】

日本に現存している行事の殆どは、古代の宮中行事が元となっています。じゃあ、その宮中行事はどうやって作られたかというと、遣隋使や遣唐使達が、隋や唐。当時の中国で行われていた行事を輸入してくれたのが、由来となります。漢字もそうですし、私達の文化の根幹は中国から学びとったものが多いです。

乞巧奠もその一つ。

中国の故事で、牽牛(けんぎゅう)星と織女(しょくじょ)星が年に一度会う伝説が元となっています。

この伝説の主人公は織女星。日本語で言うのならば、織姫です。
この織姫。とっても良く働く機織りの名手で、天帝。ざっくりいうと神様の服を布から作っていました。それで出来あがってくる服はとっても素晴らしいのに、織姫の身なりが仕事に熱中するあまりボロボロで。それを哀れに思った天帝は、旦那様がいれば幸せだろうと、日々の仕事のご褒美に、牽牛星。彦星と結婚させてくれます。今でいう、仲人さんですね。

で、その後。夫が出来た織姫は、身なりにも気を使う様になって、幸せになるんですが、仕事を辞めちゃうんですね。寿退社のつもりだったのかな。

織姫の作る服をこよなく愛していた天帝は、仕事をしない織姫にブチ切れます。恩を仇で返したなっ!!ぐらいの勢いで。

そして、二人を引き離し、ちゃんと一年頑張って仕事をしたら、七月七日だけは旦那さまと逢わせてやろう。と条件を出すのですね。

この悲しい伝説をもとに、南北朝時代の中国では、女性たちが七月七日に七本の針の穴に美しい彩の糸を通して繋げ、針仕事の上達を願った行事として定着し、それが日本に輸入された原点となります。

 

【日本人の特徴。私達は、何でも勝手に変えてしまう人種】

でも、疑問に思いませんか?

乞巧奠なんて名前も初めて聞いたって人は多いと思うし、伝説の内容は一緒だけど、行事の内容は全然違うし。針に糸通してないし。そもそも女の子の行事でもないし。更に言うのならば、何で「七夕」って名前になったの? 読みも「しちゆう」なら解るけど、なんで「たなばた??」

色んな疑問が沸いてくると思うんですが、これって私達日本人の特徴でもあるんですね。

基本島国で、外部との交流は殆ど無く、あったとしても数年や数十年に一回のみ。更には江戸時代には自分から勝手に鎖国で引きこもっちゃう始末。(日本人って歴史的に見ると、本当に引きこもり国家ですよね。うん)

でも、だからこそ、私達は外からやってきたものを自分達の生活にぴったり合う様に、変化させたり組み合わせたり、物を加工する事がとっても上手い。資源は無いけど、技術大国。『唯一の資源は人材で有る』と言い切る日本の根幹ってこんなところに存在しているんですね。

そもそも、日本に輸入されてきたもので、元々の形を保っているものって殆ど無いです。物、思想、宗教、芸術。ありとあらゆるものを、私達は加工してきた。

言葉も元々の中国語の漢文とは、読み方真逆の文法を勝手に作り出し(前置修飾文は世界で見ても稀な文法)、勝手に漢字の形からひらがなやカタカナ作るし(もはや漢字の原型をとどめていない)そして漢字の読みも勝手に作る。仏教も伝来してきた物とは違ってるし、色んな流派を勝手に作る。

もっと世俗的に考えるなら、食べ物も日本に入ってくると、元の形とは別物になっちゃうのは有名な話ですよね。インド人が日本のカレーライスを食べて、「これ、なんて言う料理?」って訊くし(自国のカリーと同じものだと言うのには、全く気が付かないらしい)、ラーメンも、日本のモノって最早中国のモノとは全然違うらしいし、ハンバーグも欧米人から見てしまえば、どちらかと言うとミートローフに近いみたいだし。オムライスやアンパンも、外来のものと日本のモノを組み合わせた発明品で大ヒットしたものだし、例を上げればきりが無いです。

それ位、私達は外から入ってきたものを加工するのが大好き。

この乞巧奠の行事も、もちろんそのままで済むはずが無く……

【日本の伝説 棚機姫】

元々、日本にも色んな伝説や風習が存在しました。その中の一つである、棚機姫(たなばたつめ)信仰というものがあります。

ざっくり言うと、この伝説。村の中で、穢れを知らない乙女が、神様の為に衣を織って捧げていた、という伝説。神様の服を女の子が作っていた、という部分は中国の伝説とも良く似通っています。

なので、この二つが組み合わさり、読み方も中国風のモノでは無く、この棚機姫の名前の方が残って「七夕」の読みの語源ともなり、宮中行事の和歌を梶の葉に書く行為と結びついて、短冊に願い事を書く、という現在のスタイルが定着していったのでしょう。

色々混ぜて、こうなった、って感じですね。

【七夕には、何を願えば良い?】

元々のお話が、布を織ることが上手かった機織姫の伝説です。

なので、機織りや針仕事は女の子が身に付けていなければならない基本的な教養とみなされていましたから、針仕事の上達を願う事、から始まり、それが時を経るに従って裁縫、書道、詩や歌、音楽などの、芸事の上達を祈るようになっていきました。

なので、昔の故事にならうのであるのならば、何か上達したい事を、願ってみるのが一番の様です。

 

しかし……

昔、私がこの七夕のお話を聞いた時に真っ先に思ったことは……

「神様って、なんて心が狭いんだろうっ……」でした(笑)

ちなみに、七夕の由来を知らない高校生男子にこの話をすると、彼らの答は……

「そんなの、織姫、浮気したい放題じゃんっっ!!」

 

 

現代高校生は、ロマンのへったくれも無い様です(笑)

 

 

ここまで読んで頂いてありがとうございました。






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