楽に書ける読書感想文おすすめ本 無関心の重い罪~小学校中学年編~


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

暑さもピーク。台風も週末にきそうで、家に居なきゃならないのは気が重いですが、寧ろ閉じ込められるのはラッキー、とばかりにちゃっちゃっと宿題しちゃいましょう。

その時その時で、天気に文句言ったって仕方が無いから、出来ることに集中する。特に、雨音って集中には最適です。ショパンのピアノ曲に「雨だれ」って曲が有りますが、集中するにはもってこいですよ。(私が弾くと、「雨だれ」じゃなくて「雨もり」になりそうですが……)

と言う事で、昨日に引き続き、小学生中学年編。ここ数年の課題図書の中から、興味深かった物や印象深いものからピックアップしています。

今日紹介する本は、読みながら思わず泣いてしまった本。とても深く考えさせられる本です。是非、皆に読んでほしい。そして、読んだ人と内容について話し合ってほしい。

「知らない」という事実と、「『自分が知らない』世界で起こっている事に無関心で居ること」の、罪深さを。

 

【チョコレート? それは食べ物なの? と首を傾げる、カカオ豆を手にしたアフリカの子供の絵】


「チョコレートと青い空」

 

あらすじ

主人公は何処にでも居る小学生の男の子。

普通と違うことは、彼の家が専業農家だと言う事。家には100頭程の牛も居て、いつも牛の世話を家族総出で手伝わなければなりません。牛のうんちを片付けるのが、とっても嫌。なんでこんなことを自分がしなきゃならないんだって思いながらも、毎日毎日、スコップで牛のうんちを片付け続ける日々。

中2のお兄ちゃんが居るんですが、昔は手伝っていたのに、最近なんだか機嫌が悪くて手伝いもしません。ずるいって思いながらも、睨まれるのが怖いから、何にも言えなくなる。

そんな家に、ガーナから農業研修生がやってくることに。

ガーナってどんなところなんだろうと、お父さんに訊くと、アフリカの国でチョコレートの原料であるカカオが沢山取れる国だと解ります。

じゃあ、きっとチョコレートを沢山食べて育ったんだろうね。良いなぁ、留学って、研修生って、なんだかカッコいい。どんな人が来るんだろうと楽しみに待っていたら、やってきたのはとっても素敵な人でした。

23歳のエリックさん。真っ黒な肌と、にっこり笑うと白い歯が綺麗な、日本語をたどたどしく話す、優しい人です。

牛のうんちの世話なんか、とっても嫌なものなのに、エリックさんはニコニコして仕事をします。そして、凄く熱心にいろんなことを勉強している。

主人公は勉強なんか大っ嫌いなのに、何でエリックさんはこんなに楽しそうなんだろう。牛の世話も辛いし、汚いし、嫌なことの筈なのに、どうしてそんなにニコニコしているんだろう。

お兄ちゃんのエリックさんへの態度も、本当に酷いものなのに、どうしてそんなにニコニコしているの?「大丈夫。皆、ああいう時期が有ります。彼も、自分でどうしていいのか解らないんでしょう。僕も、彼みたいな時があった」どうして、酷い事を言われたのに、笑顔でそんなことが言えるんだろう。

そうして、ある日、チョコレートの話をします。

でも、ガーナから来た筈のエリックさんは、ガーナで作られた筈のチョコレートを見て、すごく悲しそうな顔をしました。ニコニコ笑顔が、此方が心配になるくらい、暗いものになります。

「ガーナでは……チョコレートを食べた事のある子供はいません。彼らが知っているのは、毎日毎日、沢山のカカオ豆の固い皮を、ナイフで剥くことだけです。こんなに美味しい物なんですね」

「えっ??」

チョコレートの国から来た筈の、チョコレートの色の肌をした人は、食べたことが無いと言う。どうしてと、問い掛ける声に与えられた答は、自分の知らない世界の話だった。

 

【印象的な冒頭の絵】

この本のとても衝撃的な部分は、本文に入る前の口絵の部分です。

痩せた、がりがりとも言っていい、7,8歳ぐらいの男の子が、うつろな目で此方を見ています。視線がはっきり合うと、どきりとする。真っ直ぐに、此方に問い掛けてくる、黒い瞳。

「チョコレート? それは食べ物? 僕は知らない。知っているのは、カカオの剥き方だけ」




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彼の後ろには、山と積まれたカカオ豆が有ります。まだ加工をしていない。剥き出しのままの、カカオ。

ガーナでは、国の主力な輸出品として世界一位を誇っているカカオ豆の生産に、多くの教育を受けていない子供たちが労働力として関わっている。それを、如実に表している絵が、本文を読む前に視界に飛び込んできます。

 

アフリカの貧困。保護される筈の子供が、労働力として使われている現実。

その重い現実を、たった一枚の絵が表している。この本が。作者が、伝えようとしているテーマ性を、如実に表しています。

 

【チョコレートの重さ】

この本を読める子で、一生チョコレートの味を知らずに生きる子は居ないでしょう。この本の主人公達も当たり前に食べているもの。高級品も有りますが、一般的に流通している物は、子供のお小遣いで充分買える値段です。

けれども、それを作り出している筈の国では、子供がチョコレートを口にすることは一生無い。原材料のカカオ豆の扱いは知っているのに、それがどうやって食べるものなのかも、恐らく彼らは知らない。イメージすらしていないでしょう。固い、ごつごつとしたその豆が、香り高い甘いお菓子になるなんて。

 

【自分が知らない世界がある】

アフリカの貧困や子供の労働問題。色んな観点からこのお話は読書感想文が書けると思います。アフリカが何故、現在もなお深刻な貧困で苦しんでいるのか。

戦争や植民地の爪痕が残っている、という意見もあるでしょうが、彼らが独立をして、既にもう半世紀以上経っています。インドや中国、ブラジルなど、貧困から抜け出している国々も存在するのに、アフリカはずっと貧困状態です。

子供が学校に行けない。労働力として使われる、という事はどう言う事なのか。学校が無い。字が読めない。計算が出来ない、という事は、どんな人生が待っているのか。

対し、日本は何故こんなにも恵まれているのか。今現在の日本で、文字が読めない人は殆ど居ません。識字率は、先進国の中でも段違いで高い数値を日本は叩き出しています。

だからこそ、想像が出来ない。

字が読めないことが、どういう事に直結するのか。そして、何故アフリカでは字を勉強できないのか。勉強しない、ではなく、勉強が出来ない。必要な物の筈なのに、環境が整わないのは何故なのか。

エリックさんの話を通して語られるアフリカの姿に、主人公と反発していた兄が耳を傾け、そうして言います。

「知らなかった」と。

 

敢えて、アフリカの貧困の原因は、此処に書きません。もし、気になるのでしたら、調べてみてください。あなた達は、文字がかけて、そして読めます。調べようと思えば、調べられる能力を。アフリカの子供たちが喉から手が出るほど欲している能力を、当たり前のように持っているのですから。

 

【無知の知】

古代ギリシアの哲学者で、ソクラテスの有名な言葉。「無知の知」

同様の意味で、孔子の「これを知るをこれを知ると為し、知らざるを知らざると為す、これ知る為り」という言葉が有ります。

自分がどこまで知っていて、どこまで知らないのか。自分に知らない世界や知識がある、という事を「知っている」。それが、とても大事だという、知の巨人達の言葉です。

知らないことは、悪いことではありません。

本当に問題なのは、「自分が知らない知識や理由がある。自分は、無知だ」という事を、自覚せず、気付かないことです。

「知っている」「別に知らなくても良い」「知ったって、どうにも出来ないし」

確かに、そうです。こんな大きな問題。知ったとしても、どうにもならない、なら、知らない方が嫌な情報とは無縁で居られるから、その方が良いと言う人も居るでしょう。

けれど。知らなくて良いと、知る努力を放棄した人間が、将来どうなるでしょうか?

 

【知る、と言う事の重さ】

知らない物は、存在していないことと同義です。そして、私達は鏡の様に、自分のことを知ってくれる人の許に、集まる習性があります。

知ることを放棄し、無関心で居れば、楽でしょう。けれど、自分が同じ様に他者の無関心に晒される事は、堪えられない筈です。

他者の無関心は、自分の存在が消えてしまう事を意味しています。

事実、知らない主人公にとってみれば、ガーナという国は存在していなかった。

そして、誰も自分の気持ちを解ってくれないと、理解されないこと。知ってもらえないことに、兄は悩んでいた。

知らなくてもいい、と言う事は、この人間社会の中で、孤独になるという事です。

孤独が、なにを私達にもたらすでしょう?

死です。精神的なそれでなく、物理的に私達は孤独になると、死んでしまうのです。短期間での免疫力の極端な低下。まるで生きることを脳が放棄してしまうかのように、手の施しようの無い状態になってしまうそうです。

だからこそ、知らないことに手を伸ばしましょう。少なくとも、私達は文字が読める幸運に恵まれているのですから。

 

知らないと気付いた人は、知識が入ってきます。自分がなにも知らないと、知っている人ほど、もしかしたら本に手を伸ばすのかもしれません。

 

ここまで読んで頂いてありがとうございました。明日は、高学年。






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