失敗する人の考え方 無意識に決めてしまう自分の限界~古典解説『論語』~冉求曰く、子の道を説ばざるに非ず~


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あなたは自分の考えが成功者のものか失敗者のものか、判別できますか?

解ってるのにやっちゃう失敗ってありますよね。

成功する人の考え方と同じく、知っておくと役立つのは失敗する人の考え方。両極端な二つのそれですが、失敗から抜け出すためには自分で失敗している事に気付くことが先ず必要なことです。

人は必要と思った時に、初めて頑張ります。

けれど、自分のしていることに意識を向けないと、間違っている事にすら気付けないものです。気付け無い。若しくは、うっすら気付いているけど、気付きたくなくて背を向けていたりすると、一生そこから抜け出すことは出来ません。

自分が何をしているのか。目を向けるべきはそこです。

そして、それらを古典は教えてくれる最良の書。なので、少しだけ振り返ってみましょう。論語の良いところは、一つ一つがとても短いので、読むだけならそれほど時間が必要ないところです。漢文にして一行。けれど、内容はとても深い。結構、お得です。

 

【白文】

冉求曰、非不説子之道。力不足也。子曰、力不足者、中道而廃。今女畫。

 

【書き下し文】

冉求曰く、「子の道を説(よろこ)ばざるに非ず。力足らざる也。」子曰く「力足らざる者は、中道にして廃す。今、女(なんじ)は画(かぎ)れり。」

 

【現代訳】

冉求(ぜんきゅう)は言った。「孔先生の教えをすばらしいと思わない訳ではありません。けれど、私には先生の言葉を実行するだけの力が無いので、無理です。」孔先生が言うことには「力が足りない者は、やり始めて上手くいかず、道の途中で挫折するものだが、お前はまだやらない前から、自分で自分の限界を決めてしまっているのだ」

 

【解説】

孔子の弟子のなかでも、特に多才だと褒められていた冉求。孔子は滅多に人を褒めない人なので、本当に才能溢れる人だったのでしょう。けれど、優秀な人ほど、先が予想出来てしまうから「こんなの、やったって絶対無理だ」と思ってしまうもの。実際、孔子の説いた仁の思想と言うものは、春秋戦国時代の中国では実現はほとほと難しいと言われていたものです。相手にどう騙されないか。殺さなければ殺される戦国の時代。その戦乱の時代に、孔子が説いたのは「思いやり」「人間愛」です。

解る! 正しいのは解るし、そっちの方が良いって解ってるんだけど……解ってるんだけど、出来ないよっ!!

そうやって思っちゃいますよね、実際。人を殺し、殺され、騙し、騙され、強国は武力を背景に小国を脅し、小国は生き残るために自分よりもさらに弱い国を虐げる。そんな中、孔子の教えが当時の権力者たちに受け入れられなかったのは、確かに当然と言えば当然です。

けれど、その時代。栄えていた国々で現在まで残っている国は一つも存在しないのに、「そんなの叶いっこない!」と言われていた孔子の教えが現代まで数千年の時を経て残ったというとは、どちらが人間にとって必要なものだったのかが、事実として解ります。

出来ないよ。無理だよと言ってしまうと、本当に無理になってしまう。孔子はどれだけ否定されたとしても、自分の考えを曲げませんでした。どれだけ君主達に否定をされても、絶望せず、思いやりが大事だと言い続けていきました。

けれど、弟子の中にはその孔子の言葉は、到底実現出来るとは思えなかった人も居るのでしょう。

冉求もそんな一人です。

「先生、先生の言っていることは解りますけど、僕の実力不足なのでしょうね。出来ません……」と、孔子に相談してきた。

そして、孔子はこう答えます。

「お前は実力が足りないんじゃない。あらかじめ自分で自分の限界を決めてしまっているのだ」と。

 

【自分で決めた『無理』は有りますか?】

孔子の言葉は時に厳しいです。君は実力が無いんじゃない。努力が足りて無いんじゃない。自分で自分の能力の限界値を勝手に決めてしまった。そんなことでは、出来るものも出来なくなってしまうよと、ぴしりと言います。

言葉だけ取ってみたら、物凄く厳しいものように思えてしまいます。けれど、これは逆を良く良く考えてみれば、違う様にも受け取れる言葉です。

「君が出来ないのは、限界を決めたからだよ。限界を決めずに頑張れば、君は実力があるんだから、もっと成長できるのに」と、励ましているとも取れます。

実力が無いんじゃない。自分には無理だと思う、思い込みの方が問題なのだと孔子は言います。そして、この思い込みが、失敗する人と言うよりも、何も成し遂げることが出来ない人の考え方の特徴でもあるのです。

 




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【失敗は成功の母、は真実】

先日、『成功する人の考え方』でも書きましたが、成功する人は寧ろ失敗することを喜びます。

「出来ないっ! ラッキー。此処を頑張れば、伸びるポイントだ!」
「あっ、間違えた。テスト前に見つかって運が良かったな。これで気を付けられる」

けれど、成功しない人。つまり、何も成し遂げられず、成績も停滞か落ち込んでいく人間の特徴は、出来ないことにぶつかった時に一様に不機嫌になり、溜め息を吐いてペンを放り投げる。覚え、有りませんか?

「頑張ったけど、駄目だったんだ」「どうせ自分が頑張ったって……」「やっぱり、こんな高望みすることが間違いだったんだ」

「無理だ」と、自分を追い詰める言葉を吐いていませんか?

それをきっぱりとやめてみる。口グセが出たら、訂正する。言い直す。

寧ろ、「ああ、また言ってる」と気付けたら最高です。気付くと、直すことが出来るし、言わないように喉で止めることも出来る。思ってしまう事は止められませんが、思っても口にしない、形にしないことは本当に大事なことです。思いは消えていきますが、言葉にしてしまった瞬間。思いは形を得、それはあなたを縛る呪いとなります。(効果は確実 現代に蔓延る呪いの恐ろしさ)

失敗を恐れて足が動かない。出来ないと思ってしまう気持ちは痛いほど解ります。それは思っていいし、感じて良い。自分の気持ちを素直に受け止めてください。

でも、出来ないままで本当に良いのですか? それも同時に自分に訊いてみてください。

出来ないと思いこんで、自分はこれまでなのだと、限界を自分で決めていませんか? この程度でいいやと、思っていませんか?

この失敗することを極度に恐れる風潮は、日本独特の文化とも言えます。

少し脱線しますが、こういった考え方の蔓延は、意図的に広まったものとも言えます。

失敗を恐れた国民が何をするのか。誰も挑戦をしなくなります。新しいことをやらなくなります。今のままが良い。これ以上望むことは無理なんだと思えば思う程、人間足がすくんで動けなくなる。そうなったら、得をするのは誰でしょう?

現状維持で一番都合が良いのは……そうですよね。今の時点で社会の支配者層に居る人間達にとって、これほど都合の良いことは有りません。なぜなら誰も挑戦しなくなるということは、変わらない世の中が続くことを意味するからです。

だから、彼らが恐れる人種も自ずと解ってきます。そう。何度失敗しても、めけず諦めず、果敢に挑戦し続ける人間です。

失敗から学び、成長し続ける人間が、支配者層は何より怖い。だからこそ、今のこの風潮は、権力者たちにとってはとても都合が良い世界とも言えます。

 

【何も成し遂げられない人になるか、伸びる人間になるか】

教えていると、反射的に「そんなの無理!」と言う子と、「やってみます!」と言う子に出逢います。そして、その言葉を聞いた時点で、悲しいことに結果が解ってしまいます。

もちろん、それを変えていくのが私の仕事ですが、「やってみます!」と言った子は、どんなに難しいことでも、目をキラキラさせながらやるんですね。だからこそ、私も出来ることを指示します。ほんのちょっと努力して出来ること。「できません」と言えないことを、やらせ続けます。

「無理って、誰が決めたの?」と問い掛けると、「うっ……」と皆黙ります。自分で決めているって、解っているんですね。勿体無い。

高校野球を見ていても思うのですが、あの場所に出ている時点で、どの学校も相当努力をし、実力をつけてきていることは解ります。でも、だからこそ、ほんのちょっとした心の乱れや、緊張感、集中力の途切れで、試合結果は如実に変わってくるのが、見ていると本当に解ります。

「ああ、もう無理だ」と思ってしまったんだなと解る瞬間があり、切れた緊張感を戻すことは中々難しい。けれど、それと同時にどれだけ絶望的な場面でも、「野球は2アウトから!」の言葉どおり、どれだけの点差でも僅かな希望を手繰り寄せて、ひっくり返す高校もある。

「無理だ」と思う人間の行動ではありません。「絶対に何処かにチャンスがある!」と思い続けた人間だから、実力で差があったとしても覆すことが出来る。自分達を、此処までで充分だと思ってしまったら、あんな奇跡は起きない。奇跡は起きるものでは無く、起こすものだと言う言葉の意味が、甲子園を見ていると本当に実感出来ます。

 

自分を限らない。限界を設けない。

「無理だ」と思った時、「出来ない」と思った時ほど、この言葉を思い出してみてください。

失敗は怖くないです。寧ろ、やった人間の方が長けると言う事を、頭に刻み込んでください。

 

ここまで読んでいただけてありがとうございました。

明日は、高く設定した目標が実現しないのは何故か、を取り上げます。






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