古典解説 大鏡「花山天皇の出家」 

テスト対策

2024年版大河ドラマ「光る君へ」第9話でも注目される花山天皇と藤原道兼の名シーン。

高校古典の教科書で必ずと言っていいほど取り上げられるこのシーンを、テスト対策も含めて現代語訳・文法・解説をしていきます。

若干19歳(実年齢17~18歳)で藤原兼家・道兼親子に騙されて出家してしまう花山天皇。即位から僅か2年後の事でした。

大河ドラマでも描かれた通り、花山天皇は女御・藤原 忯子(ふじわらのしし/よしこ)を過度に寵愛します。その結果、めでたく懐妊をしますが、その後儚くも彼女は17歳で急死。死因は詳しくは分かっておりません。(ドラマでは呪詛によるものとして描かれましたが、現実的に医療の発達していない平安時代での、十代での妊娠・出産は女性の身体に多大な負担をかけます。呪詛以前に肉体的な負担があったのではと考えられます……まぁ、腹黒(げふんっ)清明だったらそれを「私の呪詛によるものです」とアピールポイントにしそうだなぁとは思いますが……)

亡き忯子を忘れられなくて、出家をした流れとなっていますが、「大鏡」ではそれは花山天皇にさっさと退位して、自分の孫である一条帝を即位させたい藤原兼家を筆頭とするその一族の策略だった、というお話が書き残されています。

その場面を、古文で読み解いていきましょう。

出典:大修館書店「国語探求 古文編」

月岡芳年画『月百姿 花山寺の月』より

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本文

第1段落

原文

①あはれなることは、おりおはしましける夜は、藤壺の上の御局の小戸よりa)出でさせたまひけるに、有明の月のいみじく明かかりければ、②「顕証にこそありけれ。b)いかがすべからむ。」と仰せられけるを、③「さりとて、c)とまらせたまふべきやうはべらず。神璽・宝剣d)わたりたまひぬるには。」と、粟田殿のさわがし申したまひけるは、④まだ帝出でさせおはしまさざりけるさきに、手づから取りて、春宮の御方にe)わたしたてまつりたまひてければ、⑤f)帰り入らせたまはむことはあるまじくおぼして、しか申させたまひけるとぞ。

現代語訳

①お気の毒に思うのは、花山天皇がご退位なさった夜は、藤壺の上の御局の小戸からお出ましになられると、有明の月がたいそう明るかったので、②「月の光に照らされて、なんとも目立ってしまうな。どうしたらよいだろう。」と仰ったのを、③道兼様(粟田殿)は「そうは言っても今更中止することも出来ますまい。神璽や宝剣(八坂瓊勾玉と草薙剣)は既に皇太子(懐仁親王。後の一条天皇)のもとにお渡ししてしまいましたから。」と、急き立てて申し上げました。➃そのわけは、まだ花山天皇が御局からお出ましにならなかった前の段階で、道兼様がご自身の手で神璽・宝剣を皇太子にお渡し申し上げてしまったので、⑤花山天皇がここで宮中にお帰りになられるようなことはあってはならないとお思いになって、そのように申し上げなさったというわけです。

重要文法

a)出で/させ/たまひ/ける/
出で→ダ行下二段動詞「出づ」・未然形
※させ→尊敬の助動詞・「さす」・連用形 (筆者→花山天皇)
※たまひ→尊敬の補助動詞・ハ行四段活用・「たまふ」・連用形 (筆者→花山天皇)
ける→過去の助動詞「けり」・連体形
(※「せ・させ+たまふ」のつながりの時、意味は尊敬・尊敬の繋がりになることが多い)

b)いかが/す/べから/む。
いかが→副詞(どのように・どうしたら)
す→サ変動詞「す」・終止形
べから→適当の助動詞「べし」・未然形(意味:~するのが良い※「適当」は「いい加減に」の意味ではないので注意)
む→意志の助動詞「む」・連体形(※主語が1人称の場合、文末の「む」は意志)
文法のつながりから、「私はどうしたら1番いいのだろう」という意味になる。

c)とまら/せ/たまふ/べき/やう/はべら/ず
とまら→ラ行四段動詞「とまる」・未然形
せ→尊敬の助動詞「す」・連用形(道兼→花山天皇)
たまふ→尊敬の補助動詞・ハ行四段活用「たまふ」終止形(道兼→花山天皇)
べき→可能の助動詞「べし」・連体形
やう→名詞(様)
はべら→ラ変動詞「はべり」・未然形
ず→打消しの助動詞「ず」終止形
(「中止なさることなど、出来るはずもございません」の意)

d)わたり/たまひ/ぬる/に/は

わたり→ラ行四段動詞「わたる」・連用形
たまひ→尊敬の補助動詞・ハ行四段「たまふ」・連用形(道兼→神璽・宝剣に対する敬意)
ぬる→完了の助動詞「ぬ」・連体形
に→格助詞
は→格助詞

e)わたし/たてまつり/たまひ/て/けれ/ば
わたし→サ行四段活用「わたす」・連用形
たてまつり→謙譲の補助動詞・ラ行四段活用「たてまつる」・連用形(筆者→春宮(皇太子))※筆者が道兼の立場を下げて、春宮に対する敬意を示している。
たまひ→尊敬の補助動詞・ハ行四段動詞「たまふ」・連用形(筆者→粟田殿(道兼))※下げた道兼の立場を尊敬で上げている。(二方面の敬語)
て→完了の助動詞「つ」・連用形
けれ→過去の助動詞「けり」・已然形
ば→接続助詞(確定条件の原因・理由 ~ので)

f)帰り入ら/せ/たまは/む
帰り入ら→ラ行四段動詞「帰り入る」・未然形
せ→尊敬の助動詞「す」・連用形
たまは→尊敬の補助動詞・ハ行四段動詞「たまふ」・未然形
む→婉曲の助動詞「む」・連体形(「~のような」の意味)

解説

さて、花山天皇の出家シーンですが、もうここからヤバい匂いが漂っております。

もちろん、大鏡が執筆されたのは平安末期ですから、語り継がれた噂話をまとめただけであり、史実とは違うことは考慮しなければなりません。当たり前ですが、これが絶対に正しい歴史なんだということも、実は有り得ません。(そもそも何が「正しい」の基準になるのかと言う問題もありますし)

けれども、少なくとも「花山天皇の出家って、どこかおかしいよね」「道兼だったらこれぐらいやりそうだよね」と、当時の人々が勝手にではありますが、思っていた想像図の集大成ではなかろうかと、大鏡を読んでいるとそんなふうに思えてきてなりません。それぐらい、リアルなんです。

ここで最初に語られているのは、粟田殿(藤原道兼)のあわてっぷり。なかなか部屋から出てくれない花山天皇に、扉の前で「大丈夫です、誰もおりません。今なら内裏を抜け出せます」と説得しているのに、一向に出てこない花山天皇。

「月が明るい。こんな夜では、隠れて出家なんかできるはずもない。無理だ」と嘆いている花山天皇に対して、「大丈夫です、人払いをしております」と焦りながら説得する道兼。

それもそのはずで、この時点ですでに天皇しか触れてはならない、見てはならないはずの三種の神器。勾玉・鏡・剣を、道兼が勝手に皇太子のもとに移動しているからです。このまま朝になったら、「天皇の証である宝物がない!!!」ということになり、勝手に移動した道兼はもとより、それを命令した父・兼家。そして、もしかしたら懐仁親王(後の一条帝)にすら罪が及ぶ可能性があります。そうなったら、藤原北家そのものの存続がかなり危ないことに。(移動しただけで?? と思うかもしれませんが、現代だって宮内庁の中から勝手に三種の神器を移動したら……とんでもないことになると思いませんか?(;´・ω・))

文字通り、絶対絶命だったわけですね。(だったらそんな危ない橋渡らずとも……と思うのは、平和ボケした権力闘争に関係ない一般市民の考えなのでしょうね)

道兼「行きましょう! 早く!!」
花山「えー……でもなぁ。こんなに明るかったら行きたくないなぁ」
道兼「そう言わずに!!」

という、コントのようなやり取りが行われているわけです。(いや、実際やってる本人たちは必死なんでしょうが、傍から見てるとコントにしか見えないですね(;´∀`))

道兼の立場だったら、確実に胃に穴があきそう……いや、本当に。

第2段落

本文

 ①さやけき影を、まばゆくa)おぼしめしつるほどに、月の顔にむら雲かかりて、少しくらがりゆきければ、②「わが出家は成就するなりけり。」と仰せられて、歩み出でさせたまふほどに、③弘徽殿の女御の御文の、日ごろ破り残して御身も放たず御覧じけるをおぼしめし出でて、「しばし。」とて、b)取りに入りおはしましけるほどぞかし、④粟田殿の、「c)いかにかくはおぼしめしならせおはしましぬるぞ。ただ今過ぎば、おのづから障りもd)出でまうで来なむ。」と、そら泣きしたまひけるは。

現代語訳

①花山天皇が明るい月の光をまぶしくお思いになっていらっしゃった間に、月にむら雲(俄かに発生する群がった雲のこと)がかかって、少し暗くなっていったので、②「私の出家は成就するのだなぁ」と仰って、歩き出されると、③弘徽殿の女御が書かれたお手紙で、普段から破り捨てずに肌身離さず御覧になっていたものを花山天皇は思い出されて、「しばらく待っていろ」と仰って、お手紙を局に取りにお入りになられた、ちょうどその時でした。④道兼(粟田殿)が「どうしてそのようにお思いになられたのですか。今この機会を逃してしまったら、自然と不都合なことも出て来るに違いありません」と、噓泣きまでなさりました。

重要文法

a)おぼしめし/つる
おぼしめし→サ行四段活用「おぼしめす」・連用形
つる→完了の助動詞「つ」・連体形

b)取り/に/入り/おはしまし/ける/ほど/ぞ/かし
取り→ラ行四段活用「取る」・連用形
に→格助詞
入り→ラ行四段活用「入る」・連用形
おはしまし→尊敬の補助動詞・サ行四段活用「おはします」・連用形(筆者→花山天皇)
ける→過去の助動詞「けり」・連体形
ほど→名詞
ぞ→係助詞
かし→強意の終助詞

c)いかに/かく/は/おぼしめしなら/せ/おはしまし/ぬる/ぞ。
いかに→副詞
かく→副詞(指示語・このように、このような)
は→係助詞
おぼしめしなら→ラ行四段活用「おぼしめしなる」・未然形
せ→尊敬の助動詞「す」・連用形(道兼→花山天皇)
おはしまし→尊敬の補助動詞・サ行四段活用「おはします」・連用形
ぬる→完了の助動詞「ぬ」・連体形
ぞ→係助詞

d)出でまうで来/な/む
出でまうで来(き)→カ変動詞「出でもうで来(く)」・連用形
(※カ変は読み仮名を問われる場合が多いので、活用形を確実に覚えること)
な→強意の助動詞「な」・未然形
む→推量の助動詞「む」・終止形
(※「なむ」→確述用法のひとつ。ここでは「……に違いない」の意味。そのほかは「つべし」「ぬべし」「てむ」確述用法は受験必須)

解説

「さやけき影」と本文ではなっていますが、「影=光が無ければ生まれないもの」ということから、影は古語では光を指します。婉曲表現なので、慣れないと難しいのですが、根拠が解るとそんなに違和感はないので、遠回りでも語源をしっかり理解するようにしましょう。

で、月ばかり眺めていたら、雲が空気を読んだのでしょうか。いきなり雲がもくもくと湧いてきて、月の光を遮ります。

生徒2
生徒2

「別に月の光ぐらい、どうでもよくない? そんなに明るいものでもないし」

これは現代人にはちょっと理解し辛い部分なのですが、当時、本当に暗かったんです。

 

生徒1
生徒1

「蠟燭は?」

 

とよく質問が来るのですが、当時の蝋燭と現代の蝋燭の明るさを一緒にしてはなりません。今とは比べ物にならないくらい質が悪く、とても読み書きができるレベルではありませんでした。(だから、政治も太陽の光が確実にある「朝」に行ったんですね。なので「朝廷」という名前になった。)

夜は月の光の方がよっぽど明るかったわけです。逆に言うのなら、あんまり人目につきたくない行動をしたいときは、月の出ていない闇夜を率先して選んだわけです。(意中の相手のところに忍んで行くときとかね)

生徒2
生徒2

「なら、有明の月からも解るように、もうすぐ新月なんだからそれまで待っても良かったんじゃないの??」

最もなご質問。(冒頭で出てくる「有明の月」は、下弦の月から新月迄の時期の月の事を指します。)けれども、この花山天皇の出家。そもそも、藤原兼家の策略だとして、出家が内裏に広がれば当たり前ですが皆が止めることも考えられます。

花山天皇も出家を止められることをわかっていたから、うるさい小言を言われずにすむように、出来るだけ知られずに出家したいわけです。(今回の大河ドラマの人物造形だと、ノリと勢いで出家しそうですが……)そうなると、蔵人の任務に道兼が付いている日がとても都合が良い。

更には平安時代には「吉日」というものが存在します。現代でもありますよね。大安吉日とか言われている日のこと。平安時代はもっと細かく設定されていました。それ以外にも物忌み、方違え、反閇(※「へんばい」と読む、特殊な歩き方のこと)など、陰陽道に基づいた日々の特殊なお約束がてんこ盛り。

花山天皇の出家に相応しい吉日で、更には明かりの少ない新月に近く、夜の勤務が都合よく道兼に廻ってきて、更にはうるさい小言を言う人間が夜の内裏に居ない日程って……結構限られますよね。

今日を逃したら、一か月から数か月後。下手したら、年をまたぐ可能性も多いに有り得ます。

だから、道兼は焦っていた。そもそも、三種の神器を力業で移動しちゃってるから、もう引き戻せないわけです。なので、やっと月が隠れて、移動し始めた花山天皇にほっとしたのもつかの間。

花山「あっ!!忘れものしちゃった。取りに戻るからちょっと待ってて」

と、またしても部屋に戻る花山天皇……道兼の胃が心配になってきます。

道兼「なんでそんなに未練たらたらなの!? 出家したいんじゃなかったの!? あなたがそうやって言っていたから、私はものすごく苦労して今日という日を整えたのにっ!!! なんでそれをわかってくれないの??」(敬語は省略しております。悪しからず……)

ぐらいな勢いでキレ道兼嘘泣きまでやります。ここまでやるのも、ある意味立派と言うか、何というか……道隆も道長も、まぁ、これやるのは性格的に無理だっただろうなぁとしみじみ思ってしまいます。(兼家父ちゃんの適材適所+人心掌握術が見事、とも言えますが)

第3段落

本文

 ①さて、土御門より東ざまに率てa)いだしまゐらせたまふに、清明が家の前をわたらせたまへば、みづからの声にて、手をおびたたしくはたはたと打ちて、②「帝王おりさせたまふと見ゆる天変ありつるが、すでになりにけりと見ゆるかな。参りて奏せむ。車に装束とうせよ。」といふ声聞かせたまひけむ、さりともあはれにはb)おぼしめしけむかし。➂「且、式神一人内裏に参れ。」と申しければ、目には見えぬものの、戸をおしあけて、御後ろをc)や見まゐらせけむ、④「ただ今、これよりd)過ぎさせおはしますめり。」といらへけりとかや。その家、土御門町口なれば、御道なりけり。

現代語訳

①こうして、道兼が土御門大路を通って東の方に花山天皇をお連れ申し上げなさる際に、安倍晴明の家の前をお通りになると、清明自身の声で手を激しくぱちぱちと叩いて、②「天皇がご退位になられる天空の変動があったが、すでにご退位は成ってしまったと思われるな。参内して奏上しよう。牛車の支度を早くせよ。」という声をお聞きになられた花山天皇のお気持ちは、いくら覚悟の上の御出家とはいえ、しみじみと感慨深いお気持ちでいられたことでしょうよ。③清明が「とりあえず、式神一人宮中に参内せよ。」と申したところ、目には見えないものが戸を押し開けて、花山天皇の後姿を見申し上げたのだろうか、④「ただ今、ここをお通りになり、過ぎ去ろうとしておられるようです。」と答えたとかいうそうです。清明の家は、土御門大路と町口小路の交差するところにあるので、花山寺(現代の元慶寺)への道筋にあたっていたのです。

重要文法

a)いだし/まゐらせ/たまふ
いだし→サ行四段活用「いだす」・連用形
まゐらせ→謙譲の補助動詞・サ行下二段活用「まゐらす」・連用形(筆者→花山天皇※筆者が粟田殿の行動を下げて、花山天皇への敬意をあらわしている)
たまふ→尊敬の補助動詞・ハ行四段活用「たまふ」・連体形(筆者→粟田殿)
※二方面の敬語

b)おぼしめし/けむ/かし
おぼしめし→サ行四段活用「おぼしめす」・連用形
けむ→過去推量の助動詞「けむ」・終止形
かし→強意の終助詞「かし」

c)や/見/まゐらせ/けむ
や→係助詞(疑問)
見→マ行上一段活用「見」・連用形
まゐらせ→謙譲の補助動詞・サ行下二段活用「まゐらす」・連用形(筆者→花山天皇※筆者が式神の行動を下げて、花山天皇への敬意を示している)
けむ→過去推量の助動詞「けむ」・連体形(係助詞の結び)

d)過ぎ/させ/おはします/めり
過ぎ→ガ行上二段活用「過ぐ」・未然形
させ→尊敬の助動詞「さす」・連用形(式神→花山天皇)
おはします→尊敬の補助動詞・サ行四段活用「おはしめす」・終止形(式神→花山天皇)
めり→推定の助動詞「めり」・終止形

※(二方面の敬語→謙譲・尊敬のセット)と、(尊敬・尊敬のセット)の敬語の違いを確実に見分けられるように

解説

ようやっと牛車に乗ってくれた花山天皇。(大河ドラマでは牛車に乗っているシーンが今のところないのですが、やはり牛車は映像化するのは難しいんですかね? ひそかな疑問です。停まっているところは何回かあったんだけどなぁ)

そして、大鏡にもありました。安倍晴明登場シーンです。

清明「花山天皇が退位されたみたいだ。内裏に奏上しに行こう。車用意してー」と話している声が、牛車で移動している花山天皇に聞こえるはずは物理的にないと思うんですが、どうしても清明を出したかった大鏡の筆者の意志が感じられます。(出家の内容には全くかかわりがないので(笑))
(※今回の大河ドラマだと、この花山天皇の退位劇そのものが清明の策略(兼家がかったもの)っぽく描いているので、わざと道兼が後戻りできないところまで来てから、清明に知らせて内裏に報告させたっぽい感じになりそうですね。)

まぁ、伝説的な陰陽師ですものね。(一説には他の人の手柄を「あれもね、僕がやったんですよ」と言いまわっていた説も残っていますが(笑)長生きした人間の特権ですね)

その中で、式神さんが登場します。

清明「とりあえず、お前、先に内裏の様子を見てきて」
式神「はい!! あれ? ご主人様、帝はたった今お屋敷の前をお通りになっているみたいですよ」

具体的な姿・形に対する描写がないのは、書いている筆者もどんなものなのか分からなかったから、描きようがなかった。けれど、清明が数種類の式神を常に使っていたのは、貴族の中でも話題になっていたから、きっと目に見えない式神が、花山天皇のお乗りになっている牛車にこっそり入って、中の様子を清明に伝えたのではないか……と想像して書いたのでしょう。

想像で書いた気持ちが「とかや」という文末に表れていますね。

今も昔も、よくわからない不思議な力や存在に惹かれてしまうのは、人の常なのでしょうね。

第4段落

本文

 ①花山寺におはしまし着きて、御髪おろさせたまひて後にぞ、粟田殿は、「まかり出でて、大臣にも、変はらぬ姿、いま一度見え、かくと案内申して、必ずa)参りはべらむ。」と申したまひければ、「朕をば謀るなりけり。」とてb)こそ泣かせたまひけれ。②あはれにかなしきことなりな。➂日ごろ、よく、「御弟子にて候はむ。」と契りて、c)すかし申したまひけむがおそろしさよ。➃東三条殿は「もしさることやしたまふ。」とあやふさに、さるべくおとなしき人々、なにがしかがしといふいみじき源氏の武者たちをこそ、御送りに添へられたりけれ。⑤京のほどはかくれて、堤の辺りよりぞうち出で参りける。⑥寺などにては、「もし、おして人などd)やなしたてまつる。」とて、一尺ばかりの刀どもを抜きかけてぞ守り申しける。

現代語訳

 ①花山寺にお着きになって、天皇が剃髪(ていはつ)なされた姿を見た後に、道兼(粟田殿)は「御前から一旦退出いたしまして、父・兼家に出家前の今までと変わらない姿をもう一度見せて、帝の状況や子細を申し上げてから、必ず戻って参りましょう。」と申し上げなさったところ、帝は「お前は私を謀ったのだな」と仰って、お泣きになられた。②とてもお気の毒で悲しいことです。③道兼は常日頃から、よく「私も(この辛い人生から救いを求めるために)出家して、帝の御弟子としてお仕え申し上げましょう。」と約束していたというのに、だまし申し上げなさったとかいうことは恐ろしいことですよ。④父・兼家(東三条殿)は、「もし道兼が出家をなさりはしないだろうか」と気がかりで、こういう時に状況判断が出来る頭の良い人々で、誰それと名のる源氏の優れた武者達を護衛としてお付けになられておりました。⑤武者たちは京の町の中ではひっそりと隠れていましたが、鴨川の堤のあたりからは姿を現して、一行にお供して花山寺まで参りました。⑥花山寺では、「もしや、無理矢理に誰かが道兼様を出家させ申し上げるのではないか」と考えて、一尺ほどの刀を抜きかけて、道兼様をお守り申し上げたということです。

重要文法

a)参り/はべら/む。
参り→ラ行四段活用「参る」・連用形
はべら→丁寧の補助動詞・ラ変「はべり」・未然形
む→意志の助動詞「む」・終止形

b)こそ/泣か/せ/たまひ/けれ
こそ→係助詞(強意)
泣か→カ行四段活用「泣く」・未然形
せ→尊敬の助動詞「す」・連用形(筆者→花山天皇)
たまひ→尊敬の補助動詞・ハ行四段活用「たまふ」・連用形
けれ→過去の助動詞「けり」・已然形(係助詞の結び)

c)すかし/申し/たまひ/けむ
すかし→サ行四段活用「すかす」・連用形
申し→謙譲の補助動詞・サ行四段活用「申す」・連用形(筆者→花山天皇※道兼の行動を下げて花山天皇への敬意を表す)
たまひ→尊敬の補助動詞・ハ行四段活用「たまふ」・連用形(筆者→道兼)
※二方面の敬語
けむ→過去の伝聞の助動詞「けむ」・連体形

d)や/なし/たてまつる
や→係助詞(疑問)
なし→サ行四段活用「なす」・連用形
たてまつる→謙譲の補助動詞・ラ行四段活用「たてまつる」・連体形(係助詞の結び)

解説

さて、花山天皇の出家が成立した瞬間、道兼は「もう貴方は用済みですよ」と言わんばかりに、逃げ出します。

花山天皇「僕を裏切ったな!!」

とばかりに花山天皇が泣いても、もう後の祭り。ぷらす、兼家さんはまかり間違っても道兼が出家してしまわないように、護衛をつけました。

ということは、花山天皇がいくら泣いて暴れようが、命令をしようが、一尺(約30㎝)の刀を手にした武者が後ろに控えて脅してくるわけです。武者、と言えば聞こえはいいですが、この時代の武者は江戸時代の武士とは全く違う存在。どちらかと言うと、現代で言うのならばアウトローなごろつきや、地方から強制的に連れてこられた力自慢の人間達ばかり。

源満仲・頼光を筆頭に、伝説の鬼・酒呑童子と戦った渡辺綱や、童話や唱歌の「金太郎」のモデルともなった坂田金時なども藤原家お抱えの武者でした。この時にこのメンバーに居たかどうかは分かりませんが、そのような力自慢の郎等(部下)どもを藤原北家が使っていたことは確かです。

汚い裏の仕事をさせる人々をしっかりと抱えているのは、権力の中心地に居る人にとっては当然の事なのでしょう。

そんな屈強な武者たちに囲まれて、花山天皇はものすごーく怖かっただろうし、ひとり取り残された寺の中で、どれだけ寂しかったのだろうと考えてしまいます。

ただ、この恨みをしっかりと抱えていたのか、それとも単なる運命のいたずらなのか。この花山天皇。ここで終わりと思いきや、しっかりとその後の道長の人生に関わってくるようになるのです。(いっそのこと、道兼が相手だったらよかったのになぁ……)

ええ、とっても大事な場面で。(しかも笑えない色恋沙汰で)

まとめ

日本史では、「寛和の変」とも呼ばれるこの出来事。

一条天皇の即位に従って、その後兼家の権力は最大限に膨らんでいきました。その後の、自身だけでなく、長男・次男に訪れる悲劇も知らずに……

そして、とばっちりのように、花山天皇の蔵人である紫式部の父・藤原為時は任官が解かれ、長く出世の道から遠のき苦しい生活を強いられるようになっていきます。

 

この時代がここまでしっかりと時間をかけた映像作品として作成されるのは、本当に初めての事です。ぜひ、ドラマを楽しみながら、実際の古文を読んでみてください。

ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。

 

 

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