こんにちは、文LABOの松村瞳です。
お盆真っただ中。そして、昔からこの八月のお盆時期には地元に戻り、親戚一同が集まってお墓参りをする風習が私達日本人にはあるのですが、その為に様々な交通機関の混雑が大変な状況になってしまうこの時期。
先日、背筋がひやっ、とするトラブルが全日空ANAの飛行機で起こりました。
8月12日 羽田発伊丹(大阪)空港行き 18時代出発便の37便が、離陸間もなく、上昇中に起きた機体トラブルの為、羽田に引き返し緊急着陸を行ったのです。
乗客乗員、誰も怪我をすることは無く、機長および客室乗務員の方達の努力により、無事、羽田に戻ってくることが出来ました。
この機体トラブルを、「無事でよかった」と感じ、それだけで済むことが出来る人達は恐らく十代、二十代の若い世代でしょう。けれど、それ以上の年代の方達は、背筋が寒くなったどころの話では無かったと思います。私自身もそうでした。
8月12日、羽田発伊丹空港行き、夕方ピークの便、機体トラブルにより羽田に引き返す……
そう。今から32年前の8月12日。日本航空JALの123便が全く同じ日の、同じ時間帯。同じ羽田空港発で、同じ伊丹空港行き。同じ様に離陸間もなく機体トラブルで羽田に引き返す途中。乗員の方達の努力空しく、群馬県の御巣鷹山に墜落し、乗客乗員524名のうち、死亡者数は520名。生存者(負傷者)はたったの4人という、航空機事故の死者数としては現在でも世界最多となっている、日航機墜落事故と余りにも状況が似ているものだったからです。
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【関連付けの怖さ】
ここまで状況が酷似していると、この全日空機が緊急着陸したニュースに対するネットでのコメントは、ほぼこの日航機墜落事故を連想するものだったというもので占められていました。私だけでなく、皆、同じ様に考えたと言う事が此処からも解ります。そして、中には123便の呪いだ。若しくは、この日の羽田発伊丹行きは呪われている、とまで書きこんである人の意見も目立ちました。
この、二つの飛行機トラブル。
一方は航空機の歴史に刻まれる凄惨な事故と成り、もう一方はトラブルとして事故に成らずに済みました。
一方は乗員乗客がほぼ全員命を落とし、もう一方は恐怖を覚えたでしょうが、全員無事で羽田に帰ってきています。
一方は御巣鷹山に墜落。一方は緊急着陸成功。
結果は驚くほど違います。違いますが、私達はどうしても過去の日航機墜落事故を思い浮かべて、関連があるのではないか。二つは繋がっているのではないかと考えてしまいます。
それこそ、そこには根拠も何も無く、「呪い」だとか「死者が私達を呼んだのだ」という、オカルトめいたことを言う人も居ます。一瞬、私もそう考えてしまったことは事実です。どうしても、連想しない訳にはいきません。
偶然の出来事にしても、出来過ぎている、と思ってしまうのです。
【認知バイアスとは】
この、二つの全く違う筈の現象を無理矢理繋げてしまう、脳の情報処理の事を、心理学では「認知バイアス」と読んでいます。
私達は常に情報に晒されています。脳はその膨大な情報を処理、演算処理を行い、正しい選択を私達に齎す為に記憶したものの中から適切な情報を与えてくれるのですが、この情報処理。実は結構いい加減です。雑な処理を脳はしてしまっている、と言ってもいいぐらい、論理的に物を考えていないのです。
この不合理な選択が「認知バイアス」です。要するに、直感や先入観、思い込み。更に願望や恐怖心が、論理的な思考をさせないようにしてしまうのです。私達は理性よりも感情を優先してしまう。だからこそ、多少エラーがあったとしても、感情的に納得出来る答を見つけてしまうと、「ああそうか!」と思い、それ以上の論理的な考えをしなくなってしまうのです。
認知バイアスには、多種多様な種類がありますが、今回の二つの航空機にまつわるトラブルを結びつけてしまったのは、確証バイアスと呼ばれるものです。
論理的では無く、感情で結論を直感的に決めてしまい、その後は都合の良い事実しか見ようとしなくなる。思い込みを強化させる認知バイアスのことです。
つまり、「これが正しい!」と思ってしまうと、その結論に当てはまる例示しか見ようとしなくなり、違うもの。例外が目の前にあったとしても、見ないようになってしまう、というバイアスです。「ほらっ! やっぱりこうだったんだよ!!」と言いたいが為だけに、他の選択肢があったとしても自然と無視するようになってしまう現象のことです。誰だって、自分が間違っているなんて認めたくない。だから、一度思い込んでしまった事を訂正するのは大変だから、楽な方に楽な方に行けるように、自分の考えを補強してくれる意見や現象しか目にせず、意識も向けなくなるという偏った思考を行う様になってしまうのです。
【二つの飛行機トラブルにかかったバイアス】
「8月12日の飛行機は呪われている」
そう言いたくなるのは、解ります。けれど、呪われているのならば、何故今回の飛行機は無事に羽田に戻ってこられたのでしょうか?
「18時出発の伊丹行には乗るべきじゃない」
なら、ANA便だけでなく、JAL便にもトラブルが出ていなければ、おかしいですよね?
「飛行機はやっぱり危険だ」
年間の自動車交通事故で死亡している人数と、飛行機事故で命を落としている人数の差はどれくらいでしょう?
2016年度の自動車事故死亡者数は、日本国内で3904 人。対し航空機は世界規模のデータしかありませんでしたが、2016年度で死亡者258人。ちなみに国内の自殺者数は、2016年度で21,888人です。
国内で自殺者が約2万人強。そして交通事故で亡くなった方が、約4千人弱。対し、世界単位で飛行機事故による死亡者は、たったの250人程度です。
本当に、飛行機は危険なのでしょうか? (※交通事故・死亡者数ともに警視庁のデータを参照。航空機はAviation Safety Networkを参照)
一度の事故のインパクトが強く、印象に残りやすいが為に、データを見ずに危険だと直感で思い込んでいませんか?
確かに出来過ぎていると思います。
何故、8月12日 18時発、伊丹行きなのかと問われれば、「偶然だ」としか言いようがありません。
けれど、これを「呪い」だの「祟り」だのを一切排して原因を考えるとするのならば、毎年。八月のこの時期は交通機関を利用する方達が極端に多くなります。そして、羽田は国内便が発着する日本の首都から一番近い空港です。必然的に、この時期の羽田は恐ろしいほど混み合います。
更に、夕方ラッシュの時間帯。18時は黄昏時で、自動車事故も多い時間帯となります。昼から夜に移行する切り替わりの時間帯で、太陽が陰る為か、人工的な光があったとしても見間違いやミスが多くなる時間帯です。更に、われわれ人間は狩猟採集で生き延びた時期の方が圧倒的に多く、夜は狩りが出来ずに休む時間だとDNAに刻み込まれています。
仕事は繁忙なのに、逆に冷静な判断が出来辛い時間帯であり、更には物が見え辛い時間帯でもある。
大きな事故は、小さなミスが重なりあい、連鎖して起こると言われています。勿論、企業努力と日々の安全点検で、何度もセーフティチェックが設けられていることでしょうが、それでもミスは有りうるものなのです。
原因究明はこれからで、ANAの詳しい調査結果を待ちたいところですが、ミスが起こりやすい条件が整っていたことは、否定できないことでしょう。
繁忙期。ミスが頻発しやすい夕方に起こった機体トラブル。このニュースの事実は、それ以上でもそれ以下でも有り得ません。
それ以上を勝手に連想してしまうのは、私達に「思考バイアス」がかかっている、明確な証拠となりえるのです。
【常にセルフチェックを】
先日、呪いのエントリーで、周囲からの言葉を自分で受け止め、納得してしまった時に呪いは発動することをお話しました。
今回の事故に関するものも、32年前の墜落事故の呪いだと言いたくなってしまい、思わず連想してしまった時。ふと、私はこの認知バイアスの事を考えました。
その方が楽だからです。考える、という面倒なことをしなくても、答えがそこにあるからです。そして、自分と同じ意見をSNSなどで見てしまうと、もう同じ意見しか拾わないようになります。それ以外のものを、私たちの脳は排除してしまうのです。
だからこそ、冷静な視点。これは単なる思い込みではないかと、気づくことが大事になります。認知バイアスがかかっていないか、断定したくなるまえに少し考えてみましょう。
呪いや祟りを信じる前に、この事故が単なる1ニュースで終わったのは、この機体トラブルに向きあい、パニックになりかける乗客を安心させながら、無事に飛行機を着陸させ、全ての乗客乗員の命を救ったクルーの方々の努力と技術です。それに、素直に称賛と感謝を示したいです。それが仕事だと言ってしまえばそれまでですが、私達一般人よりも、同じ業界で働いている彼らの方が、この日航機墜落事故には詳しい筈です。どれだけ恐ろしく、背筋が凍ったか。。けれど、その恐怖に流されず、今目の前にある危機を乗り切ることに集中したからこその、緊急着陸成功。死亡者ゼロ、という結果を得られた。無事だったのは、彼らの努力の結果です。
私達は、感情に常に振り回されています。そして簡単にバイアスがかかってしまう。偏った視野、偏った思考を常に取ってしまう可能性がある。その危険性か有るのだという事を常に頭に置き、思い込みではないか。違う例示は無いのかと、探す冷静さを持ち合わせたいですね。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
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