声の諸相 解説その5 まとめ


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声の諸相の解説まとめ。

はい、まとめです。

ここだけ読めばいい! と思うのではなく、教科書を読みながら自分でもまとめてみてください。

まとめてみる。書き出すって、凄く大事です。

更に言うのならば、やればやるほど、点数が上がると言う不思議(笑)やらない人はどんどん下がっていくので、やるかやらないかは決めるのは貴方です。

以下は、まとめ方の例示のように使ってください。

皆が正しい!と思っているものに対して、真逆を言う。評論文ってそんなひねくれた面があります。

【本文のパターン】

では、毎度おなじみ。本文のパターンです。今回はとても楽。

-一般例⇒問題提起⇒具体例⇒筆者の論理へ-

犬の一般例から、「もしかして沈黙の方が、伝わってくるものが多いのでは?」という問題提起。

更に、饒舌な、説明上手な人がなぜか信頼できないことを、政治家などを例に挙げ、逆に口下手でも一生懸命伝えようとしてくれていると、それだけで人間らしさを感じてほっとする心理を挙げています。

更に、何故沈黙するかの理由を挙げ、言葉のない「沈黙」が、「あなたに伝えたいことがあるんです!」や、「悲しい」「つらい」「解ってほしい」という気持ちを伝えてくる、とても強い表現だと、まとめています。

直接言葉で伝えるよりも、その「沈黙」の方が強く心に訴えてくる。

それを、「話が上手」なことを、何故だか信頼できないところから切り込んでいく形です。

 

-常識を覆す論理-

評論文のパターンと言ってもいいかもしれません。

そして、はっきり言って評論文はこの、「常識とは違うんですよー」「貴方達の思い込みは、違うんですよー」というパターンがほんっっとに多い。

何故なら、貴方がもし、評論家だったら常識的なことを書きますか? それも、高校生の知識で読み解けるような、君たちが読める内容のものを、知っている事だけをずらずら並べる文章を書く意味があると思いますか?

無いですよね。どきっぱり言うと。

と、いうことは、必ず常識や一般論とは違う意見を書いてあるはず、というパターンが見えてきます。

読むときに、探し出す目的としてこれを一つ持っておくと、とても良いです。

評論文って、言い方を柔らかくすれば、超専門家の「個人的意見(証拠付き)」ですからね。自分の意見言っているのに、「皆が知っている事」だけを書くわけがない。

もちろん、今回の評論文もそうです。

覆す常識は、価値の転換です。

-いいと思われているものが悪く、悪いと思われているものに価値がひそんでいる-

饒舌と寡黙が対比として使われていますが、話上手と口下手ならば、絶対に話上手になりたいと思うのが人間ですよね。

「私、口下手になりたいんです!」

と言う子は、ついぞ会ったことがありません(笑)上手く喋れるようになりたい!!と相談に来る子は居ますが、筆者はこの常識に真っ向から反対します。

それは、饒舌は軽薄で、嘘くさい。

寡黙は正直で、人間らしい、素直な人間性が溢れている、とする考えです。

-饒舌よりも寡黙を良しとする理由-

人間は、必ず思考の方がスピードが速くできています。

そう。言葉の方が、圧倒的に遅いんですね。思考がとてもスピードが速い。




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なので、反応が良く、すぐ言葉が出てくるのは、事前に用意していることが考えられます。そう。前もって答えを用意している。それって、その場で考えずに答えている、ということです。

なので、とても胡散臭く感じてしまう。私の個人的な意見ですが、服屋さんの店員さんの「お似合いですよ~」から始まるセールストークは、どれだけ上手くても非常に胡散臭く感じます(笑)

むしろ、寡黙で口下手で、時たま考えながら答えてくれる人の方が、信頼を感じてしまう。

なぜかというと、その場で自分の言葉に反応して考え、言葉を選び、何か伝えたいことの為に考えてくれている、真摯な姿が見えるからです。

-人は理由があって沈黙する-

人は、何かを伝えたい。伝えたい気持ちが深ければ深いほど。強ければ強いほど、「どうやってこの気持ちを伝えていいのか、解らない」という状況になります。

そう。意味なく会話の中で沈黙している人は、居ないわけです。

「う~~~~んっっ、上手く言えないんだけど………」
「言葉があっているかどうか、解らないんだけど……」

と、考えたり、言葉を一生懸命探したり。または、強烈な悲しみや、苦悩に苦しめられている時に、相応しい言葉が見つからなくて、けれども誰かに伝えたくて、あえぐ瞬間。

その言葉を待っている立場の人間は、「ああ、この人は今悲しんでいるんだ……」ということが、強烈に伝わってきます。

言葉が見つからないから、黙るんです。

そして、言葉には、表現能力に限界があるのです。

-音が無いはずの沈黙が、最も伝達能力に優れている-

伝達の道具である言葉ですが、その伝達能力には限界があります。

悲しい、という言葉があったとして。

怒られて悲しい。

友達との別れが悲しい。

病死した親との別れが悲しい。

さて、この三つは、同じ悲しさでしょうか?

悲しさを表すのに、「悲しいんだ」としか、言葉として選べなかった。けれど、口にしようとする瞬間、「いや、そんな簡単なものじゃない。自分が抱えている悲しみは」と思ってしまうと、止まってしまうのです。言葉が、喉もとで。

それを、筆者は「のどの奥の沸騰音」と表現しました。

言葉を発するよりも、そうやって悲しみを表現する言葉に苦しみ、喘いでいる沈黙が、その人の悲しみの強さを伝えてくれる。

言葉で表現しなくとも、そうやって表現する方法を探して、沈黙している姿が、何よりも強い気持ちを伝えてくれているのです。

 

【まとめ】

-一般論とはズレている考えを探り出す-

この評論文の言いたいことは、一つです。

存在する「言葉」で表現するよりも、「言葉」が存在しない「沈黙」の方が、よほど人の気持ちを伝える能力が高い。

それだけです。

本来は、言葉を駆使し、上手く話せた方が伝達能力が高いと思われがちです。これが一般論。

それに真逆な意見をぶつけるのが、筆者です。

上手く話せない。沈黙する。寡黙である。訥弁である。

その方が、表現能力が高い。少なくとも、人間の情味は伝わってくるし、聞こうという気になってしまう。

そんな、不思議な人間の心理を、様々な例示を出しながら説明しているのです。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

最初から読む。

声の諸相 解説その1

声の諸相 解説その2

声の諸相 解説その3

声の諸相 解説その4

 


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