今回は、漢文解説「管鮑之交」の解説です。
本当の友達というのは、どんな人なのか。
そして、人はどんな人が傍にいれば、生きていられるのか。
新学期にむけて、解説していきます。
【第1文目】
-白文-
管仲字夷吾。
-書き下し文-
管仲、字は夷吾。
-日本語訳-
管仲、字(通り名)を夷吾と言った。
-解説-
管仲の紹介です。
漢文も古文も、まずはこれから話す人の、紹介から始めます。
ここって、結構重要。
試験の時とかは、ここで登場人物を把握するので、人物名は必ずチェック。
混乱する字(あざな)は、中国でいう通り名の事。成人すると、使うようになります。
なぜかというと、中国では名前を呼ぶってとても貴重で、大切なことなんです。
本当の名前を呼ばれると、相手に魂を掴まれてしまう。支配を受けてしまう、ぐらいの感覚で考えているので、親しか呼べないのが普通。
だから、友達や同僚などから呼ばれる名前としての通称を作った。それが字です。ペンネームの様なもの、と教わった人も居ると思いますが、ついでに何故名前を呼ばなくなったのか、をセットで知っておくと、スッキリします。
誰もがペンネームを必要とする世の中って、ちょっと想像しにくいですものね。だから、ペンネーム。つまり、本名とは違う名前が盛んになった理由を知っておく。これは評論文などの読解にも通じるものの考え方なので、是非マスターしてください。
些細なことに、「何故そうなったのか」と思うのは、とても大事なことです。
更に、名前に対しての豆知識。
中国で姓名を名乗る時は、
姓+名
もしくは
姓+字
のどちらか。
姓名+字、の組み合わせで呼ぶのは間違いなので、気をつけてください。
例
姓→諸葛
名→亮
字→孔明
とするのならば、
◎諸葛亮
◎諸葛孔明
×諸葛亮孔明
ということです。
(諸葛孔明は、三国時代に活躍した、蜀の策士です。逸話がとても沢山ある人です。三顧の礼、髀肉の嘆、など知っておくと有利)
【第2文目】
-白文-
嘗与鮑叔賈。
-書き下し文-
嘗て鮑叔と賈ふ。
-日本語訳-
以前、鮑叔と商売を共にしていた。
-解説-
管仲と鮑叔は、身分で言うのならば鮑叔が上。
その上の人と一緒に商売をしていた。役人になる前の、若い時ですね。
【第3文目】
-白文-
分利多自与。
-書き下し文-
利を分かつに多く自(みずか)ら与ふ。
-日本語訳-
この時、利益を分配するときに、半分ずつではなく、管仲は自分の取り分を多く取っていた。(自分に与えていた)
-解説-
売り上げを半分半分ではなく、自分に多く与え、鮑叔には少なく与えていた。
えー・・・?って、思う瞬間ですよね。そんな友人嫌だと、普通思っちゃう。
【第4文目】
-白文-
鮑叔不以為貪。
-書き下し文-
鮑叔以て貪と為さず。
-日本語訳-
鮑叔は、そのことで彼(管仲)が貪欲だとは思わなかった。
-解説-
がめつい!!
と、すぐ私だったら不公平感が顔に出てしまうかもしれない状況ですが、鮑叔はそうは思わなかった。
出来た人だ・・・
【第5文目】
-白文-
知仲貧也。
-書き下し文-
仲の貧しきを知ればなり。
-日本語訳-
管仲の生活が貧しいことを知っていたからである。
-解説-
その理由も、ちゃんと書いてあります。
どうして、管仲が分け前を多く取るのか。その理由は、彼がとて生活に困っていたからです。
だから、分け前を多くとっても、彼を貪欲だとは思わなかったし、多く欲しがることも見越していた。
【第6文目】
-白文-
嘗謀事窮困。
-書き下し文-
嘗て事を謀りて、窮困す。
-日本語訳-
管仲は、また以前に、鮑叔のために事を企てて、それが失敗に終わり、鮑叔が貧乏になってしまった。
-解説-
次の例です。
商売をするだけではなく、何かしらの事を管仲は鮑叔の為に企てました。
でも、それがあえなく失敗。しかもそれが原因で、鮑叔は困窮してしまいます。友達の策に乗ったら、失敗して自分が貧乏になっちゃった。
普通だったら、「お前なんか知るか!!」ですよね。
管仲、良いところ全然ありません。
【第7文目】
-白文-
鮑叔不以為愚。
-書き下し文-
鮑叔以て愚と為さず。
-日本語訳-
それでも鮑叔は管仲を馬鹿だとは思わなかった。
-解説-
盛大な失敗をしても、鮑叔の管仲に対する期待や評価は全く変わらなかった。
愚かだとは思わなかった。
何故なのか。普通だったら、見限ります。けれど、鮑叔は見限らなかった。
【第8文目】
-白文-
知時有利不利也。
-書き下し文-
時に利と不利と有るを知ればなり。
-日本語訳-
そういうことは、世間の時期が有利な時と不利な時があることを、知っていたからである。
-解説-
失敗の原因が管仲にあるのだったら違いますが、管仲の責任でないところでの失敗は彼の評価には関係ない、と判断したのです。
特に古代の世界は、すぐに戦乱が起こるので、いくら頭のいい人が計画をしても、成功するには不確定要素が多すぎます。もちろん、それを全て見通す能力が必要とされる時代なのですが、管仲一人の責任で無いと言い切ることの出来る鮑叔はとても冷静な人です。
冷静で、判断力が高かった。
彼の管仲に対する評価は変わらなかった。
【第9文目】
-白文-
嘗三戦三走。
-書き下し文-
嘗て三たび戦ひ三たび走る。
-日本語訳-
以前、3回戦いに出て、3回戦場から逃げ出した。
-解説-
最後に、戦場でどうだったのかの、エピソード。
3回とも、戦闘から逃げた管仲。
いや、流石にここまで駄目だったら評価を曲げるだろう、と思っても、鮑叔は諦めません。
【第10文目】
-白文-
鮑叔不以為怯。
-書き下し文-
鮑叔以て怯と為さず。
-日本語訳-
鮑叔は、管仲を臆病だとはしなかった。
-解説-
それでも、鮑叔は管仲を臆病だとは思わなかった。
普通だったら見限りますよね。でも、理由はちゃんとある。
【第11文目】
-白文-
知仲有老母也。
-書き下し文-
仲に老母有るを知ればなり。
-日本語訳-
管仲に老いた母親がいることを知っていたからである。
-解説-
管仲には、老いた母親がいました。中国では、親より先に子供が死ぬことは最大の親不孝です。
なので、母親よりも先に死ぬことはできない、と、孝行を優先した。
ちゃんと理由があってのことだったのを、鮑叔はきちんと見ていた。
【第12文目】
-白文-
仲曰「生我者父母、知我者鮑子也。」
-書き下し文-
仲曰はく「我を生むは父母、我を知るは鮑子なり。」と。
-日本語訳-
管仲は言った。「私をこの世に産んでくれたのは両親だが、私のことをよく知っているのは、親よりも鮑叔先生である。」
-解説-
管仲の言葉です。
自分を産み、育ててくれたのは父母だけれども、自分の事を誰よりも知り、誰よりも信頼してくれているのは、鮑叔で有る、と。
これだけ信頼されたのならば、確かにそうかもしれません。
【まとめ】
この、管鮑の交わり、の文章は、前後が有ります。
教科書によってはその前後も載っているかと思いますが、この管仲と鮑叔。ずっと一緒だったわけではなく、色々な状況に翻弄され、互いに敵同士になったり、お互いに仕えていた君主の命を狙わなければならなかったりした時がありました。
敵同士として、戦ったことも有ります。
けれど、注目なのは、その後です。
普通だったら、それだけで「裏切り者!!」となってしまい、二度と一緒に何かをしよう、等とは思わないかもしれませんが、鮑叔は、「それは管仲の責任ではなく、時代の流れ的に仕方が無かったことだ。彼は彼で、(自分とは違う側の)君主の部下として、その君主を玉座に着けようと必死に行動した。彼が優秀だったからこそ、私たちも苦労した。だからこそ、有能な人材は登用するべきだ。と、鮑叔は考えた。
確かに、能力は管仲の方が上だったのかもしれません。けれど、人徳という面では、鮑叔の方がよほど優れていた。
管仲が能力の高い人。とするのならば、
鮑叔は、その能力の高い人達が信頼を寄せる、人徳者。と言ったところでしょうか。
その人の立場を考え、理解し、時に争うことになったとしても、お互いに理が通っているのならば、それはそれで仕方が無かったことだと過去はきちんと過去にして、共に未来を見つめることの出来る相手。
そんな関係性を創り上げることが出来たのならば、それは何よりも大事な存在であり、かけがえのない存在で有り続けるでしょう。
そんな友人は、貴方の傍に居ますか?
そして、貴方は誰かにとっての鮑叔になれているでしょうか?
失敗をした時に、その理由をきちんと理解し、励まし、信頼を寄せ、時にぶつかることがあっても、それを過去に出来る。そして、未来を共に作ることが出来る相手。
そんな相手が欲しい。そんな友人関係を築きたいと願ったからこそ、こうして言葉として残っているのでしょうね。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
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