鬼にさらわれた女の謎~古文解説 伊勢物語「芥川」~

伊勢物語

鬼のエントリーが続いているので、鬼がらみで古文解説をひとつ。

歌物語 伊勢物語から「芥川」

芥、とは塵やごみのこと。それらが集まった川です。現存でどこに存在しているかも解っていない川がタイトルとなっているお話。

何かが塵芥となってしまったお話です。

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【伊勢物語あれこれ】

伊勢物語は、平安初期の歌物語です。一つの段。お話に必ず歌が入っている物語。

大部分のお話は、「男ありけり」で始まり、ある男性の一生を描いています。

モデルは、平安期の色男。在原業平と言われていますが、全てが彼の行ったこと、というよりも、当時の平安貴族の理想図を固めたような姿が描かれています。

そして、内容のほとんどは恋物語。恋愛ものです。

男子は読んどくと、色んな意味で良いのではないかな。

【本文+現代語訳】

 昔、男ありけり。
 昔、ある男がいた。

女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに来けり。
なかなか自分のものに出来そうにもなかった高貴な身分の女性を、長年にわたって求婚し続けていたが、ようやく女を館から盗み出して、たいそう暗い夜に連れ出した。

芥川といふ川を率(ゐ)て行きければ、草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ。」となむ、男に問ひける。
芥川という川のほとりまで連れて行ったら、その女性は草の上におりていた露を見て、「あれは何なのですか?」と男に問いかけた。

 行く先多く、夜も更けにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、男、弓、胡簶を負ひて戸口にをり、はや夜も明けなむと思ひつつ居たりけるに、鬼、はや一口に食ひてけり。
これから進んでいく道のりが遠く、夜も更けてきたので、鬼が住んでいる場所だとも知らないで、神鳴り(雷)までもがとてもひどく鳴り響き、雨も降ってきたので、荒れ果てた蔵の中に女を奥の方まで押し込めて、男は、弓を持ち
胡簶を背負って、蔵の戸口で番をしていた。早く夜が明けてほしいと思いながら戸口に座っていたところ、鬼は早くも一口で女を食ってしまった。

 

「あなや。」と言ひけれど、神鳴る騒ぎに、え聞かざりけり
「あれえ。」と女は叫んだけれど、雷の鳴る音の騒がしさに、男は女の悲鳴を聞くことが出来なかった。

やうやう夜も明けゆくに、見れば、率て来(こ)し女もなし。
次第に夜も明けてきたので、蔵の奥を見ると、連れてきた女は居ない。

 

足ずりをして泣けども、かひなし。
男はじだんだを踏んで悔しがり、泣きわめいたが、どうしようもない。(それで次のような歌を詠んだ。)

白玉か 何ぞと人の 問ひしとき 露と答えて きえなましものを
「あの光る珠は、真珠か何かかしら?」とあなたが訪ねた時に、「あれは露ですよ」と答えて、あの露が朝日に照らされて消えて行ってしまうように、自分もはかなく消える事が出来たらどれだけ良かっただろう。(そしたら、こんなに悲しい思いもしなかったのに)

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【消えた女の謎】

ちょこっとホラーチックなこのお話。

最初から突っ込みどころ満載です。身分が高い女性に求婚していたということは、少なくともこの男の身分も高かったはず。モデルの在原業平は帝の血をひいている貴公子です。次代の天皇にはなれないけれど、身分的には超高い。

その男性が手に入らなさそうな女性って事は……まぁ、昨今流行りの不倫関係だったか、若しくは勝手に夫のいる女性に横恋慕していたか、政敵の娘だったか、婚約者がいたか、単純にふられたか。(最後が一番可能性がありそうですが……)

まぁ、そんな女性に求婚しまくってて成就しないから、「盗み出した」って……

いや、それ女性に同意とってなかったら、誘拐じゃないか……

女性の立場からしてみたら、ちゃんとお断りしているのに何回も求婚の手紙をくれる男性に困ったな~と思ってたら、いきなり攫われた……って、それストーカー事件そのものなんじゃ……と現代人の感覚だと突っ込みたくなってしまうんですが、古文だと詳細は全てカットなんですよね。(もっと書いてくれよ)

で、連れ出したは良いけど、雷や雨も酷いから、途中で見つけた小屋で少し休もうと、女性を部屋の中に入れます。ここで、疑問が一つ。

なんで一緒に入らなかったのか。

で、その次の日の朝。蔵の奥に入れた筈の女の姿が無い。お話では鬼に食われた事になっているのですが、鬼は良くこの男を見逃すよなぁ。普通、二人とも食べられちゃうんじゃ? とか、色々突っ込みどころ満載。

そして、鬼ってさすがに人を丸のみ出来るほど、大きな口持ってないですよね。

血痕だったり、十二単の布きれだったり、本当に食べられたんだったら蔵の仲って、相当なスプラッタ状態だと思うんですけど……

で、最後の男の行動もおかしい。

って言うか、悔しがってるって何? 愛しい人が鬼に食われて死んだんだったら、普通悲しむのでは??いや、和歌では悲しみを歌っているけれど、恋人を失った悲しみと言うよりは、こんな悲しみを感じるぐらいだったら自分も儚く死にたいって言っているだけ。

なんか色々突っ込みどころと言うか、謎が満載です。

【謎の解明に挑戦】

たま~にテストでそんなこと考える必要有るの? と言われそうなんですが、人間って無駄なこと覚えた方が記憶力が増大するという変な機能が脳には付いていまして。

なので、無駄なこととは知りつつも、ちょっと推理してみたいと思います。

何で、男は女性を閉じ込めた後、蔵の前に座っていたのか。

愛しい恋人との夜ならば、むしろ一緒に蔵の中に入っているはずですよね。なのに、彼は蔵の外に居た。鬼がいたからという理由は却下です。だって、男は知らなかった。

ここでポイントは、この女性はとっても高貴な生まれで、不当に連れてこられたと言うこと。

だったら、考えられますよね。どう考えたって、この女性の家族は追いかけて、誘拐したこの男をとっ捕まえて、連れ去られた可哀想な女性を取り戻そうとするはず。

そう。男が警戒していたのは、追手が迫ってこないかどうかが、凄く気がかりだった。

だから、嵐の夜なのに、すぐ対処できるように蔵の前に座っていた。

そして、女が鬼に食われたという描写ですが、鬼=隠人です。人知が及ばない存在です。

もしも、この男がうっかりと寝ている隙に追手がやってきて、無事御姫様を連れ戻したとするのならば………翌朝、蔵の中はもぬけの殻ですよね。

男が女性が死んだことに悲しんだのではなく、じだんだを踏んで悔しがったと言うのも、理解できます。寝ている間に連れ去られてしまったんだ。もう二度とあの人には逢えないんだと、悲しんで、「白玉か~」の歌を詠んだとするのならば、理解できる。

さすがに、血みどろの血痕が生々しく残っている蔵の中で読んだと考えるには、あまりにも優美な内容ですものね。

と言うことで、このお話は、高貴な姫君を誘拐し、連れ去って、長年の思いを遂げようとしていた不届きなたくらみが、姫君のボディガードたちにあえなく阻まれて、「失敗したか……」とため息を吐きながら歌を詠み、「鬼に食われてしまったのだと、思おう」と考えてこの物語になったのかなと。

どんなに思ってたって、無理強いは駄目だよね。という至極当然な結末を迎えた解説でした。

ちゃんちゃん。

余談ですが、ここで平安女性の悲劇も一つ。

雨露すら知らなかったこの女性。つまり、高貴な身分の女性は、ただひたすら大事に屋敷の奥に閉じ込められていて、草木をその目で見ることすらなかったという、エピソード。

御姫様の世間知らず、と受け取るか、平安期の女性って平均寿命30代後半だものなぁ。座ってばっかで、毎日着ているものは20キロ近くの重さで、動かず、運動せず、日光も当たらずに、栄養過多な料理(平安期は太っている事が美人の代名詞)と、高カロリーな濁り酒を毎日飲んでいたのならば、そりゃ縮まるよなぁ……と分析をするか。

そんなふうに考えると、古文って一気に読むのが面白くなりますよね。

ではでは。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

コメント

  1. 松田 より:

    私は先生のほんわかとした解説が変だなと感じていたんですが、今納得しました。ちなみに、私は最初、男と女(と鬼)しか登場してないのに、男が雷の音で聞けなかった女の「あなや」という叫び声を誰が聞いてこの話を作ったのかと想像してゾッとしました。

    • 文LABO 文LABO より:

      松田さん
      コメントをありがとうございます。
      松田さんの最初の感想と解釈、素晴らしいですね。情報が少ない古典だからこそ、「もしかしたらこうだったのかもしれない」と考えながら読むのが、上達の第一歩です。ぜひ、色々な古文を読んでみてください。

  2. LWX より:

    >いや、それ女性に同意とってなかったら、誘拐じゃないか
    もし本当に誘拐されたのなら「草の上に置きたりける露を、『かれは何ぞ。』」とのんきに尋ねるでしょうか?このように尋ねることから女が男のことを信頼していたことがうかがえます。女は満更でもなかったが、男より身分が上で家が許さなかったと解釈するほうが自然に思えます。

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