小説読解 夏目漱石「こころ」その1 ~主人公の背景~


スポンサーリンク

明治の文豪夏目漱石。

日本を代表する小説家の長編傑作「こころ」

このタイトルの「こころ」には、実に様々な意味合いが読みとれます。そして、高校生の教科書に載っていて、難解な文章読解に頭を悩ます人が続出する小説でも有ります。

感想で大概上がってくるのは、「暗い」「なんか良く解らん」「取りあえず、主人公が卑怯だったってことでは?」とか、もう色々聞きます。

逆に、この小説を読んで心から「面白い!!」と思う人が居たら、私は「ちょっと熱測ろうか?」と体温計を渡すでしょうね。

表面上は明治の文章なので、そのハードルが高いが故に犬猿されがちですが、この「こころ」単純な恋の三角関係ではなく、人間という存在のこころのあり方を。そして、欲望やエゴが絡むと、どこまでも人は醜悪になれるということを、鋭く私たちに問う作品でも有ります。

様々な教科書で抜粋個所は違っていますが、大修館書店発行 現代文Bの抜粋箇所を中心に取り上げてみます。

【「先生=私」という表記】

では、本文に入る前に、教科書で抜粋される部分の主人公」の性格を取り上げます。

「こころ」は上・中・下巻の三つからなり、それぞれに「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」というように、タイトルがつけられています。

小説の本当の主人公は、青年「」です。ややこしいですね。

つまり、

上巻先生……高校生だったは、鎌倉の海で偶然出会った先生に強い興味を持ち、先生と仲良くなっていく。そして、先生がいつも孤独の影をまとっている事に疑問を持ち、問いかけたら「何時かの過去を話そう」と約束をする。「私=青年」

中巻「両親と」……が大学を卒業して故郷に帰省すると、明治天皇崩御の方が入り、病弱だった父が危篤状態に。そんな中、先生から遺書を受け取り、東京行きの電車の中でそれを読み始める。「私=青年」

下巻「先生と遺書」……先生の過去が先生の遺書の中で「」という一人称で語られる。早くに両親を失った先生が叔父に財産を奪われ人間不信に陥り、故郷を捨てたいきさつ。そして、今の奥さんとどうやって知り合い、どうして結婚したのか。そして、どうして今、孤独の影を漂わせているのか。その一切が語られる。「私=先生」

教科書で抜粋されているのは、この下巻の遺書の抜粋です。

先生=私。今回の解説では、本文抜粋以外は、「先生」という表記で統一します。

【先生の性格】

では、この遺書の部分までの、先生の性格を見てみましょう。

先生は、両親を早くに失い、その遺産を信頼していた叔父に盗まれます。本来であるのならば、先生に相続されるはずの遺産が、その管理を地元でお願いしていた叔父に、我が物顔で使われていたのです。

その裏切りにより、先生は強烈な人間不信に陥ります。故郷とも絶縁。孤独を背負います。

そして、人を信頼したら裏切られてしまう、というトラウマのような物を抱えながら、それでも生き続け、当時、非常に少数のエリートしか入学できない、帝国大学に入学。その時に、同じ故郷出身のKと友人になり、更に下宿先の奥さんとお嬢さんとの温かい触れ合いに、段々と心を溶かしていきます。

この背景で考えられるのは、

・正義感がとても強い。

先生の人柄を読み解くのに、「人間不信」というキーワードはとても重要です。

叔父の横領を許せなかった。両親の財産を正当に受け継ぐのは先生です。両親が亡くなった当時、まだ年齢が若かった為に管理を叔父に任せました。その信頼を裏切られたと知り、その後、一切の接触を絶っています。

もちろん、責められるべきは横領をした叔父です。犯罪です。それは否定しがたい事実です。けれど、郷里には叔父以外の人達もいたでしょう。その誰ひとりとも、連絡を取らなかった先生。

そこから、人の悪行を許せない。そして、清廉潔白でいたい、という姿が垣間見えます。

・経済的に苦労知らず。

横領されたと言っても、その財産の大半を相続した先生。学生時代だけでなく、その後の未来の姿である、上、中巻においても、先生が何かしらの仕事についている雰囲気は有りません。遺産で生活していたようで、大学時代も経済的に困窮している雰囲気はどこにも有りません。

つまり、お金持ち。そして、労働をしたことがないという点では、生活苦を知らない、という事も大きなポイントです。

 

・エリート

東京帝国大学に在籍。現在の東京大学ですが、現代でも超難関大学であることは有名です。ですが、明治時代は更に難関です。大学進学できる存在は本当に限られていて、一部のエリートしか進めなかった学校です。そこから、プライドが高いということは、簡単に想像できます。




スポンサーリンク


そのブライドを支えているのは、学業的な成果。つまり、成績です。優秀な成績を取り、受験を通り抜け、学業的な失敗をした事はない。つまり、大きな挫折を経験していない。

言い変えるのならば、失敗をしたことが無いのです。

失敗をしたことが無い人がどうなるのか。失敗をするような事には、一切関わらないようになるのです。

・学問が好きというわけではない

この先生の友人Kは、先生の対比として漱石が創り出した、真逆のキャラクターです。

Kは一心に「精進」という言葉を使い、まるで仏道修行するお坊さんのように、学問に邁進します。

そして、そのKに「負けたくない」から、先生も張り合うように勉学をする。それは、どこか切磋琢磨のほほえましい友情、とは違っています。

Kの頭の良さにあこがれ、羨望を抱きながらも、同時に強烈に彼の才能に嫉妬し、複雑な思いを抱えるようになっていきます。

なので、学問は己が好きで学んでいる、というよりも、Kと対等でいたいという気持ちが、学問に向かわせているのではないか。

学問に対しての表記が圧倒的に少ないことからも、それが伺えます。

好きでもないものをそれだけ一心に出来る、ということは、それだけ「負けたくない」という気持ちが強かった、とも取れます。

そこから、負けず嫌いだった、という性格も見え隠れします。

まとめると……

・人の悪行を許せない。(環境の為に実家と絶縁)
・清廉潔白が好き。汚いことは嫌い。
・エリート思考。
・お金持ち、苦労知らず。
・失敗をしたくない。
・負けず嫌い。
・・・・・正直、友達には選ばないかな……というタイプですよね。

というか、生き辛そう……この性格。

【友人Kの存在】

友人K。このKという存在は、先生の性格を全く逆にしたような存在です。

特に際立っている部分は、

・貧乏
・学問を学びたいが為に実家と絶縁。(自分の意志)
・猪突猛進タイプ
・失敗してもやりたいことが出来れば良い。
・努力型ではなく、天才型の頭が良いタイプ。
・学問に命を捧げる覚悟がある。

この、Kに対する感情。

羨望、嫉妬、憎悪、憎しみ、様々な言葉で表せないほどの複雑な感情ですが、ひとつはっきりと言えることは、人は自分と同じ存在にはあこがれません。

つまり、Kが持っていて、先生が持っていないもの。それが先生は、喉から手が出るほど欲しいものでした。だから、Kに惹かれたのでしょう。

あこがれ、嫉妬をしつつも付き合い、その生活を助け、自分の下宿に住まわせ、生活を助けるような事までします。

先生は、下宿を切り盛りしている奥さんとお嬢さん、そして自分が呼び込んだKと共に、共同生活をするようになります。

家族がどうして喧嘩が多いのか。それは、距離が近いからです。

物理的な距離が近くなると、それだけ相手の事が良く気にかかるようになり、腹の立つことも距離が近いから発生します。

そして、悲劇の歯車が回りだす。

今日はここまでです。

明日は、先生の恋心について。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

続きはこちら⇒小説読解 夏目漱石「こころ」その2 ~火鉢のエピソードから見えるこころの奥側~


スポンサーリンク



コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください