思考バイアス 解説その2


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思考バイアス。解説2回目です。(その1)

【前回のまとめ】

-私たちの思考には偏りがある-

普段何気なく行っている思考ですが、大概「推論」を私たちは使っています。

ある出来事が起こると、それが何故起こったのか。その「原因」を突きとめようと、「ある仮説」を持ち、だから、こういう結果になったのかと、「推論」をして、同じ様な例示を違う似た体験に当てはめようと、検証を始めて、確信を得ようとする。

それはとても有用な筋道のたった考え方です。

誰だって失敗したら、原因を考えるし、成功しても原因って考える。

あれが良かったのかな、これが悪かったのかな。じゃあ、今度はこうしてみよう。成功した時に、または失敗した時に共通したことって何だろう、みたいな琴をやっぱり考えますよね。

目に見える結果や、数値化されたものだったら、それは確かに効果がある考え方です。

けど、それが目に見えないものだった場合。

あるいは、具体例が極端に少ない場合だった時。

人の思考は、簡単に幅が狭くなり、偏った思考になってしまいます。

-最初から可能性を排除して考えてしまう-

結果が曖昧だったり、神秘的な体験をした時。

人の思考は、簡単に歪みます。

どうやって歪んでしまうのかというと、それは選択肢が1つしか思い浮かばない場合です。

それって、あり得ません。

結果に伴う原因って、複数在るのが常です。というよりも、複数を考えて、そこからおもな原因を絞る考え方をしていくのが、帰納的推論のはず。

けれども、最初から1つしか選択肢がない場合は、多くの場合「思い込み」や「願望」、「そうあってほしい」という心理が働いた結果です。

他に存在するはずの可能性を、最初から除外してしまうのです。

これを「確証バイアス」=「確かそうな仮説しか、考えない。思い浮かぶ仮説が1つに絞られる」と筆者は名付けています。

さて、それ以外にも思考が偏ってしまう場合の例示を、筆者は複数挙げてくれています。

続きを読んでみましょう。

【第4~5段落】

推理小説を読んでいると、「犯人はあなただ!」って予想したくなりますよね。(笑)

-全く無関係なものを強引につなげて考えてしまう思考-

もう1つは、推論の段階で、ある目立った事柄2つ(AとBとする)が続けて起こると、ただ目立つという理由でその2つを結びつけて(Aが原因でBが起こったと)考える癖がある。(本文より)

目立った物事って、立てつづけに起こると、無意識につなげて考える癖が人間には在ります。

私たちの日常って、物凄く情報が溢れていますよね。

けれど、その全部を処理していると疲れるから、人によって焦点が当たっている場所。スポットライトが当たっている場所が、違うんです。

それが目立っている出来事です。

印象深い出来事が起こっちゃうと、そればっかりに意識が引き寄せられて、頭から離れないって事、ありますよね。どうしても、そこに意識が集中してしまう。

ずっと考えてしまう。

それが2つも連続で続けば、その2つをぐるぐるぐるぐる頭の中で考えてしまう。

すると、くっつけちゃうんですね。無意識に。




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他の可能性だって、ちゃんとある。

けど、全部見ているようで、人って全然見ていないから、印象に強く残ったところだけを覚えている。

で、それをくっつけてしまうのは、印象深いことが頭から離れないからです。

 

-相関の錯覚-

夢を見たということとその人が死んだということを、必ず関連があると思い込む心的作用である。単なる偶然の一致(A,Bは無関係)とは考えないのだ。(本文より)

解説その1で解説した「確証バイアス」は1つの可能性しか、思い浮かべない事。

今回の思考のゆがみは、「相関の錯覚」です。

つまり、印象深い2つの出来事を、何が何でもつなげようとする心理のこと。

これって昔から良くあることで、例えば、帝が変わったとか、将軍が変わったとたんに、富士山噴火!! とか、台風が来た!! とか、雷がとっても鳴り響いて、嫌な天気が続いた!! なんてことが連発すると、

「あの人が権力者になってから、悪いことばっかり起こる・・・きっと、神様が怒っているんだ!!! あの人は権力者になっちゃいけない人だったんだ!!」

ってやつです・・・

今だったら、「あほらしい・・」と笑い飛ばされそうですが、でも、その2つの出来事を強引につなげようとする考え方の癖は、ちゃーんと人間の頭の中に根付いている。

ここで言う、Aが原因で、Bが起こった。という考え方は、

A=友達の夢を見た。
B=友人が死んだ。

ということ。

夢って、毎日見ているはずなんですが、印象深いものなんか滅多にありません。けど、その滅多にないことがあった。珍しくて印象に残る。印象に残ると、頭の中でぐるぐるそのことだけが回ります。

で、そんな状態の時に、その友人が死んだと連絡が入る。こちらも滅多にない珍しいことです。

で、それをくっつけちゃう。

夢を見たから、友人が死んだんだ!! と・・・

でも、そうだったら夢見た友人たちは全員死ななければいけないわけで・・(笑)当たり前だけど、そんなことは有り得ません。

いや、あるのかも知れませんが、だとしても可能性だと言うだけです。これから、毎日夢日記を付けて、家族や友人の夢を見た日に、誰が死んだのかを毎回チェックして、高確率(8割かな?)で当たっていれば、やっと「在る」と証明できるけれど、誰もそんな実験しませんよね(笑)

でも、そうやって実際に確かめて初めて、偶然だったのか、確実なのか、という話が出来るはずなんですが、人間はこの過程をすっ飛ばして、強引にくっつけちゃうんです。

その出来事が印象深ければ、印象深いほど。

-誰かを犯人だと思い込むと、それに相応しい証拠しか見えなくなる-

さらに、ある仮説に対して、それに合った事例のみで判断してしまい、反証事例を検討しないということがある。(本文より)

推理ドラマとかミステリー映画とか見てると、ありませんか?

「きっと、あの人が犯人よ!!」って言う人(笑)

で、理由を聴くと、「だって目つきがあやしかったし」「アリバイなかったし」「アリバイ聞かれた時、動揺してたし」「おどおどしていたのは、聞かれたら何か不味いことがあったからなのよ!」とかなんとか。

でもね。

「目つきがあやしい」⇒全員のその時の視線を比べたのかな?(ドラマや映画だから、敢えて撮っているって可能性は?)

「アリバイがない」⇒「その人以外のアリバイがない人は? そもそも、アリバイを訊かれていない人が犯人である可能性は?」

「アリバイを訊かれた時、動揺」⇒「一般人が警察や探偵にアリバイを訊かれる時って疑われている時ですよね。それで、動揺せずに答えられる人の方が珍しいのでは? 動揺した人が潔白だった場合のパーセンテージって、どれくらいなの?」

「おどおどしていた」⇒「じゃあ、あなたは何時如何なるときにも堂々としていられるのでしょうか? 目の前に超絶怖い顔した、とっても背の高い、威圧的な人に怒鳴られるように訊かれている時でも、堂々と答えられるのでしょうか?」

っていうのが、「反証」です。

反論みたいなものなんですが、「そうじゃない可能性を考えてみる」ってこと。

でも、人間はこれが苦手です。

-肯定性のバイアス-

一般に人は、否定的な情報(「あの人は犯人ではない。」)より肯定的な情報(「あの人が犯人だ。」)として受け入れる方が精神的負担は小さく利用しやすいので、自然のうちにそちらに傾いた思考をするのである。(本文より)

人間の脳は、負担の少ない方を選びます。

楽な方に流れやすいですよね。人って。

ほら、勉強しようと思った時に、スマホが鳴ったらそっちに飛びついちゃうことってありませんか?

起きて勉強しなくちゃいけない時にも、「あー、もうちょっと寝ていようかな」って思ったり。

良くありますよね。人って、楽な方が大好きなんです。

それは思考にも現れていて、「~じゃない」って思うより、「~だ!!」って思う方が、人間にとっては楽なんですよ。

「あの人は悪くない」と考えるよりも、「あの人が悪い!!」って考える方が、楽だってこと。

SNSとか見てると、すっごく解りやすいです。

断定形の結論で書いてあることは、とても多い。試しに、そういう目線で人の文章読んでみてください。「~だ!!」で書いてあることが本当に多いです。

それって、そっちの方が人間にとって楽だからです。

反証って、面倒なんですよ。だから、面倒をさけて楽な方を選ぶ。

これを、「肯定的バイアス」と筆者は名付けています。

 

 

【今日のまとめ】

-さまざまな思考を偏らせるバイアス-

「確証バイアス」「相関の錯覚」「肯定性バイアス」

人間の思考って、こうやって分析してみると、本当に偏向だらけ・・・偏ってしまいがちです。

これだけ分析されると、「ああ、あるなぁ……」と思い当たることが多々あるような・・・人間の思い込みって、本当に怖いです。

でも、なんでこんなに人の思考が偏るのか。

その謎は、次の部分です。

 

続きはまた明日。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

 

続きはこちら⇒思考バイアス 解説その3

 


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