いじめを乗り越えることで手に入るもの その1


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

恐れを乗り越えた先に、見えるもの

 

 

【いじめをこれだけ取り上げるわけ】

色々といじめに対して書いてきましたが、何故こんなにも書いているかというと、私自身、いじめられっ子だった経験があるからです。

今出逢う生徒達やご両親などにこの話をすると、「全くそんな風には見えない」「きっと、いじめにあったとしても、凄く軽いものだったのだろう」と言われるのですが、実は小学生の時に学校内で起こった事故で、死に掛けています。

今思い返してみても良く生き残ったよなと思える事故で、その事故の反動で永久歯であった前歯が根元の神経から全て抜け落ち(現在はインプラントをしています)、左目の瞼を十針縫い(傷跡が残らなかったのは奇跡だとお医者様に言われました)左足の肉が削げ落ちました。

ですが、それで終わるかと思っていたいじめはエスカレートし続け、陰湿化し、結局高校1年までいじめは続きました。

その間。全くと言っていいほど、誰も助けてくれませんでした。いつか、誰かが助けてくれる。先生が気付いてくれるはずだと、そう考えていた希望は木っ端みじんに砕かれ、相談しに行った担任にいじめをなかったことにされ、訴えを無視された経験もあります。陰湿ないじめと嫌がらせ。暴言、無視は日常で、俯いて顔を伏せて歩くことが毎日。学校を楽しいと思った事など、高校までは一切有りませんでした。

紆余曲折あっていじめを乗り越えたのですが、その時に私の助けになったのは成績と本からの知識。それから、友人でした。

不思議なことに、あの時あんなに辛かったのに、今はいじめを受けたことに感謝をしています。強がりで無く、「ああ、いじめられた経験があって良かったな」と。少なくとも、今いじめを受けて苦しんでいる生徒の気持ちは、体験にしていない人間よりも共感出来ます。そして、いじめの体験を話したわけでもないのに、いじめを受けている子達が私に対して心を開いてくれることが多く有り、話を聞くだけで生徒の気持ちが和らぎ、人の助けになるのならば、辛く、痛い思いをしたのも無駄では無かったなと、今ではそう考えています。

【いじめを克服した過去】

何故、いじめを乗り越えられたのか。それは、ドラマや小説などで描かれているような助けが私の許に訪れた訳でも無く、ある日いきなりいじめが無くなったという訳でも有りません。その後の人格形成にも大きく影響しましたし、過去の恨みや憎しみが全く無くなったかというと、そんなことも有りません。今でもたまに、ふと思い出すことも実際に有ります。自分をいじめた人間と仲良く出来るか? と問われれば、首を横に振りますし、そんな辛いことをするよりも、もっと有意義な関係性を他の人と結ぶ努力をします。

自分を否定し、蔑み、見下した人間と仲良くなるより、自分を肯定し、切磋琢磨し、一緒に頑張れる人と歩みたいし、私を嫌いになる人間がいるのと同時に、好きになってくれる人も必ず居ると今ならば言えるので、そちらに意識を向けた方が生産的だと思っています。

でも、少なくとも一つ有難いなと思っているのは、恐らくいじめが無ければ、こんなに本を読むようにはならなかっただろうし、本を読む楽しさも知らなかっただろうし、勉強もしなかったし、勉強を楽しいと思う事も無かったのは確実です。

そう。いじめを受ける前は、勉強も全くせず、宿題よりも遊ぶ方が大好きで、小説よりも漫画が大好きな人間でした。

けれど、小学校高学年の時。クラス担任からいじめを受けたことにより、大きく生活は一変したのです。

いじめ、と言うよりも多分とっても先生に嫌われていたんだろうなと今振り返ると解るのですが、小学校においてクラス担任の先生は絶対権力者です。それまで通知表も悪い成績は取っていなかったのですが、高学年になると何故か成績が下がり始め、漢字テストで全部合っているのに、零点を付けられたことも有りました。

そんな毎日が続いていくと、「ああ……学校で良い成績を取るためには、先生に気に入られなきゃいけないんだ。私は嫌われているから、低くて当然なんだ」と思う様になっていきました。

後々大人になってから知ったのですが、当時からその先生の悪行は有名で、えこひいきがとても酷く、標的になったら本当に辛い目にあわされると、校区内では噂になっていた程でした。

なので、中学に上がる頃にはすっかり、大人に対しての。と言うよりも、『学校』という特殊空間に存在する「教師」という存在に信頼感は全く無く、どうせ此処でも気に入られなければ地獄が待っているのだろうと、勝手に思い込んで、勝手に絶望していたのです。

同級生からのいじめや暴言も有りました。何せ小学校の時に「こいつをいじめるのは当然だ」、という様な雰囲気があり、それがそのまま中学校に行っても続き、友達もおらず、毎日が苦痛でたまらなかったのです。

そんなある日。

たまたま中間テストがあり、勉強をしていた記憶が全く無いのでどんな点数だったかは覚えていないのですが、教師に対して希望も何も抱かず、寧ろ不信感の塊だった私に、一つの転機が訪れます。

多分偶然だったと思うのですが、返ってきた答案に採点ミスがあったのです。先生は、「採点ミスがあったら持ってこい。点数あがるぞ」と言い、先生の前に長蛇の列が出来上がりました。私は迷いました。小学校の時、同じ様に合っている答案を零点にされた過去が、足を止めました。

また、同じ様なことが起こるかもしれない。でも、違う先生だし……と、中学校で最初のテストだったと言うのも幸運だったのでしょう。

試してみようと席を立ち、緊張しながら答案を先生に差し出せば、拍子が抜けるぐらいあっさりと。

「ああ、悪かったな。ほら、2点」

「っ…………

たかが2点、と思うかもしれません。その先生も、今振り返れば別段特別な事などしておらず、寧ろ当然の行動だったことは明らかです。きっと、本人にこの話をしても、全く覚えていらっしゃらないだろうなと確信できます。

けれど、私にとっては、その当たり前の行動が、青天の霹靂でした。




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【たった2点が考え方を変えた出来事】

あの時、本当に採点ミスをして頂いたことを今でも感謝しているのですが、その時に私が学んだことは、「ここでは、頑張ればちゃんと認められる。実力でちゃんと評価してくれる場所がある」と言う事です。

頑張っても頑張っても報われず、この苦しみが終わるのが何時なのか。出口なんか見えないのでしないかと思うくらい苦しみ、理不尽な言葉や態度に苦しめられ続けた日々でしたが、それがあったからこそ。当然のように評価される当たり前のことが、とても素晴らしいことで価値のあることだと学べました。

「ここなら、ちゃんとテストで評価される。同級生に馬鹿にされたり、無視されたりしていても、テストの点数は裏切らない。だったら、やらなきゃ損だ!!

元々、小学校の時にいじめを受け、高学年はほぼ孤立して過ごしていたおかげで時間だけはたっぷりあったので、友達がいない寂しさを埋め合わせるように、本ばかり読んでいました。だから、勉強することに抵抗も有りませんでしたし、何よりも自分をいじめた人間達を見返してやりたい。馬鹿にされているのを撥ね退けたいという気持ちが強かったのでしょう。

一年の終わりには学年のトップグループに入り、少なくとも「馬鹿」だと罵られる事は無くなりました。

 

それで全てが変わったわけでも、いじめが全て無くなったわけでも有りません。

けれど、多くのいじめ克服書に書かれていることと、同じことを私は行ったのだなと今振り返ると解ります。

それは、他人の助けを求めたり、いじめをしている相手にいじめを辞めるよう頼み込んだり、交渉したりするよりも、手っ取り早い解決法は「自分が変わる」と言う事です。

 

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

明日は、自分の変え方に勉強が有利な理由を書きます。






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