水の東西 解説 その3


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水の東西、解説その3。

流れる水を好む日本人。

静止している水を好む西洋人。

それを、それぞれの庭園に付き物の「鹿おどし」と「噴水」から推測している作者。人の意識と言うものは、周囲の様々なものに反映していきます。

徒然草で兼好法師が「家居のつぎつぎしく」と書いているように、人の内面や思想。考え方というものは、周囲の物体に反映していく、というもの。

その人の心を知りたければ、その人の周囲を見れば良い。その人が、何に囲まれているかを判断すれば、その人となりが理解できる、という意味を含んだ古文の文章ですが、これは個人の家や部屋に反映しているだけでなく、もっと大きなもの。国家や民族、文化に到るまで、それぞれが産み出している物体、様々な事象は、その世界に住んでいる人達の精神や思想を色濃く反映している、と言うのです。

では、「鹿おどし」と「噴水」から見る、日本と西洋の違いを見ていきましょう。(ここでのポイントは、あくまで東洋、ではなく日本としているところ。厳密に言うと、東洋の中でも日本はかなり特殊な思考、思想を持っています。)

【第6段落】

時間的な水と、空間的な水。(本文より)

短い、一行のみの文章ですが、これも対比のルールが適用されています。

前半が日本。後半が西洋です。

鹿おどしは時間的。噴水は空間的、というのです。

確かに、噴水を静止している様だと筆者が書いているように、教科書に記載されている写真の噴水は、どれもこれもまるで一つの絵の様です。

時間は目に見えないものです。けれど、絵画は目で見て楽しむもの。視界を癒すものです。

【第7段落】

そういうことをふと考えさせるほど、日本の伝統の中に噴水というものは少ない。(本文より)

しみじみ考えると、本当にそうですよね。

日本古来の庭や、現代の庭園ですら、噴水は少ない。川や池。湖、滝などの水に関わる自然物はこれほど多いし、まわりを海で囲まれている日本です。嫌というほど水はあったのに、噴水は無い。

水に親しむ時は、湖に行き、滝を見にその場所まで行き、それを楽しんだ。けれど、自分の家の傍にある庭に何かを作り出すことはせず、鹿おどしや、水琴窟を庭に作ったくらいです。(水琴窟を知らない人は、こちらを参照⇒水琴窟)

(実際の音はこんな感じです。癒される………)

古池や 蛙飛びこむ 水の音(松尾芭蕉)

と言うぐらいに、昔から日本人って庭には静かな音が鳴り響くことを好んでいた。それがなんとなく伝統で残ってきたものをみると、解ってくる。

伝統とは恐ろしいもので現代の都会でも、日本の噴水はやはり西洋のものほど美しくない。(本文より)

この評論家書かれたのは、1977年。約40年前です。なので、今の現代と比較しての言葉ではありませんし、美しい噴水もあるんだけどなぁ? と首をかしげる人も居るかもしれませんが、けれども多くは有りませんよね。

公園作るなら、噴水は絶対に必要だっ!! って思う人は少ないはず。むしろ、現在はテーマパークなどのほうが噴水は多いですよね。

そして、日本独自、というものよりも、西洋の形を真似たものが多い。だから、何となく美しくない、と筆者は述べています。

そのせいか東京でも大阪でも、町の広場はどことなく間が抜けて、表情に乏しいのである。(本文より)

表情に乏しい。無機物であるはずの噴水に、表情、という言葉で表現するのがとても素敵だなと思うのですが、これを説明しろとテストで出たら、皆頭を抱えると思います(笑)

表情に乏しい、とは、無愛想な、親しみが持てない、仏頂面な、と言う意味。

と言うことは、噴水が表情に乏しい、とは、親しみが持てない、と言うことです。

ということで、頑張って解答を考えてみてください。

-テスト予想問題 その1-

問。「表情に乏しい」とは、どういうことか説明せよ。その際、「伝統」という言葉を使用すること。




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よくありがちな問題ですよね。

行ってみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい。書けたかな?

考えただけで、書けた!! と思う人も多いのですが、実際にノートに書かずに解答を先に見ると、点数下がりますよ。(笑)それでも良い人は解答へ進んでください。引き返すなら、今だよ(笑)

解答は

「伝統的に噴水の美に馴染んでこなかった日本人が作る噴水は、どことなく親和性が乏しく、庭を彩る風景物のひとつとしてなじまず、違和感を抱いてしまうということ」

です。

読むのと書くのとでは大違い。中学校と違う点は此処です。

「教科書のどこ読んでも、そんな文章書いてないよー!!!」

という悲鳴が聞こえてきそうですが、その通り。書いてないです。そんなもの。
筆者は君らのテストの為にこの文章を書いている訳ではありません。(中学校までは、そういう文も有りました)

高校生の現代文は、自分で文章を作る。書くんです。それが出来ない人が、点数が落ちていく。文章の要所を抜き出して、それを利用して繋げて解答を作る世界から脱出してください。この能力が必要になるので、高校から現代文が皆取れなくなるのです。

解答を作るポイントは、文末から考えていくこと。

表情が乏しい⇒なじめない、と言うことは、なんかしっくりこない、あってない、と言うこと。なら、違和感を抱く、ってことですよね。

で、噴水の何に違和感を抱くのか。その原因は? と考えると、本文に理由が書いてあるし、課題の「伝統」という言葉も、ヒントになる。

なら、そこから考えて、噴水の美に伝統的に馴染みがない。⇒だから、日本人が作った噴水は、見ていてもなじまない。⇒違和感がある、と論理を繋げて、文章化する。

それだけです。

何が馴染みがないのか。それが馴染みがないのは何故なのか。

主語の判定と、因果関係を考えると、簡単です。それを一気にやるのが、国語。計算過程のない、数学の証明問題と少し似ていますね。過程が見えないから違うものと思っちゃいますが、むしろ数学得意な子の方が国語はハマれば得意ですし、文系の子も同じことが言えます。(数Ⅲとかになると、話は違うと思いますが、少なくとも数ⅠA,数ⅡBは違いますよ)

なので、解答を書く前に自分の思考をきちんとメモをとり、論点をまとめ、因果関係を整えること。これが重要です。

【第8段落】

西洋の空気は乾いていて、人々が噴き上げる水を求めたということもあるのだろう。ローマ以来の水道の技術が、噴水を発達させるりに有利であったということも考えられる。(本文より)

次の段落では、西洋の噴水が何故発達したのかを、技術的なことや湿度の問題に言及し、噴き上げる水を求めた物理的な理由を突き止めています。

現象から、論理性を見抜く為には、様々な角度から物事をみる目が必要なる。科学的な知識や素養、常識と呼ばれる教養が必要とされていきます。

ここでは、歴史的な背景。ローマ時代からの水道技術の普及や、常に湿度パーセント前後の大陸的な乾いた空気が、それを癒してくれる水を求めた、という論点。確かに、これは当たっているのでしょう。けれど、大概評論文って最初に出てくる論旨は、一般論で、その後にくるのが筆者の主張だったりします。パターンですね。

だが、人工的な滝を作った日本人が、噴水を作らなかった理由は、そういう外面的な事情ばかりでは無かったように思われる。日本人にとって水は自然に流れる姿が美しいのであり、圧縮したりねじ曲げたり、粘土のように造型する対象ではなかったのであろう。(本文より)

はい、きました。逆接の接続詞です。

これが来ると言う事は、この後が筆者の主張であるということ。

そして、対比表現も全体を通して、順番は崩れません。

日本人にとって水は自然に流れる姿が美しいとするのならば、後半は西洋人です。
圧縮したりねじ曲げたり、粘土のように造型された水を美しいと感じるのが、西洋人。だから、噴水をあれだけつくり、噴水が噴き上げている情景を絵画のように楽しんだ。水は、静止している絵の一部であることが、美しい。

噴水で噴き上げられ、流れる水の姿は、あくまで計算されつくされた静止の姿であり、その背景と一致した絵画的な目で楽しむ姿を美しいとした、と言うのです。

「鹿おどし」も、あれはあれで水の自然な流れではないよね? という批判が出てきそうですが、確かに竹筒の中を作為的に流れこむようにしていますから、作為的で自然ではない、人工物なのかもしれません。

けれど、鹿おどしは、「目で見て楽しむ」ということは、ない筈。

静止している姿を楽しむものではなく、あくまでも流れていく姿を、目で見ず、気配で感じること。耳で楽しむことを日本人は選択した。

そういう好みの差が出ている、と語っているのです。

 

-評論は優劣を競っていない-

ここでの大きなポイントは、西洋が上なのか、日本が上なのか、という感覚です。この「水」に対する考え方は、どちらが正しく、どちらが間違っているのか、という質問を受けることが多いのですが、しいて言うのならば、その質問自体が間違いです。

評論は、優劣さを競っているのではなく、分析をしているだけです。問題点を指摘している場合も有りますが、特に教科書抜粋の部分は正しさを主張している訳ではなく、あくまでもそういう傾向性が見える、と分析をしているだけです。

この場合、西洋人が何を好んだのか。そして、日本人が好んだものが何なのか、それを分析し、書いているだけなので、ぶっちゃけ何を好きで何を嫌ったかを書いてあるだけの文章です。

優劣性を書きあらわしている訳ではない。

これも、高校の評論では大きなポイントとなります。裁判官にならないように。

今日はここまで。

続きはまた明日。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

続きはこちら⇒水の東西 解説 その4


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