小説読解 中島敦「山月記」解説 その3~人の心に棲む獣の正体~

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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

山月記三回目です。今回は、テストで必ずと言っていいほど記述を問われる部分であり、また、人間心理を鋭く突いた部分の解説となります。

ここを理解できると、あれほどプライドが高く、鼻持ちならなかった李徴が、本文を最初に読んだ時に抱いた感情が変化していくことに気が付けます。それは、なぜか。

人の見えない心のうちで、どんな葛藤が繰り広げられているのか。見えない人の感情が、どのように表面に出てきていることなのか。

それを小説は、私たちに教えてくれるのです。

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【人の心に棲む獣の正体は、性情】

人は心の中に獣を飼っている

私たちは人間に巣くっている獣という表現を見ると、その人がそもそも抱えている凶暴性や暴力衝動など、自分たちとは一線を引く特殊な人物が持つものだと思いがちです。

けれど、これを中島敦は李徴の口からきっぱりと否定しています。

「人間は誰でも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性情だという。」(本文より)

性情は性質と心情。つまり、心の在り様と性格のことです。

凶暴性や暴力性はもともと持っているものではなく、この性情という猛獣を飼いふとらせた結果。それをコントロールできなくなり、俺は虎になったと李徴は語ります。

-プライドが高いことが李徴を猛獣にした-

何故、彼はプライドが高くなっていったのか。そして、誰にも理解されずとも良い。たった一人でも成し遂げてみせると、山にこもり、人との接触をあれだけ避けたのでしょうか。

それは、人との交わりが怖かったからです。

プライドが高いことと、人との交わりを拒むことは繋がらないように感じるかもしれませんが、本文を読み進めていきましょう。書いてある部分が出てきます。

漢文調で書かれている文体は確かに難読ですが、難しいのならばゆっくりと読み解けばいいのです。急ぐ必要はありません。本文から、李徴が何故虎になったのかを、読み解いていきます。

-臆病な自尊心と尊大な羞恥心-

本文の中で、李徴が何故こんな運命になってしまったのかを、自分の口から語るシーンがあります。

李徴は、人から尊大だ。偉そうだ、おごり高ぶっている、と言われることが多々あったと。確かに、ずば抜けた天才だと持て囃された自分に、プライドが無かったとは言わないけれど、その実、偉そうに振舞っていたのは実は、殆ど羞恥心に近いものからであり、プライドも臆病だからそうしていただけなのだと。

ここで面白いのが、言葉の組み合わせです。

普通ならば、

「尊大な自尊心」と「臆病な羞恥心」が、言葉の正当な組み合わせ。

けれど、本文はこのペアを取り変えています。

「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」

この二つの言葉を解説しろ。説明しろと問われる問題は、この課題を読んだ人ならば覚えがあると思います。

-プライドが高い人が恐れるものとは-

ここで、少し推理力が必要となります。

自尊心。プライトが高い人が一番恐れることは、一体何でしょうか。

彼らが何よりも恐れること。それは、他者から馬鹿にされることです。

「ああ、頭良さそうに思ってたんだけど、結構出来ない事も多いんだ」「そんなことも知らないの?」「君は、この程度なんだね」「えっ、知らないの? 本当に??」

この世の全てを知りうることは、不可能です。誰でも欠点はあるし、得意分野があるのならば、苦手分野があってしかるべきです。

けれど、プライドが高い人は、人から「知らないの?」と言われることに、耐えられません。

この時に、

「知りません!」

と言える人間は強い。けれど、つい話を合わせて知っているように振舞ったり、出来ない事を出来ると言いきってしまったり……

-臆病さが自尊心を高めていく-

どうしても自分の価値を守りたい。相手から称賛を得たい。見下されたくないという防衛本能、臆病さから、自分の無知や無能をさらけ出すことが出来ないのです。

そう。つまり、プライドが高くなっていけばいくほど、臆病になっていくなまじ、最初から上手くいってしまうと、失敗することが怖くなって挑戦をしたがらなくなってしまう現象と似ています。更に、これは李徴だけに言えることではなく、現代の交渉の場面においても、「知らない」という事実に耐えられず、つい偽りを口にしてしまう。

傍目から見ても明らかにプライドが高そうに見える人は、実はとても臆病なのです。自分の知識が偏っていたり、知識がない部分や弱い部分があるということを知っていたりするからこそ、それを知られるのが怖くて、不安で、臆病になってしまう。

自分をさらけ出すことが、出来なくなっていくのです。

相手にバカにされたくないという臆病な心が、自分を守ろうとするために、自分の無知をさらけ出すことができず、自分を守ろうとする心が、自尊心を高めていく結果となる。

-臆病さゆえに成長が止まった李徴-

何かで成長をしたければ、自分の弱みや欠点。出来ない部分と正面から見つめ合わなければなりません。点数を上げたければ、まずこのままだと自分は点数を稼ぐことは出来ない事実を認める作業から始まります。それは、自分の弱点をさらけ出し、

「ここまでしか出来ない。けれど、ここから伸びるためにはどうすればいいのか」

ということを、求め、探していくしか道はありません。

伸びるためには、出来ない自分を認めることが絶対に必要になってくるのです。

けれど、プライドが高いと、できないことを認められなくなっていく。

臆病だからです。出来ないと言えば、周りがどう思うのか。今まで自分が能力のない人間を散々見下してきたように、見下されるのではないか。無能者と烙印を押されるのではないか。それが怖くて、何もさらけ出せなくなっていく。

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-臆病な自尊心とは-

自分という存在を守りたいがゆえに、その自尊心を傷つけられることを極度に恐れ、怖がる気持ち。それが、臆病な自尊心です。

動物で言うのならば、犬も同じですね。

ものすごい声で吠えるのは、小型犬~中型犬です。彼らは怖いから、怯えているから「こっちに来るな!」と叫んでいる。何も吠えない大型犬は、傍を人が通ったとしても視線を流すだけです。吠えもせず、悠々と寝そべっているのも、大型犬に多い。

そして、この防衛本能ともいうべき自尊心は、もう一つの言葉。尊大な羞恥心へと、繋がっていきます。

-極度に強い、羞恥心-

自分が何も知らない。無能な存在であると暴露されることは、プライドが高い人間にとって、何より恥です。耐えがたい屈辱です。プライドが高いエリートほど、一度挫折を知ると這い上がることが難しいと言われていますが、その理由はこの恥ずかしいという感情が人よりも極度に強いからだと言われています。

だからこそ、その恥を極力感じなくても済むように、彼らがどんな行動をするのか。

そう。恥が露呈しないように。自分が無能だと周囲にばれないようにすればいいのです。

つまり、他人が自分の傍に来ないようにすればいい。誰もいなければ、自分が無能であることも解り様がありません。傍にいなければ、いくらでも見せたい部分だけを見せることが出来ます。

-尊大な羞恥心とは-

他者が傍にいると、もしかしたら自分の無能さがばれるかもしれない。その時に感じる恥は耐えられないものだから、他者が自分の傍に近寄ってこないように、尊大な、偉そうな態度をわざととって、人を傍に近寄らせないようにする。それが尊大な羞恥心です。

恥を感じる度合いが強すぎるから、そうならないように。恥を感じなくて済むように、人を避け、人から勝手に避けてくれるようにわざと尊大な態度をとり続ける。

臆病な自尊心と尊大な羞恥心のために、李徴は山にこもることとなります。

【まとめ】

-李徴の失敗の原因-

自分が才能が無いことを暴露されるのが、嫌だった。

そして、他人から馬鹿にされたとしても、自分の無能さをさらけだして磨く努力を怠った。

卑怯な危惧と怠惰が、自分という人間の全てだった。だから、あったかもしれない才能を枯渇させてしまった。自分よりももっと乏しい才能でありながら、一心にそれを磨き、詩家になった人間など、いくらでもいるのに。虎になり果てた今、それがやっとわかったと、李徴は語っています。

そして、自分の心のうちで飼いふとらせてしまったこの猛獣が、外見をも変えてしまったのだろうと。

昨日のエントリーでお話ししたように、他者から理解されたいとは思っていなかった李徴です。

なぜ、彼は他者の理解を拒んだのか。

理解されたしまったら、他人に自分の無能さも解ってしまいます。出来ない部分も知られてしまいます。

だから、彼は人から理解などされたくないと頑なに拒んだ。それは、とても強烈な怯えと、強すぎる羞恥心が齎したものであり、尊大な偉そうな態度は、自分を必死に守るための鎧でした。

科挙に合格できる人間が努力を厭うたとは到底思えません。努力をすることを、李徴はきっと知っていたのでしょう。むしろ、その陰で膨大な努力をし続けているはずです。けれども、それだけの積み重ねをしても。いえ、積み重ねをしているからこそ、他者からの

 

「しらないの?」

 

 

の一言が、とても怖かった。

そして、科挙試験や詩の作成で、真実死ぬほどの努力をしていたからこそ、自分よりも能力が劣る者たちに

「ああ、解るよ。その気持ち」

と言われることが、何よりも嫌だった。

-李徴の弱さ-

他者を避け、他人と話すことを嫌がり、孤独に突き進んでいった。けれど、その心の中は、不安と怯えで常に震え、安心できる場所などどこにもなく、ずっと威張り続けなければ立っていらけなかった、そんな弱さが見えてきます。

明日は、「山月記」のまとめです。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

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