「更科日記」解説その2
今回は、「継母との別れ」を解説します。
とても有名な部分であると共に、一見
「継母の対応がちょっとひどいよなぁ」
と思いがちになるところを、少しだけ見方を変えてみると
「これ、ちょっと粘着質で怖いかも……」
と、真逆の読み方ができる部分でもあります。
和歌の読解の練習も含まれているので、ちょっとヤンデレっぽい女の子の主張を読んでみましょう。
本文 黒太字 オレンジ色は文法解説部分。
〈訳〉現代語訳
〈文法〉品詞分解・説明
〈解説〉解説と言う名のツッコミ。背景、状況説明など
【第1段落】
-1文目①-
継母なりし人は、宮仕へせしが下りしなれば、思ひしにあらぬことどもなどありて、世の中恨めしげにて、ほかに渡るとて、五つばかりなる児どもなどして、
<訳>
<文法>
なり/ 断定の助動詞「なり」の連用形
し/ 過去の助動詞「き」の連体形
人/ 名詞・体言
し/ 過去の助動詞「き」の連体形
し/ 過去の助動詞「き」の連体形
に/ 断定の助動詞「なり」の連用形
あら/ ラ行変格活用「あり」の未然形
ぬ/ 打消しの助動詞「ず」の連体形
<解説>
憧れの京の都に来た主人公。
けれど、大好きな継母が、父親と離婚することに。
平安時代は基本的に女性の家に旦那様が通ってきて住み着くのが定番ですが、この作者の家は地方官で田舎に行き、帰ってきたばかりだったので、事情が違います。
宮廷につかえていた人、ということは、名のある貴族の家系なのでしょう。だから、京に変えれば戻る家があるので、継母は離婚を切っ掛けに実家に戻り、また違う男性との結婚をするか、朝廷にもう一度仕事をするかの生活に戻ることになります。
小さい子供たちは母に連れられて家を移ることになりますが、作者はついていくことはできません。
確かに、実の母ではなく、さらに父も存命ならばついていく必要性がありませんよね。
けれど、作者はそれがとても悲しかった。
「東路の道の果て」で、作者に物語の面白さを伝えてくれた人でもあったので、別れるのが寂しくて仕方がなかったんです。
-1文目②-
「あはれなりつる心のほどなむ忘れむ世あるまじき。」など言ひて、梅の木の、端近くて、いと大きなるを、「これが花の咲かむ折は来むよ。」と言い置きて渡りぬるを、
<訳>
<文法>
つる/ 完了の助動詞「つ」の連体形
心/ 名詞・体言
の/ 格助詞
ほど
なむ/ 係助詞
忘れ/ ラ行下二段動詞「忘る」の未然形
む/ 婉曲の助動詞「む」の連体形
世/ 名詞・体言
ある/ ラ行変格活用「あり」の連体形
まじき/ 打消推量「まじ」の連体形
が/ 格助詞
花/ 名詞・体言
の/ 格助詞
咲か/ カ行四段動詞「咲く」の未然形
む/ 仮定の助動詞「む」の連体形
折/ 名詞・体言
は/ 係助詞
来/ カ行変格活用「来」の未然形
む/ 意志の助動詞「む」の終止形
よ/ 呼びかけの間投助詞
<解説>
ということで、別れるときに継母は作者にこう言います。
「私と仲良くしてくれてありがとう。貴女の優しい気持ちは絶対に忘れないから」と。
そして、「この梅の花が咲いたころには、また会いに来ますからね」と言い残して、引っ越していきました。
けれど、これって有り得るのかなとちょっと考えてみてください。
別れた旦那様の家です。そして、身分が高い貴族の女性は、結婚を繰り返すことになります。なぜならば、後継者を残さなければなりませんし、有力な家柄であればあるほど、政治の後ろ盾としても女性と結婚したがる男性は多いからです。
人口比率的に、女性が圧倒的に少なかった時代。
身分の高い女性は、引く手あまたです。
そして、再婚をした後に、元の旦那の家に訪れることがあるのかどうか……ちょっと、ここで考えてみてください。
ここからは多分想像ですが、京に上がりたくて薬師仏を自分で作り上げてしまう女の子です。熱中してしまうと、行動に歯止めがかからない傾向がみてとれるので、もしかしなくともこれは、
「ね。もう行かなくちゃいけないから……」
「やーだーっっ」
という会話があったかどうかは分かりませんが、
「梅の花が咲いたら、また来るから。ね!!」
と約束しなきゃ離してもらえない、ぐらいな状態にはなったのではないかと……
-1文目③-
心の内に恋しくあはれなりと思ひつつ、忍び音をのみ泣きて、その年もかへりぬ。
<訳>
<文法>
つつ/ 反復の接続助詞
ぬ/ 完了の助動詞「ぬ」の終止形
<解説>
そして、新年まで泣き続けていた……
年齢的には、大体小学校6年生ぐらいの女の子だと考えてください。
幼稚園児や保育園児なら、まだわかるのですが……
【第2段落】
-1文目-
いつしか梅咲かなむ、来むとありしを、さやあると、目をかけて待ちわたるに、花も皆咲きぬれど、音もせず。
<訳>
<文法>
梅/ 名詞・体言
咲か/ カ行四段動詞「咲く」の未然形
なむ/ 終助詞 他への願望(~してほしい)
む/ 意志の助動詞「む」の連体形
と/ 格助詞
あり/ ラ行変格活用「あり」の連用形
し/ 過去の助動詞「き」の連体形
ぬれ/ 完了の助動詞「ぬ」の已然形
ど/ 接続助詞
<解説>
「いつしか梅咲かなむ」は、誤訳が多い部分です。「いつ梅が咲くのだろうか」と、疑問で訳してしまいがちなのですが、正しい訳は「早く梅が咲いてほしい」です。
春の訪れを告げる梅の花を、毎日毎日見続けていたことは、簡単に想像できます。
そして、花が咲いたのに、連絡はない。
訪れも、手紙すらない。その事実に、子供の心は傷つきます。ひどいなぁ、と思うのは解りますし、何の連絡もない継母も結構ひどいな。約束したのに、と感じてしまう部分ですが、彼女(継母)の事情は、まったく書かれておりません。
もしかしたら、とっても大変な状況だったのかもしれないし、父親から来るなと言われていたのかもしれない。けれど、作者にはそんなことは解りませんよね。
-2文目-
思ひわびて、花を折りて遣る。
<訳>
<解説>
そして、作者は梅の枝を証拠として折って、和歌を贈ります。
まったく描写はありませんが、これが初めての和歌だったのかな? と思ってしまいますよね。
-和歌①-
頼めしを なほや待つべき 霜枯れし 梅をも春は 忘れざりけり
<訳>
<文法>
し/ 過去の助動詞「き」の連体形
を/ 格助詞
使役の意味が入る。「~と約束する、した」と訳すと訳しやすい。
や/ 係助詞
待つ/ タ行四段動詞「待つ」の終止形
べき/ 当然の助動詞「べし」の連体形(係助詞の結び)
ざり/ 打消しの助動詞「ず」の連用形
けり/ 詠嘆の助動詞「けり」の終止形
<解説>
はい、和歌です。
和歌の訳のポイントは、まずその内容から考えること。
この前の状況から、一番作者が継母に言いたいことは何でしょう。
そう。「約束守って、早く会いに来てほしい!!」ですよね。
「約束したのに、約束したのに、約束、した、のにっっっっ!!!! 約束、忘れちゃったの????」
という、感情。
これをもとに、和歌を読みます。
「貴女は約束を忘れてしまったのですか?」 という結末になるのだったら、冒頭は、「あの時に約束したのに」=(頼めしを)になります。
そこを考えて、キーポイントだけを繋げます。
が、和歌の訳の原型です。
ここまで来たらもう大丈夫。あとは、蛇足をつければいいだけです。
梅の花は単なる春の訪れを告げる、約束の時期として出してきているだけなので、意味はさほどありません。逆に言うのならば、この原型が解りさえすれば、テストは大丈夫です。ここが抜け落ちていると、そのほかがどんなに当たっていても、点数が上げられないのできちんとチェックしてください。
そして……ここからが大事なんですが、
約束を破ったのは確かに継母が悪いのですが、それを「約束したよね???」と問い詰められると、どう感じるでしょうか。
継母の気分になって、ちょっと考えてみてください。
「ああ、ごめん!!すぐに会いに行くから!!」
となるでしょうか。
それとも、
「うわー、会いたくないなぁ……」
となるでしょうか。
そして、この継母の立場があなただったら、あなたはどう返信をしますか?
出来れば、あきらめてほしい気持ちで。「行けなくなっちゃったから、ごめんねー」などと言おうものなら、
「来てくれるまで、ずっとずっと、ずぅぅぅぅうううぅっっと、待ってるから!!!」
ぐらいは、言いそうな子に対して、です(苦笑)
-3文目-
と言ひやりたれば、あはれなることども書きて、
<訳>
<文法>
たれ/ 完了の助動詞「たり」の已然形
ば/ 接続助詞(確定)
<解説>
そして、待ちに待った継母からの手紙がきました。
そう、手紙です。本人が来たわけではありません。(笑)
「元気ですか? 京の生活は大丈夫?」という、心配するようなことをたくさん書いた後に、強烈なカウンターパンチの和歌がやってきます(笑)
これ、すごい返事だなぁ、と思うんですよ、実際。
継母の方が、一枚も二枚も上手で、聡明さが垣間見えます。
-和歌②-
なほ頼め 梅の立ち枝は契り置かぬ 思ひのほかの 人も訪ふなり
<訳>
<文法>
頼め/ マ行四段動詞「頼む」の命令形
ぬ/ 打消の助動詞「ず」の連体形
なり/ 伝聞の助動詞「なり」の終止形
<解説>
「ずっと、来てくれるまで待ってるから!!」
という子に対しての、カウンターパンチのような返事は、
「うん、わかった。じゃあ、そのまま気のすむまで待ち続けてて。私、気が向いたら行くから。行かないかもしれないけど」
です(笑)
行けそうにないから、待ってなくていいよと言われても、人は「なら、来てくれるまで待ってるから!!」と意固地になってしまうもの。
それまで待ち続けていた自分の感情が収まらないから、固執してしまうんですね。
けれど、その執着を断ち切る一言があります。
「あ、待っていたいなら、好きなだけ待ってていいよ。むしろ、し続けて。気が向いたら、行くかもしれないし」
こう言われて、待っている人はいるでしょうか?
解説書の中には、心温まる和歌の交流、と解釈している本もあるのですが、どうにもそう受け取ることが私にはできません(笑)
更には、この後の更級日記にはあれだけ慕っていた継母の記述はなく、さらに出番もありません。
【まとめ】
有名な更級日記の段。
テスト的に言うのならば、「頼め」の下二段と四段の意味の違いを問われる部分ではありますが、それよりも面白いのは、この二人のやり取りです。
作者の一方的な「こんな酷いことがあって……」という感覚で書かれていますが、逆の立場。継母の立場から考えると、しつこい人を振り切る対応の仕方、というものが学べます。
人の心って、1000年ぐらいでは全く変わっていないことが、わかりますよね。
さて、こうして身近な人々との別れを体験した作者は、人ではなく、今度は違うものに執着し始めます。
そう。物語です。
今日はここまで。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
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