いじめをした人間の憐れな末路


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。八月最終日。明日は九月。新学期です。

いじめの問題を暫くブログで取り扱っていますが、学校での問題だけでなく、大人の社会でもいじめは頻繁に起きています。

けれど、なんて酷い世界なのだと嘆く前に、冷静にいじめ問題を見つめてみると、ある一定の共通点が見えてくることも真実です。

今日は、いじめられた子達がその後、どうなっているのか。意外にも成功者の過去を調べてみると、圧倒的にいじめ被害者が多い訳を、お話したいと思います。

人間の体は形状記憶。人を蔑んでいる人間の顔は、自然と醜く歪んでいきます

【意外な真実 成功者の過去はいじめられっ子】

少し思い出してみてください。

あなたが好きなアーティストや芸能人、スポーツ選手などの所謂有名人の人達で、過去にいじめられていたと告白した人は、何人いますか?

壮絶な過去を背負っていたり、本人の責任ではない苦しみを体験した過去があったり、貧乏だったり、誰も助けてくれなかったり……そんな話。聞いたことは有りませんか?

こうやって質問されると、「そう、言われてみれば……」と思い当たる人が何人か出てくる筈です。人によっては、「嘘だろう?」と思う様な雰囲気の人も居るでしょう。どう考えても、いじめられた経験を持っている様には思えない人達も居る筈です。

解りやすい芸能人だけでなく、経済界や政治の世界にもいじめ被害者は多く居ます。大人になった彼らは、実績に裏打ちされた自信を持ち、優しく、とても穏やかな人達が多いです。そして、自分がかつていじめを受けていたことを隠さず、公表している人が多いのも、特徴です。

いじめられていた人達が、何故大きな成功を収めることが出来たのでしょうか。

彼らに本当に魅力が無く、多くのいじめっ子達が言う様に、「いじめられる方に責任があるっ!!」という言葉が真実ならば、この現状は一体どういう事なのでしょうか。いじめられる……つまり、人から無視をされ、暴言を吐かれ、殴られ、蹴られ、人間としての尊厳を踏みにじられても構わない存在だと言うのならば、一体何故彼らは億万長者になれたのでしょう?

不思議だと、思いませんか?

 

【いじめられっ子が成功者になる訳】

現代だけでなく歴史上の人物においても、幼少期や思春期にいじめを受けた人間はとても多いです。寧ろ、そうでない人を探す方が、難しいかもしれません。歴史に名を残す人は、大概幼少期にいじめにあっています。

理不尽な理由で殴られ、蹴られ……なかには死ぬような思いをした人間も大変多く、現代よりも身分社会であった過去の方が、理不尽な暴力は数多く有ったことでしょう。

なのに、暴力をふるった方。つまり、いじめっ子の多くは成功したとしてもそこそこです。彼らは中途半端な成功しか成し遂げられません。大きな飛躍をして、彼らを軽く飛び越えることが出来るのは、いじめられた側です。

彼らは、どう考えてもこれは理不尽だ。自分は、理由も無く殴られる理由も、誰かを傷付けた覚えも無い。これは不当な、道理に外れた行為だと、立ち上がり、戦ったからこそ、大きな成長を遂げることが出来たのです。

 

【困難な状況が成長の糧に成る】

彼らを突き動かしていたものは何でしょうか。恐らく、理不尽な暴力に対する「怒り」でしょう。自分はこんな風に扱われる理由は無い。冷静になって自分を見つめ直し、いじめっ子達が言う暴力の原因が自分にあるのかどうかを考え、そしてそれが不当だと思ったのならば、何も恥じる必要性は無いし、顔を下に向ける必要もなく、寧ろ間違っているのは人を殴って笑っている相手側だと、先ず認識します。

そして、自分を守るために彼らは行動に移した。ただ、それだけなのです。

人は、困って始めて自分の能力を開花させる、と言います。

逆に言うのならば、人間は心底困らなければ人はそこを脱出しようとは思わない存在なのです。

彼らはとても困難な状況にいた。そして、それを不当だと思った。どう考えても、自分はそこに居るべきではないと。だから、自分を守るために、その理不尽な状況から抜け出そうと、様々な行動を起こしただけの事なのです。

ここでのポイントは、「動いた」「行動した」ということ。そして、自分に欠点は確かにあるが、どう考えても理不尽な暴力を受ける様な存在ではないと、自分を大切にした、という事だけです。

たった、それだけなのです。

 

【いじめっ子の末路】

人を蔑み、見下し、不当な暴力を撒き散らして悦に入り、自分が人よりも上になったと勘違いしている存在が、その後どうなるのか。

彼らは、自分が不機嫌になっている物を人に当たり散らすことで解消しようとし、自分で自分の問題に正面から向き合えなかった臆病者です。自分がいじめ加害者で有ったことを表明して、活動をしている成功者は居ません。誰もが正当なことではないと、解っているのです。口に出して、声高に「自分はいじめっ子だった」と公言する人は居ません。

何故でしょう? 苛めをしている時に、彼らが主張するように「お前はそうされて当然の人間なんだ」「俺達が直してやっているんだから、有難く思え」「ボランティアだ」と、本気で思うならば、どうしてそれを公に口にしないのでしょう? 彼らの発言を正しいと仮にするのならば。自分達の言い分に一理あるというのならば、大人になって公言しても良いはずです。




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でも、いじめっ子は、人をいじめた事実を隠します。

逆にいじめられっ子だった人達は、それを克服したことを隠しません。寧ろ、同じ様な苦しみを抱えている人達を助けたいと、率先して公表している人達が多く、負けるなとエールを送っています。

なら、いじめっ子達は? 彼らが言う様に、彼らのしていることか本当に正しいのならば、社会に受け入れられても良い筈です。けれど、社会で受け入れられているのは、彼らが否定し続けた、苛めを受けた側の主張です。

断言します。

いじめを行う人間は、自分で自分の気持ちのコントロールが出来ず、またそれと向き合う勇気も無く、人に当たり散らしてストレスを発散している、歪んだ人間です。

そして、これは女性のいじめに多いのですが、得てして頭の良い人間がやるいじめは、ぱっと見は成功している様に見えるし、ばれずにいじめっ子の方が有利になったと思える時も多く有るでしょう。けれど、根本的ないじめっ子の問題は、何一つ解決していません。問題に向き合っていないのだから、当たり前ですね。

澱んだ問題を抱え続け、それを身近な、自分よりも弱い存在や抵抗出来ないとみなした相手に対し、当たり散らす様にして発散するその行動を続けていく。傍目から見ると、ばれて無いと思っているかもしれませんが、ばれないからこそ問題だと言う事を自覚出来ないまま、時間だけが無為に過ぎていきます。

バレなければ、ずっとこの状況が続きます。いじめられっ子は、そこから抜け出したいと思うから、必死です。必死で改善をし、自分の欠点を直し、戦える力を蓄えようと懸命に努力を続けます。けれど、いじめっ子は、上手くいったことやばれないことに快感を覚え、ターゲットを常に探し、いじめをやり続けます。自分の問題には一切目もくれず、直そうともせず、「相手にはいじめられる原因がある。自分はそれを直してあげているのだ」と、醜い責任転嫁まで持ち出して、自己の問題から逃げ続けます。

その姿が、魅力的でしょうか?

自分の気持ちのコントロールすら出来ない人間が、大成するでしょうか?

いじめっ子達には、上手くいっていることが長い目で見れば大きな問題になるのです。上手くいっているからこそ、誰も問題点を指摘しません。自分ですら気付きません。人は、習慣の動物です。慣れた行動を繰り返すのですから、人に当たり散らしてストレスを発散することが快感として思春期に身についてしまうと、大人になっても同じ行動で快楽を得ようとします。

逃げられない、閉鎖的な空間の学校ならば、それも通用するでしょう。けれど、誰もが自由に動ける大人の社会で、そんな人が魅力的にうつるのでしょうか。

彼らは、人生でその快楽のツケを払うことになります。

何故ならば、今の日本のいじめ対策は、「どういじめを無くすか」だけに集中しており、ケアの対象は、いじめを受けた被害者に集中しています。

そう。苛めを受けているあなたには、求めれば助けの手が、沢山あるのです。

けれど、いじめられっ子は? 歪んだ行為で快楽を得ている子達に対する指導は、皆無と言っていいほどです。精々あって、「いじめをするな」という注意ぐらいでしょう。本当にならば、ケアが必要なのはいじめをしている側にあるのに、彼らは表面的には何の問題も抱えていない様に見えるからこそ、改善の一歩を踏み出す必要が無いと思い込んでしまうのです。

人生、万事塞翁が馬。ぱっと見の幸、不幸が、どんな成功や失敗に繋がっているかは、解りません。

今、苦しい。辛い状態が続いていたとしても、それが未来永劫続くわけは無い。そして、今苦しんでいるのならば、成功への見えない切符を渡されたのだと、思ってみてください。それを現実に見えるようにするかどうかは、あなた次第です。

 

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

まだまだ続くよ。いじめ対策。

続きはこちら⇒

いじめをする人間の心理を知ろう

いじめの構造~尊敬と嫉妬の二律背反~

いじめ問題自殺対策~逃げることは恥じゃない~

閉鎖空間に押しつぶされる恐怖〜いじめは逃げるが勝ちの訳〜

何故いじめは陰湿化するのか~自己正当化の闇~

いじめを乗り越えることで手に入るもの その1

いじめを乗り越えることで手に入るもの その2

いじめを乗り越えることで手に入るもの その3

いじめを乗り越えた先にあるもの いじめ克服までの道 その4

いじめを乗り越えた先にあるもの いじめ克服までの道 その5

いじめ克服までの道 その6 ~間違った復讐方法~

いじめ克服までの道 その7 ~正しい復讐方法~


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“いじめをした人間の憐れな末路” への2件の返信

    1. じぇんさん
      コメントありがとうございます。
      こちらこそ、あなたの言葉に勇気が出ました。
      ありがとう。

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