漢文解説。今回は、故事成語から「漁夫之利」です。
これも、動物の話なのですが、実は単なるたとえ話ではなく、戦争をしようとしている王様を説得し、やめさせるために用いた話です。
故事成語って、大概中国の内乱時に生まれた言葉なので、世界史の中国を勉強する時にとても訳に立ちます。合わせて、つなげておくと両方の試験に有利ですね。
【第1文目】
-白文-
今者臣来、過易水。
-書き下し文-
今者(いま)臣来りて、易水を過ぐ。
-日本語訳-
つい先ほど、私がこちらへ参上するために、易水を通り過ぎました。
-解説-
このお話は、7カ国の強国が中国の統一を狙って戦い合っていた春秋戦国時代です。で、このお話をしているのは、蘇代(そだい)という遊説家(ゆうぜいか)。
遊説の意味は、主義主張を周囲に説明して回ること。
「遊」は「遊んでいる」の意味ではなく、「まわる」「歩き回る」の意味。
その遊説をして回る人々。身分が低くとも知識を身につけ、その知識と知略で登用される人々のことで、この蘇代は燕の国の王様に仕えていました。
今、蘇代が使える燕の国に、趙の国が攻め込もうとしています。
蘇代は趙まで行き、趙の王様に謁見した時のたとえ話が、今から始まるわけです。
「趙に来るまでの道で、易水という川を通ったんですが、こんなことを見かけたんですよ」
と始まるわけです。
【第2文目】
-白文-
蚌方出曝。
-書き下し文-
蚌(ばう)方(まさ)に出(い)でて曝(さら)す。
-日本語訳-
蚌(どぶがい)が、水の中から出て、日光浴をしていました。
-解説-
貝が日光浴なんかするのかな? っていう冷静な突っ込みは無しで。
曝=ひなたぼっこをする、という意味。
陽の光の下で、暴く。全部が明るく照らされる、ということ。
どうもこういう話をされると、アニメチックに頭の中でどぶがいさんに顔が付いてしまうんですよね。でも、想像力、結構大事です。
読解力なんて、要するにどれだけ自分の想像力を駆使して、場面を描けるかにかかっているので。
【第3文目】
-白文-
而鷸啄其肉。
-書き下し文-
而(しこう)して鷸(いつ)其の肉を啄む。
-日本語訳-
すると鷸(しぎ)が、その蚌の肉をその嘴(くちばし)でついばみました。
-解説-
鳥のしぎさんが、とことこやってきて、「あ、貝が油断している。食べられそう。」と思って、近付いてきて、ぱくっ、と嘴で肉を捕えたと。
貝って、殻を全開にしてひなたぼっこしているのかな? と疑問に思う所では有りますが、まぁ、喩え話たとえ話と目をつむって、先へ進みましょう。
【第4文目】
-白文-
蚌合而箝其喙。
-書き下し文-
蚌合(ごう)して其の喙を箝む。
-日本語訳-
蚌は慌てて上下の殻を合わせて、鷸の嘴を挟みこみました。
-解説-
やばい!! このままだと食べられてしまう!! というので、開いていた殻の上下を合わせて、肉を食べようとしていた鷸の嘴を挟みこんだわけです。
鷸が食べるのを諦めて去ってくれるのならばよし。
蚌も、力を緩めたら自分が食べられてしまうので、必死です。
【第5文目】
-白文-
鷸曰、「今日不雨、明日不雨、即有死蚌。」
-書き下し文-
鷸曰はく、「今日雨ふらず、明日雨ふらずんば、即ち死蚌(しばう)有らん。」と。
-日本語訳-
鷸が言うには、「今日は雨が降らない。明日も雨が降らなかったら、すぐここに死んだ蚌が出来あがるぞ」と。
-解説-
で、鷸と蚌の話し合いが始まるんですが……うーんと、嘴を挟み込まれているわけだから、口動かないよね。鷸さんどこで喋っているのかな?って突っ込みはしちゃいけないとだと解っていても、どうしてもつっこまざるをえない。
蘇代さん、王様に突っ込んで欲しかったのかな?
まぁ、そこら辺は置いておくとして。
雨が降らなかったら、干上がって死んじゃうよ。だから、観念しなよ、と鷸が言うわけです。
これ、とっても主張が変ですよね。
確かに干上がって死んじゃうかもしれないけど、諦めたら鷸に食べられちゃうわけだから、死ぬのは同じ。なのに、このままだと干からびて死んでしまうよって、脅し文句にもなっていない気が……(笑)
【第6文目】
-白文-
蚌亦謂鷸曰、「今日不出、明日不出、即有死鷸。」
-書き下し文-
蚌も亦た鷸に謂ひて曰はく、「今日出でず、明日出でずんば、即ち死鷸(しいつ)有らん。」と。
-日本語訳-
蚌もまた、すぐ鷸に言い返したことは、「今日も私がこの嘴を放さず、明日も放さなかったとしたならば、死んだ鷸が出来あがることになるぞ。」と。
-解説-
蚌さんもすぐさま言い返します。
「ふざけんな。今日も明日も、こうやって放さなかったら、餌が食べられなくて死んでしまうのはお前の方じゃないか!!」と。
君たち、一体どうやって喋ってるの? と、本当に突っ込みたくなるし、二日くらいじゃ鷸は死なないんじゃないのかな? と若干思うんですけど、取りあえず言い返して、にらみ合いが始まった。
つまり、膠着状態の消耗戦が始まったわけです。
どちらかの体力がつきたら、それで終わり。
【第7文目】
-白文-
両者不肯相舎。
-書き下し文-
両者相(あい)舎(す)つるを肯(がえん)ぜず。
-日本語訳-
両者は共に放そうとはしません。
-解説-
お互い、諦めません。
蚌は命が掛かっているし、鷸も諦めればいいんだけれども、蚌に負けるのが嫌で退くに引けない、といったところでしょうか。
【第8文目】
-白文-
漁者得而幷禽之。
-書き下し文-
漁者得て之を幷(あわ)せ禽(とら)ふ。
-日本語訳-
そこへ漁師がやってきて、鷸も蚌も共に掴まってしまいました。
-解説-
鷸も蚌も、お互い相手のことしか見えていなくて、もっと大きく、恐ろしい存在。そう。漁師の存在を忘れていたんですね。
なので、そこで二人とも掴まってしまった。
相手と喧嘩することに夢中になってしまうと、視野が狭くなり、他のことが考えられなくなってしまう。そして、その状態は本当に無防備で、結局不利益なことを招いてしまう、というオチ。
さて、これを王様を説得するのに、蘇代はどう使ったのか。
【このお話のオチ】
-説得のたとえ話-
人は、自分がしたいことを反対されたり、禁止されたりしても、聞く耳を持ちません。むしろ、注意されればされるほど、やりたくなるのが人というものです。
子どもの説得を考えれば、話は簡単です。
「嘘は良くない事だから、吐かないようにしよう。」
という言葉を、そのまま守る子がどれだけいるでしょうか?
それよりも、グリム童話の「狼少年」の話をした方が、よほど印象に残るし、謂わんとしている事が伝わりやすい。
蘇代は、これを利用した訳です。
鷸と蚌の戦いを、趙と焉に喩えました。
そして、漁師=強国の秦としました。
私たち二カ国が戦っている間に、どうして強国の秦が黙って見ていましょうか。
結果的に、趙と燕が戦えば、両国とも疲れ果ててしまい、一番得をするのは、何も行動を起こさなかった秦になる可能性がある。それを良く考えてください、と続けたわけです。
このたとえ話で、見事蘇代は趙国が燕に攻め入ろうとしていた動きを止めました。
有能ですよね。
-漢文はたとえ話だらけ-
漢文は、ほとんどが王様とのやり取りや、戦乱のやり取りが多く、このようなたとえ話が入ってくることが殆どです。
この場合、蚌と鷸のたとえ話は表面上で有って、下にあるのは、「目の前のことではなく、もっと大きい物事を考えませんか?」と提案しているわけですね。
秦という大国があるのに、争っている場合じゃないだろ?
油断したら、滅ぼされるよ? それでもいいの? と暗に言っているわけです。
-人はたとえ話に弱い?-
戦争するな。攻め入るな、挙兵をするな! と言われるとききたくなりませんが、エピソードを交えて話をされると、素直に聞き入れられる。
自分のこととしてではなく、客観的に物事を見れるから、喩え話で状況を理解させ、その後に自身の行おうとしている事を自覚させようとする話し方は、説得においてとても有効です。
なので、喩え話が今後出てきた時、その話を通じて何を言おうとしているかを、気にしてみてください。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
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