漢文解説 矛盾


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漢文 故事成語解説。

今回は、矛盾です。中学校の教科書にも載っている文章。内容も簡単ですが、元ネタの背景も含めて、内容を把握しましょう。実はこれ、孔子を批判する文章でもあるのです。

この文章を書いたのは韓非子です。生きた時代は、孔子が春秋時代。韓非子はその次の、戦国時代に生きた思想家です。

皆が正しいと思っている事でも、改めて考えるとつじつまが合わないことって結構あります

【本文1文目】

-白文-

楚人有鬻盾矛者。

 

-書き下し文-

楚人に盾と矛を鬻ぐ者有り。

 

-日本語訳-

楚の国の人で、盾と矛を一緒に売っている者がいた。

 

-解説-

楚の国の人がお話の主人公。韓非子は戦国の七雄のひとつ。韓の国の人です。しかも、王の一族のひとりです。お父さんが王様。

地図をみれば、韓は、西は強国秦と国境を接していて、更に南には楚。更に魏には国を囲まれるような形で接しているし、その魏の東には宋も存在します。

周囲がとにかく敵だらけの国で育ってきている韓非子。例示に挙げる国も、韓の国の人ではなく、なぜか楚の国の人。

しかも、イメージ的に悪い人なので、韓非子が楚人をどう思っていたのかが、ちょっと伺えるシーンです。

文法的に大事なのは、「与」=「と」と助詞で読ます部分です。与える、と動詞で読まない事。

 

 

【本文2文目】

-白文-

誉之曰、「吾盾之堅、能陥也。」

-書き下し文-

之を誉めて曰く、「吾が盾の堅きこと、能く陥す莫きなり。」

-日本語訳-

自分が売っている盾を誉めて言うことには、「私の売っている盾の堅さは、突き通すことなど出来ないほどに、堅い。」

-解説-

自分の売っているものを誉めちぎって、お客さんに買ってもらおうとする。時代は戦国時代です。武器は良く売れたのでしょうね。特に、楚の国のものは、良く売られていたのでしょう。

文法で大事なのは、「莫」の一字。~するもの莫し、と読ませて、否定となります。漢字自体が現代語ではあまり見ないものなので、要注意です。

【本文3文目】

-白文-

又誉其矛曰、「吾矛之利、於物無不陥也。」

-書き下し文-

又其の矛を誉めて曰く、「吾が矛の利きこと、物に於いて陥さざる無きなりと。」

-日本語訳-

又、その売っている矛を誉めてこう言った。「私の矛が鋭いことは、どんなものでも突き通す事が出来ます。(突き通せないものは存在しない)」

-解説-

盾を誉めた後で、今度は矛。

誉めるのは良いんですが、恐らくお客さんのウケが良かったんでしょうね。調子に乗って、盛って話してしまいます。

文法で大事なのは、「無し」と、「不」という否定語の二つが並んでいる形です。これは、~ざる無し、と読み、二重否定=強い肯定になります。

~しないものは無い=必ず~する、必ず~出来る、という訳になることを、チェック。

【本文4文目】

-白文-

或曰、「以子之矛、陥子之盾、何如。」




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-書き下し文-

或るひと曰く、「子の矛を以て、子の盾を陥さば、何如と。」

-日本語訳-

或る人がこう言った。「あなたの矛を使って、あなたの盾を突き通したら、どうなるのか。」と。

-解説-

そこに、ある人が質問をしました。

矛=何でも突き通せる。
盾=突き通すことなど出来ないくらい、堅い。

2つぶつけてみたら、どうなるの? という質問です。

つまり、最強の盾と最強の矛。最高に有能な存在は、二つ同時に存在することは有り得ない、ということを示唆しています。

【本文5文目】

-白文-

其人弗能応也。

-書き下し文-

其の人応ふる能は弗るなり。

-日本語訳-

その人は、質問に対して応えることができなかった。

-解説-

話のオチです。

調子よく話していた商人は、質問に答えることができなかった。と言うことは、質問が的確で、反論することも、解答をすることもできなかった、ということです。

と、いうことは、最強の矛と最強の盾は同時に存在しない。

ということを、明らかにしています。

文法は、弗能~=あたはざる、と読ませ、意味は不可能。「~することが出来ない」という意味になります。

【韓非子が批判した儒家の思想】

この、最強のものは2つ同時に存在することは無い、という論理は、何を批判するためだったのか。

それは、韓非子が生きた戦国時代にとてつもなく人気だった、儒家の思想を批判するためです。

基本的に、儒家は、それを作り上げた孔子の教えを忠実に守っている団体です。

その孔子の思想の中に、古代の伝説上の聖人君子である、堯(ぎょう)・舜(しゅん)の政治を褒め称えている、というのがあります。

堯は天子。つまり、王様。その下で働く臣下が、舜です。

この瞬が、国が荒れた時に善行を積んだことによって、国の荒れた時代を乗り切り、人に対して徳のある行動をすることが、国を治める唯一の道である、と説くのが儒家の思想です。

仁=他者への思いやり、を何よりも大事なこととし、理想的な君主である聖人君子が国を治めるべきであることを説きました。

けれど、韓非子は、この考え方がどうしても納得いかなかった。

確かに、舜の行動は良いだろう。けれど、臣下が頑張っている時に、天子である堯は何をしていたのか。

そもそも、天子である堯が、孔子が言うように理想的な君主であるのならば、優秀な臣下の努力などいらないのではないか。

つまり、堯が天子として政治能力がなかったから。無能だから、臣下の瞬が頑張らなければならなかったのではないか。

理想的な聖人君子が、2人居るなどと言うことは、有り得ないのではないか。

そもそも、完璧な人間など存在しないのだから、それを崇める考えは、辻褄が合わない、と批判しているのです。

そこまで言わんでも……と思うのですが、韓非子には、辻褄の合わない、矛盾を含んだ話を、さも大事なことのように語る儒家の人間達が、我慢ならなかったのでしょうね。

 

ここまで読んていただいてありがとうございました。

 

 


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