文学の仕事 解説その1 文学がなぜ必要なのか

文学の仕事

今回から、現代文Bに載っている加藤周一さんの「文学の仕事」を解説していきます。

昨今、文系よりも理系の方が良い。

意味がない学問なのではないか、という議論が湧き上がっている文学ですが、この評論文はそれに真っ向反対する内容となっています。というよりも、文章が読めない→本が読めない→理系的な知識を伝えるために書かれた本が読めない→本はあるのに、理系的な能力を学び取れない→さらには、発達した技術を書き表せる能力を持っている「人間」が居ないために、知識の伝達が上手くいかない。

というループが起きてしまうことが容易に想像できるので、理系にも文系にも隔たりなく。いいえ、人間全てに文学は必要である、と言い切っている今回の評論文は、非常に読む価値が高い内容となっています。

テスト問題で理解が必要だから、というだけでなく、ぜひ胸に刻んでほしい内容だと、心から思います。

では、本文冒頭から読んでいきましょう。

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【第1段落】

文学は人生の目的を定義する

文学がなぜ必要かといえば、人生または社会の目的を定義するためです。(本文より)

冒頭の文章です。

文学がなぜ、人間に必要なのか。それを冒頭で明確に筆者、加藤周一さんは答えてくれています。

それは、「人生の目的、社会の目的を定義するため」と明確に書いてくれていますが、これを読むと、ほとんどの生徒たちは「はっ!?」と固まります。

なぜならば、人生の目的というのが、漠然とした抽象的な表現なので、具体的に落とすことが出来ないからです。

ならば、具体的に考えてみましょう。

自分に素直に問いかけてみてください。

「あなたの人生の目的はなんですか?」

こうやって聞くと、それぞれ思い浮かぶものがあるはずです。

夢や目標、こうなりたいという願望。そこまで明確でなくとも、ぼんやりとでもいいです。「こんな時間を過ごしたい」それでも、立派な目的です。

あなたの心が、素直に「こう生きていきたい」と思うもの。感じるもの。

それが、人生の目的です。

では、「社会の目的」とは何か。

高校3年生の生徒でも、「社会とは何か?」という質問に対して、返答に詰まる子がいます。間違っても、学校の教科・科目の事ではありません(笑)

社会=集団行動、生活の事です。

人間社会、動物社会……様々なものが「社会」という言葉の前につきますが、それぞれの集団という意味です。

では、「社会の目的=集団の目的」と言い換えるのならば、どうでしょうか。

人間が集まった全体として、達成したいこと。こうあってほしい、という願いのようなものです。

解りやすい具体例を言うのならば、「世界平和」でしょうか。

「定義」は「その物事を明確にし、【言葉】で語ること」となります。

つまり、文学の目的は、私たち人間が、個人で、集団で、それぞれ生きている間に実現したいこと、叶えたいことを、「言葉で明確に表現する」こと、となります。

目的と手段

文学は目的を決めるのに役立つというよりも、文学によって目的を決めるのです。そしてその目的を達成するための手段は技術が提供する。(本文より)

ここで、混同しないために二つの言葉の違いをしっかりと明確にしておきましょう。

目的=やりたいこと。こうしたい!!と思う、まだ実現していない何か、です。
実現し、手に入れているものは「欲しい」とか「こうなりたい」なんて思いませんからね。
ex例えば、身長180センチ以上ある人間が、「将来180センチになりたいな」とは思わないですよね。「身長180センチになりたい」と願うのは、「170センチや160センチ」の人です。人間は、手にしていないからそれを「欲しい」と思い、「そうなってほしい」と願う。そこをしっかりと押さえます。

手段=方法、です。しかも、目的を達成するために必要な、具体的な行動が伴った、方法です。

たとえば、「テストで満点がとりたい!!」と思う。これは、目的ですよね。

この目的を達成するために必要な行動とは、何でしょうか?
・授業をしっかり理解する。
・練習問題を解いておく。
・予想問題を解いて、自分の苦手部分を確認しておく。
・凡ミスをしないように、暗記系のものを何度も暗唱し、覚える。 などなど。

そんな方法がたくさん出で来るはずです。

そう。目的を決めると、自然とそれを達成するための手段が人間の頭の中には浮かんでくるのです。けれども、逆はありません。

有効な手段をずっとやっていても、目的がなければそれは単なる演習ですし、やる気もなければ達成したい気持ちもないので、全くと言っていいほど続ける気持ちになんかなりません。放り出してしまいます。

「目的を決めると、手段が生まれてくる」

「手段から目的が決まることはない」

目的→手段、は常に一方通行です。逆は有り得ません。

そして、その「目的」

特に、「人生の目的」を決めることに、文学が必要となる、と筆者は言い切っています。

さて、これは何故なのか。

文学とは

これには、「文学」というものが何なのか。それを調べておく必要があります。

「文学」=言語表現による芸術作品の総称です。

具体例をあげると、詩・小説・戯曲・随筆・評論など、今まさに現代文で私たちが触れている作品たち、と言うことになります。

なぜ、それらを読むことが「人生の目的」を決めることに繋がっていくのか。

これは、この評論文全体の要旨とつながってくるので、今は疑問として頭の中に置いておいてください。

この評論解説の最後に説明したいと思います。

【第2段落】

科学技術は人間に目的を与えてはくれない

今はもちろん科学技術の時代ですけれども、手段と目的は混同しないほうがいい。科学技術がいくら発達しても、その目的は社会にとっても個人にとっても決まってこないと思う。(本文より)

科学技術は、確かに便利なものです。

代表例で言うのならば、スマートフォン。

これは本当に便利です。家の中でしか使えなかったパソコンの技術が、とっても簡単に、しかも常時持ち運べる形で、誰にでも簡単に使えるようになった。十数年前のスマートフォンがなかった時代には、誰にも想像できなかった世界です。ただ一人を除いて。

そう。スマートフォンを開発し、世界的に売りだしたアップル社の代表。スティーブ・ジョブズ、ただ一人を除いて、誰もそんなものが実現するなんて、思いもしていなかった。

たった一人の、「こうなったらいいな」という目的=夢の形が、ここまで世界を激変させたのです。

けれども、スマートフォンがいくら便利であったとしても、私たちに「目的」を与えてはくれません。(多分siriに聞いても、「わかりません」としか答えてくれないんじゃないかな? ちなみに今「私の人生の目的を教えて」とsiriに聞いてみたら、「理解できません」と答えてくれました(笑))

・足の不自由な人が階段を上り下りする苦労がなくなったらいいな→エレベーター・エスカレーターの開発
・遠くの人と話したい→電話・インターネットの開発。
・移動を楽にしたい→列車・電車・自動車・自転車・航空機の開発

などなど、目的を人間が抱いて、初めて科学技術がその方法を提示してくれます。でも、自動車にいくら聞いたとしても、「人生の目的」は決めてくれないし、答えてもくれない。

技術はあくまでも手段でしかなく、万能ではない。人間の目的は、人間が決めることしかできないのです。

「何を当たり前のことを言っているんだ」と思うかもしれませんが、ここまで具体的に筆者の言いたいことを考えてください。そうしなければ、先に進めないのが評論文です。

役立たない文学

自ら考えて生きていこうとすれば、考える時には科学技術は助けてくれない。文学が助けてくれると思う。(本文より)

ここで、「役立つ」という言葉を少し考えます。

「役立つ」=「便利」ということです。

文学は、便利なものではありませんよね。何かが具体的に出来るわけではないし、苦労していたものがそれを使えば楽になる、なんていう作用も、短時間ではありえません。(ポイントは短時間)

ですが、科学技術はまさしく「便利」です。

ボタンを押せば大概のことはどうにかなってしまう。

使い方さえ解っていれば、本当に何もかもが簡単に出来てしまうと錯角してしまうほどに、万能のように思えてきてしまいます。

けれど、科学技術が得意なことは、苦手なことにも直結するのです。

つまり、科学技術の得意なことは、「命令されたことをプログラムされたままに実行する」ことです。

「命令」がなければ、機械は動かない。動けないのです。だって、それしか出来ないように作られていますから。

だから、科学技術。つまり、機械が苦手なことは、「自分で考えること」です。誰からも命令されずに、「やりたいこと」を決めること。これが、機械の、科学技術の最も苦手とする分野になります。

つまり、文学は科学技術の最も苦手な最たるもの、ということになるんですよね。模倣は出来るかもしれませんが、自分で新たなものを生み出すことは、機械には出来ない。出来ないんです。

そういう意味では、「文学」は役立たないものの筆頭かもしれません。

イントロでも書きましたが、社会に役立たない、将来に役立たない文学部なんてものは、廃止!!という論調が出てくるぐらいの昨今です。役立つ、ということからは程遠いと、みんな解っている。

その通りです。

でも、だからこそ。役立たないからこそ、文学には存在する意義がある。

何故なら、機械が出来ない「自身で考える」という力を養い、育てることを助けてくれるからです。

文学的問題とは

役立つかどうかではなくて、そもそも人生に意味があるかどうかが文学的問題でしょう。(本文より)

文学。つまり、文章での芸術作品における問題点、とは、人間の人生に意味があるかどうかだと、言い切っています。

文学が抱える問題点は、人の人生において、生きることの意味をどれだけ明確にすることが出来たのか。それをどうやって【言葉】で表現出来たのか。そこに尽きると、言い切っているのです。

人の生きる意味。

とても大きなテーマです。日常の便利さとはかけ離れているように感じますが、その大きなことを扱っているからこそ、とても大事な意味のあることなのに、日常では忘れ去られてしまっている。

「人の生きる意味」を人々に明確に、明瞭に伝えることが出来るのか。

それが、文学の抱える問題なのです。

【第3段落】

人間の活動に必要なもの

人間の活動は感情や感覚やいろいろな要素が入っていて、単に知的な問題ではないから、別な言い方をすると、一種の情熱がないと何事もできない。(本文より)

こういう複雑な文は、一旦要旨をまとめて、単純にします。

「主語(主部)+述語(述部)」だけを抜き出すと……

人間の活動は、情熱がないと何事もできない。

ということになります。

一気に理解が楽になります。そう、読解能力って、どこまで楽が出来るかということに直結するので、自分の解るレベルまで、筆者の文章を分解する必要があります。それには、主語と述語を抜き出すことがポイント。

人間の活動。つまり、私たちが生きている毎日の中で、何かしら行動や活動をしているのは、「情熱」があるからです。

ものすっごく単純に言うと、情熱って、「これがしたいっ!!」という感情。

ゲームしたい!服が欲しい!寝たい!試合に勝ちたい!いい成績とりたい!お金稼ぎたい!!

全て、「情熱」です。言い換えれば、「欲望」ですね。

全ての人間の行動には、この「情熱・欲望」がある。だから、知的とは言い難いと、筆者は一呼吸おいているんです。

まぁ……確かにそのまま欲望を評論文では例示で書けませんものね。

目的の設定時に起こりがちなミス

しかし、情熱だけだとまた危険です。(本文より)

これは解りやすいかと。

「何かがしたい!!」という感情だけで突っ走ってしまうと、目的達成は難しくなります。

ゲームがやりたいからって、長時間やり続けていたら、まぁ、「やめなさい」「もうダメ」ってなっちゃいますよね。いくら情熱があったとしても、周りの状況や、今の自分の状態を考えて、判断することが出来なければ。そして、思考力と知的な操作。これは技術的なことですね。それがないと、上手くいかなくなる。

しかし、だからといって知的な活動が目的を設定すると思うのは見当違いな期待で、そういう目的は知的な活動のみからは出てこない。(本文より)

解りやすい例を出しましょう。

学生においての知的な活動で真っ先に思い浮かぶものは、勉強でしょう。

けれど、勉強を続けた先に、何があるでしょうか? 勉強をつづけた先に見えてくるものも確かにあるでしょうが、ワークをただひたすらやっている先に「将来、これになりたい!」という願望は生まれてくるでしょうか?

数学の問題をずっと解き続けて、たとえテストで満点が取れたとしても、素晴らしい実験を成功に導けたとしても、「情熱」がなければ、「こうなりたい」という欲望がなければ、「目的」を持っていなければ、それで終わってしまうのです。

そういう目的=人生の目的。人生の意味、です。

難しい漢字を書けることは、確かに素晴らしいことでしょう。それらを記憶するまでに、努力を何度もしたんだなと褒めることもできます。けれど、それまでです。その先は、ない。

けれども、その子が、例えば「詩人になりたい」「小説家になりたい」「哲学家になってみたい」と思って、「それには語彙力が必要だな」と思って覚える難読漢字には、先があります。

なぜなら、その覚えた技術・手段を、その子は自分の「目的」を叶えるための手段として、使うことが出来るからです。

いくら知識、技術、学識があったとしても、目的と情熱がなければ、それは意味がない。

先がない。なぜならば、それらは使えない知識だから。

そう、筆者は言っているのです。

【ここまでのまとめ】

・文学は個人の人生目的、または社会全体の目的を、言葉で明確にするために必要である。

・自らが考えて生きていこうとするのならば、助けてくれるのは科学技術でなく、文学である。
(なぜなのかは、文章の後半解説にて説明します)

・人間の活動には情熱が必須。知的活動のみでは、目的を見出すことは不可能。

 

さて、なぜ文学が人生の目的を定義できるのか。

断言はしましたが、なぜそれが技術にはできなくて「文学」には出来るのか。

それを読み解くのに、筆者は論語から孔子の言葉とエピソードを引用します。

その説明は、また次回で。

ここまで読んでいただけて、ありがとうございました。

続きはこちら。

 

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