評論文解説『「である」ことと「する」こと』丸山真男著 その5~「である」社会と「である」道徳~


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

近代社会は行動に支えられており、行動することによって状態が確保されている存在であることを説明してきました。

そして、「である」=権威・身分 「する」=行動・検証 の違いがあり、物事を判別する二つの極として利用可能である。

その論理に従って、様々な状態を判定していきます。

ここまで、おもに「する」論理が重役を担っている近代社会の事が重点的に説明されてきましたが、もちろん前時代的と評される「である」論理も利点はきちんとあります。

身分制度の利点って、何でしょうか?

【徳川時代】

ここで、「である」社会の例示として、身分・権威社会であった徳川時代の説明にうつります。

徳川時代のような社会は大名であること、名主であることから、その人間がいかにふるまうかという型がおまずからきまってきます。したがって、こういう社会でコミュニケーションが成り立つためには、相手が何者であるのか、つまり侍か農民か町人かが外部的に識別されることが第一の要件となります。服装、身なり、言葉づかいなどで一見して相手の身分がわからなければ、どういう作法で相手に対してよいか見当がつかないからです。(本文より)

身分社会の典型である、徳川幕府時代。

この時代になにより大事だったのは、誰がどういう身分の階級に属していて、その相手に対して自分はどんな振舞いが出来る身分であるかということの判定です。

だから、ぱっと見てすぐわかるような服装をすることが大事でしたし、どんなにその格好をしたくても、農民が刀をさしたり、ちょんまげを結ったりはできませんし、見つかったら重罪です。

それだけ、見た目の判断と言うのは重要視されていました。なぜなら、皆、その見た目で相手の身分を判定していた。逆に言うのならば、一目でわかる見た目をしていなければならなかったのです。

何故ならば、それで相手を判定し、接し方を決めていた社会だったから。

親しく声をかけていいのは、同じ身分の者同士です。違う身分の者には、接し方が外向きの物となる。

町人なら、町人らしい服装。
武士なら武士らしい服装。それが求められた世界だったのです。

【「らしく」の道徳】

では、この見た目で相手を判断する社会の利点とは、何でしょうか。

違う身分の人には話しかけられませんし、交流もありませんが、見た目で相手の身分が解るということは、振舞いもある程度固定しているということです。つまり、その場その場で考えなくとも、きまりきったことさえ守っていれば、それでいい。臨機応変さなど、必要ない社会だったのです。

しかし、逆にいえば、こういう社会では、人々の集まりで相互に何者であるかが判明していれば、べつだん討議の手続きやルールを作らなくても、また「会議の精神」を養わなくても、「らしく」の道徳にしたがって話し合いはおのずから軌道にのるわけなのです。(本文より)

身分社会は、わざわざ明文化するような規則や法律はいらなかった。少なくとも、今の法律のように膨大な数を作る必要はなかった。

何故ならば、話し合いのルールや会議のやり方などを作らなくとも、今まで積み重ねてきた「道徳」=年長者に年少者は従えばいい。皆が賛成した案に年齢が下の者は従えばいい。提案は、年長者が行う、など、暗黙のルール。道徳に従ってさえいれば、無事に全ての物事が進んでいく、ある意味楽な社会だったのです。

考えずとも、誰かが教えてくれるその身分にふさわしい振舞いをしていれば、良かった。そこに疑問を抱く必要など無い、というのは全く変化がありませんが、けれどもとっても楽である事も確かです。

なにせ、努力の必要がない。

これは楽をしがちな人間には、大きな利点の一つと言ってもいいかも知れません。

【アカの他人が存在しない社会】

そして、身分社会の「道徳」は常に身内に対するルールです。外向きには作られていません。そもそも、その必要がなかったのです。

いいかえるならば、アカの他人の間のモラルというものは、ここではあまり発達しないし、発達する必要もない。(本文より)

江戸時代に流行った学問は、朱子学。儒教を元にした学問です。

その中で重視されている人間関係は、君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友です。朋友=友達以外は、全て上下関係。そして、この五つの関係性には、全く見知らぬ人たちが存在しません。

「である」社会は、完全に身内に対してだけの社会であり、必ずおなじ身分での人間関係の広がりのみを考えていて、そこには身分を越えて人々と付き合う、という考え方が一切入っていないのです。

つまり、アカの他人は、物理的には存在しても、意識の上では全く居ないも同じなのです。だって、付き合い方を教えられていないから、そもそも話しかけないし、話しかけ方も習っていない。だから、誰も身分を越えて付き合おうという考え方自体が存在しない。

色んな人と出会い、付き合うという、今の社会では当たり前の感覚が、「である」社会であった徳川時代には異質な存在だったのです。




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【近代はアカの他人同士の社会】

これに対して、アカの他人同士の間に関係をとりむすぶ必要が増大してきますと、どうしても組織や制度の性格が変わってくるし、またモラルも「である」道徳だけでは済まなくなります。(本文より)

同じ身分同士の付き合いならば、今までの積み重ねが「道徳」としてあるので、困りません。けれども、様々な人と付き合い、話すこと。身分を取り払い、アカの他人と人間関係を構築していくには、今まで通用していたはずの身分で構成されている組織や、ルール、決まりなどの性格が変わってきます。

つまり、今までは身分が上だからということで許されてきたアレコレが、許されなくなるし、身分が廃されると、「何故貴方の言うことを聞かなければならないのですか?」という、とっても根本的な質問が出てくるようになる。

全く背景を知らない相手と人間関係を結ぶ時、貴方はその人の何を見て判定しますか? と問われたら、きっと徳川時代の人は混乱したと思います。

そんなこと、必要あるのか? と思うくらい、彼らにとっては必要のない考えだった。

だからこそ、身分制度が廃され、見た目で相手の身分を判定できなくなった現代は、話し合いや会議。人間関係の構築で苦労する状態であるとも、言えるわけです。

人の悩みは大半が人間関係だと言われていますが、昔よりも今の方が大変なんだよと言われると、ちょっと目から鱗ですよね。

逆に、近代文明が齎した、「する」論理での社会はどのように構成、運営されていくのかは、また明日。

続きはこちら⇒評論文解説『「である」ことと「する」こと』丸山真男著 その6~業績本位という意味~

ここまで読んで頂いてありがとうございました。


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