夏目漱石「こころ」18〜Kの自殺・前篇〜


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さて、「こころ」解説も18回。教科書の抜粋部分の最後の解説となります。

タイトルにもある通り、先生の友人であるこのK。あるひ、突然に自殺をしてしまいます。

そして、その自殺が、その後の先生の人生に暗い影を落とすのは、上、中で語られてきました。幸せになろうとしない、先生。

何故、そうなってしまったのか最大の原因であるKの自殺のシーンを読み解いていきましょう。

個人的な事なのですが、このシーン。初めて読んだ時、背筋が寒くなる、という感覚を、本から初めて受け取った思い出のシーンでもあります。淡々とした表現で語られている場面。どこにも、そのような恐ろしいシーンなど書いてないはずなのに、淡々としているからこそ、下手な脚色や色どりなどに邪魔されず、ストレートに一種の気味の悪さが伝わってくる部分です。

小説の面白さは、細かなエピソードが積み重なり、それが一気に解放されるように押し流される部分にあるのですが、純文学と呼ばれるジャンルの力強さとメッセージ性の強さ。虚構の世界であったとしてもまざまざと「人間」というものの存在が浮き彫りになっていく、表現の奥深さを感じさせられます。

さて、ではまいりましょう。

大修館書店発行 現代文B上巻では、203p下段~
筑摩書房発行 精選現代文Bでは、178p上段~
小説は、48章のシーンです。

【事実を知っても変わらないK】

勘定してみると奥さんがKに話をしてからもう二日余りになります。その間Kは私に対して少しも以前と異なった様子を見せなかったので、私は全くそれに気付かずにいたのです。(本文より)

衝撃の事実です。

自分とお嬢さんとの結婚を話そうか、話すまいか先生が悩んでいるうちに、奥さんがさっさとKに事実を伝えてしまったということが、唐突に分かるのです。

ここでのポイントは、何も知らない人の行動が、視点を変えてみるととてつもなく残酷である、という事実です。

この直前のシーンで、奥さんはKに対し、「あなたも喜んでください」と話しかけています。

これが、Kが心の底からお嬢さんを愛し、また、旧知の友であるはずの先生を心の底から信頼していたとするのならば、これほど残酷に響く言葉も有りません。

しかも、更に残酷なのは、奥さんは一切の事情を知らないが故に、自分が残酷な行動をしている認識は、何一つないのです。

自分が悪い行動をしている。もしかしたら、不快に相手が思うかもしれない、そういう可能性があるかもしれない、という認識のもとに行うものは、たとえ悪い方に転がったとしても責任が取れます。また、覚悟も出来ますし、反省も、謝ることも、可能です。

けれど、自覚がない、ということはどれだけ残酷なことを平気で行ってしまうのか。

それを間接的に表しているシーンです。

地獄への道は、善意で作られている、という言葉が、ふとまた頭をよぎってしまうシーンです。

けれど、Kは何ひとつ変わった様子を見せません。

私に対して、という言葉がありますから、自分の事だけに限って言えば、という意味でしょう。全く、先生に対して顔色一つ変えなかった。自分を明確に裏切った相手なのに、一切変わらなかった。

何故でしょう?

普通であったのならば、怒鳴り、憤り、詰って、罵倒し、軽蔑の視線を向け、それすらも価値がないと思うのならば、そこに存在しないものとして無視してもいいぐらい。

そこまでいかずとも、事情を訊く。もしくは、顔色を変える。態度がぎこちなくなる、ぐらいの事はあってもいいはずです。けれど、全くそんな素振りがKにはなかったのです。

彼の超然とした態度はたとい外観だけにもせよ、敬服に値すべきだと私は考えました。(本文より)

超然とは、物事から抜け出している。俗事に囚われない様子の事を言います。

つまり、日常の出来事に惑わされず、違うこと。ここで言うのならば、Kが日々行っている精進の道に徹していた態度だったということです。

そんなことができるのか。あんな風に、もし自分が誰かに裏切られたならば、その本人を前にして、そんな態度は自分には取れそうもない。絶対に動揺してしまうか、感情的になってしまうだろうということが分かるから、先生は敬服したのです。

絶対に自分には出来そうもないことを、Kがやってのけた。全く自分は、彼が事実を知っている事に、気が付かなかった。それぐらい、普段と変わらなかったのです。




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ここで、疑問が残ります。

どうして、Kが普段のままであったのか。
何一つ、変わらない態度を貫いたのか。

細かくここでは解説しませんが、一つだけ言えることは、違う目的を見据えていた、と言うことです。

Kには何か一つ、果たさなければならない事があり、そのことで頭がいっぱいで、それ以外はどうでもよかった。どうでもいいことだったから、いつもの態度と変わらなかったのです。

よく覚えておいてください。

全体の読解を通しての、ヒントとなります。

【先生の敗北感】

Kに負けたくない。Kに勝ちたい、と、先生はずっと願い続けてきました。彼と論を言い争うのも、張り合うのも、全て同格の立場でありたいからです。そして、どこかで彼を打ち負かしてやりたいという気持ちが強く、だからこそ彼が弱みを見せた時に、それを逃さず攻撃をしたのです。

けれど、ここで初めて、先生はKに対して負けを認めます。

彼と私を頭の中で並べてみると、彼の方がはるかに立派に見えました。「おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ。」という感じが私の胸に渦まいて起こりました。(本文より)

自分よりも、彼の方が上。立派。

どうしてそう言い切れるのか。

明らかに先生は、彼の気持ちを知った上で、自分に有利に働くように動きました。Kの立場からしてみれば、相談する相手を誤ったどころの話ではないでしょう。けれど、そうやって友に裏切られ、自分の恋の行く手も阻まれ、更にその相手に対しておめでとうと祝福の言葉を強要され、その相手と普通に接する。

どう考えても、通常の精神力の人であるのならば、耐えられそうにありません。けれど、Kがそのように態度を変えなかったおかげで、先生の罪は奥さんやお嬢さんにばれることはありませんでした。

先生の裏切りは、ばれことなく見過ごされたのです。Kはそれを見過ごしてくれた。

その恩恵を受けながら、何一つ変わらずに居てくれる。これほど有難いことはありません。全てが先生の都合よく進んでいます。

だからこそ、圧倒的に人間として向こうが上である。自分が不利益を被ったとしても、恋した相手の幸せを願ったのか、それとも自分と結ばれるよりは幸せなれると考えたのかどうかは解りませんが、この恋のレースから身をひいてくれた。

そのことが、先生にとってはとてつもなく有難いことでした。

けれど。

【人間的に上だと認めても、Kに謝れない先生】

Kの方が自分より上だということが認められても、Kに何かしらのアクションを先生は起こせませんでした。

何故、謝れなかったのか。それは、Kに謝るためには自分の醜さを晒し、弱みに付け込んだ事実。狡猾な自分の面をさらけ出さなければなりません。

けれど、そんなことは、失敗が何よりも嫌いなこの「先生」には、出来ない相談だったのです。

私はそのときさぞKが軽蔑していることだろうと思って、一人で顔を赤らめました。しかし今更Kの前に出て、恥をかかせられるのは、私の自尊心にとって大いな苦痛でした。(本文より)

はい。この先生というキャラクターの最大の駄目な部分です。

自分の恥。失敗を曝け出す事が出来ない。自分の罪が解っていても、それを表に出せない。自分を曝け出す事がどうしても出来ないのです。それによって、人に拒絶されたり、軽蔑されるのが何よりも怖かった。怖くてたまらなかった。

自尊心とは、自分の人格を大切にする気持ち。また、自分の思想や言動などに自信をもち、他からの干渉を排除する態度のことを言います。

自分の人格や思考。言葉、行動などを自分で大切に思う行為なのですが、それを守ろうとすればするほど、人に謝れなくなってしまうという作用を持ちます。

自尊心に振り回され、破滅するタイプの主人公は純文学でも多く題材にされていますが、(参考⇒小説読解 中島敦「山月記」解説 その4~あなたの心の中にも棲んでいる猛獣~)この「先生」も同じです。

自尊心が邪魔して。自分を大切に思うが故に、自分の悪の部分。醜い部分を曝け出せない。

追い詰められて、利益の為には動けるけれど、自分の恥をさらす為には一切動けない。

他人の事ならば、よく欠点が浮き彫りになります。けれど、この分かりやすいほどに最低な部分を克明に描き出す事によって、読者である私たちにも夏目漱石は語りかけているような気がしてなりません。

「そうやって、この『先生』を非難しているお前こそ、同じようなことをしていないのか?」と。

そして、迷っているうちに事態は最悪の展開を迎えます。

【Kの自殺】

私が進もうかよそうかと考えて、ともかくも明くる日まで待とうと決心したのは土曜日の晩でした。ところがその晩に、Kは自殺して死んでしまったのです。(本文より)

進む、とは、自分の恥をさらして、Kに謝罪すること。
よそう、とは、このまま知らないふりを続け、何もなかったように振舞うこと、です。

このままKが黙っていてくれれば、これほど先生に都合のいいことはありません。ただ、そのまま自分が黙っていれば、自分は自分自身の良心に責めさいなまれて、居心地の悪い思いをしなければならないのです。

それが耐えられるのか。それとも、その苦痛に耐えられないから、恥をさらして、Kに謝罪をし、一切の罪を告白し、Kや奥さん、お嬢さんから軽蔑される痛みを受け入れるか。

その狭間で悩んだ先生は、いつも通り。今までと同じような解決策を取ります。

そう。明日の朝まで待つ。先延ばしです。

明日になっていれば、もしかしたら何かの動きがあるのかもしれない。自分が動く前に、Kが何か話しかけてくれるかも。何かのきっかけが生まれて、話しやすい状況が来るかもしれない。はたまたもしかしたら、明日は恥をさらして、告白する勇気が湧いてくる気分になるのかもしれない、と未来の自分に問題を押しつけただけです。

けれど、この先延ばしの癖が、とんでもない事態を引き寄せます。

そう。もう二度と、Kと話し合うことができなくなる。

Kが何も言わず、何も告げずに、いきなり自殺してしまうのです。

長くなったので自殺の詳細は、また明日。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

 

 

 

 

 


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