小説読解 夏目漱石「こころ」その2 ~火鉢のエピソードから見えるこころの奥側~


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「こころ」解説、その2です。

今回は、前回に引き続き、先生の性格や対応。そして、Kに対してどう思っていたのかを、本文から追っていきます。

十一月の雨の日のくだりのエピソードです。(教科書178p~182p)参考にしてください。

【怒りやすい性格】

十一月の寒い雨の降る日のことでした。私は外套を濡らして例のとおり蒟蒻閻魔を抜けて細い坂道を上がってうちへ帰りました。Kの室はがらんどうでしたけれども、火鉢には継ぎたての火が暖かそうに燃えていました。私も冷たい手を早く赤い炭の上にかざそうと思って、急いで自分の室の仕切りを開けました。すると私の火鉢には冷たい灰が白く残っているだけで、火種さえ尽きているのです。私は急に不愉快になりました。(本文より)

テスト問題にも良くなる、教科書抜粋の冒頭部分です。

ここの部分は、先生がKに対してどう思っていたのかが、とても端的に良く表れています。

教科書や便覧に、この家の間取り図が良く掲載されているのですが、Kの部屋は先生の部屋の隣です。四畳ほどの小さい部屋で、先生の部屋とは仕切りによって区切られていますが、その仕切りを使わずとも縁側から先生は自分の部屋に入れます。

なのにこの時。Kの部屋はがらんどうで、居なかったけれども、火鉢が暖かく燃えていた。そのまま仕切りを開けて自分の部屋に入ったのだから、Kの部屋を平気で横切ったと言うことになります。

それが別に特別な事でも何でもなかったのでしょう。普通ならば、仲の良い友達同士だからと流せますが、少し気になる部分です。

そして、Kが居ないのにKの部屋の火鉢が暖かく燃えていた。きっと、家の誰か。恐らく、奥さんかお嬢さん。もしくは御手伝いさんが気をきかせて、前もって部屋を暖かくしておいてくれたのだろう、と思ったのです。

Kの部屋にその気遣いがあるのならば、自分の部屋も当然火鉢は燃えているはずだと。

ところが、部屋の中の火鉢は燃えていなかった。火種すら尽きていた。

そこで急に不愉快になったのは、どうしてなのか。

人が不愉快になるのは、期待が裏切られたからです。

なら、先生が期待していたのは、どういうことでしょうか。

Kの部屋の火鉢が暖かく燃えていたから、きっと自分の部屋の火鉢も同じように赤く燃えているだろうと期待をしたのに、それが裏切られたから、というのがテスト上の解答ですが、少し、深く掘り下げてみましょう。

火鉢。現代風に言うのならば、ストーブやエアコンです。

家に帰ってきて、兄弟や家族、その他、どこかの部屋のエアコンが着いていて、暖められていたのに、自分の部屋がとても寒く、エアコンの電源が切れていたとして……あなたは、腹が立つでしょうか? 不愉快になるでしょうか?

そして、いくらその人が仲の良い友達で自分が助けた存在であったとしても、勝手に人の部屋を横切るものなのでしょうか?

その時私の足音を聞いて出てきたのは、奥さんでした。奥さんは黙って室の真ん中に立っている私を見て、気の毒そうに外套を脱がせてくれたり、日本服を着せてくれたりしました。それから私が寒いと言うのを聞いて、すぐ次の間からKの火鉢を持ってきてくれました。(本文より)

その続きのシーンです。

奥さんがやってくるまで、消えた火鉢の前で突っ立っていたわけです。この先生。

寒いのならば、自分で火鉢に火種を入れて燃やせばいいのに、ただ、突っ立って奥さんに世話を焼かれ、Kの部屋の火鉢を奥さんに持ってこさせた。

どう考えても、偉そうに振舞っているんですよね。この先生。

【先生の隠れた思考】

これは、「自分は傷付いてるんだぞ!! 構えよ!!」と無言で訴えている状態ということになります。

先生は、Kの部屋をまるで道のように素通りしていますが、Kがそのように先生の部屋を歩く描写は有りません。Kの部屋の方が手前ですし、必要がなかっただけかもしれませんが、明らかに狭く、更に勝手に通り道にしていた先生は、Kの部屋を自由に行き来していたことが解ります。

Kにプライバシーなど無い状態であったこと。更に、先生がそれを尊重するつもりはさらさら意識に無かったことが、このふとしたシーンに色濃く出ています。

そして、火鉢が燃えておらず不愉快になったのは、「Kの部屋は暖めてあったのに、私の部屋はどうしたんだ!?」という、この下宿でKの方が大事にされているような雰囲気を感じ取ったからです。

その後のシーンで、不機嫌さを奥さんに対してあまりにも隠さずに表し、火鉢も結局、Kのものを渡されています。それが不機嫌さに拍車をかけるようにならなかったのは、Kが一旦帰ってきて、その後出掛けたことを知ったからです。




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つまり、あくまでもこの下宿の中で大事にされるべきは自分であり、Kが自分以上に大事にされることはあってはならない。少なくとも、対等に扱われるべき。もしくは、自分の方が上であるべきだ、という先生の考えが、透けて見えてきます。

だから、Kの部屋が気を使われて暖かくなっているのならば、自分の部屋も当然そのような気遣いがされているだろうと期待し、それが裏切られたのち、もしかしてKだけが特別扱いを受けているのではないかと思い、その扱いの差に不愉快さを感じたのです。

先生がKと対等でありたい。学問上で先を越されている彼に追いつき、追い越したいと願っている事は、昨日のエントリーで説明しました。

けれども、この下宿の中では、自分が優先されるべきだという、明確な思考を持っている事が理解できます。

こうやって書いていると、先生って嫌な奴だな……と思ってしまいますよね。でも、きっと、誰の心の中にもこういう醜い存在は隠れているなと、同時に思ってしまいます。

誰だって、自分が一番大事にされたい。愛されたいと願っている。

特に、友人の窮地を救ったわけですから、「もっと私に感謝しろよ!」という風になってもおかしくはありません。

この先生という人物は、誰もが抱えているそんな欲求を、とても強く抱えた人でもあった。頭脳的には優秀であったかもしれませんが、どちらかというと高尚な考え方、というよりは、とても普通でとても一般的な。むしろ少し子どもっぽい部分を残した性格だということが、伝わってきます。

【Kと出掛けていたお嬢さん】

その後、寒い部屋で読書をしていた先生ですが、人恋しくなり、雨上がりの曇り空の街を散歩に出かけます。

そうして、細い道沿いで、Kとすれ違い、その後ろに一緒歩くお嬢さんと出会います。

するとKの後ろに一人の若い女が立っているのが見えました。近眼の私には、今までそれが良く解らなかったのですが、Kをやり越した後で、その女の顔を見ると、それがうちのお嬢さんだったので、私は少なからず驚きました。(本文より)

ここで、大事なポイントです。先生は近眼であるということ。近寄らなければ、詳しい状態は良く分からない人で、眼鏡をかけていなかったこと。これを良く、覚えていてください。後半を読み解くのに、とても大事なポイントです。

そして、表現方法です。

少なからず驚いた、というのは、「少ない+~ず」の二重否定=強い肯定です。

ほんのちょっと驚いた、ではなく、大いに驚いた。びっくりした、の意です。

間違わないように。

それから柳町の通りへ出た私はどこへ行っていいか自分にも分からなくなりました。どこへ行っても面白くないような心持がするのです。私ははねが上がるのもかまわずに、ぬかるみの中をやけにどしどし歩きました。それからすぐうちへ帰りました。(本文より)

どこへ行っても面白くない。それがどうしてなのか。

面白いような気分になれない。つまり、不機嫌。不愉快である、ということです。しかも、どんな場所に行ったとしても気分が晴れる事はない。それぐらい強烈な不愉快さを抱えている事になります。

つまり、Kがお嬢さんと一緒に連れ立って歩いていた場面に遭遇し、その事実に驚愕し、もしかしたら自分の知らないところで二人の仲が急激に縮まっているのではないかと、不安を覚えたから、と言うことです。

【欲望の三角関係】

ここでの前フリは火鉢のシーンです。

もしかして、自分よりもKの方が周囲の人々に厚遇されているのではないか。Kの方が好意的に思われているのではないか、と不安に感じるシーンがあり、その思いがまるで現実にでもなったかのように、お嬢さんを後ろに連れているKと遭遇します。

当然、自分のものになると思っていた存在が、実はそうではなく、誰かに奪われそうになっている。

そんな状態になると、人間はどういった行動をするのか。

子どもの世界で良く見られる臨床心理として、もう見向きもしなくなったおもちゃや洋服、ぬいぐるみや、ゲームなどを、誰かに取られそうになった瞬間。急に必死になってそのおもちゃは自分のものだと主張し、必死に渡さないようにと意地になって守ろうとします。

これを「欲望の三角関係」と言うのですが、自分のものだと思っていた時にはそれほど大事にしないのに、誰かにその権利や特権を奪われそうになると、あんなに無関心だったものを必死になって取り戻そうとする。奪われないようにと、自分から奪いに行くようになる。

Kが下宿に来る前から、先生はお嬢さんに対してほのかな恋心を抱いていました。その恋心を、Kに真正面から論破されるという苦い経験も持っているからこそ、Kが恋をするなどということは想像もしてなかった。

そして、まさかお嬢さんがKを慕うという事も、想像できない事だった。

だからこそ、この先生は追い詰められていきます。

Kにお嬢さんを奪われないように。どうにかして、先に手に入れなければと、考えるようになっていくのです。

 

続きはまた明日。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

 

続きはこちら⇒小説読解 夏目漱石「こころ」その3 ~女の嫌いな特徴からみる先生の愛~

 


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