夏目漱石「こころ」17〜ばれた裏切りとKの頬笑みの意味 〜


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「こころ」解説その17。今回は、先生の裏切りがKばれてしまうシーンの解説です。

Kから、お嬢さんへの恋心を打ち明けられていたにも関わらず、彼にはその気持ちを学問の邪魔になるだろうと、諦めることを勧めておきながら、自分はその隙に目的を遂げてしまった。

その後ろめたさから、Kにこの話をできなかった先生。何故、打ち明けることができなかったのかも含めて、解説していきます。

大修館書店発行 現代文B上巻では、201p下段~
筑摩書房発行 精選現代文Bでは、176p冒頭~
小説は、47章のシーンです。

【Kに打ち明けられない先生】

プロポーズが受け入れられた後。先生はKと話し合うことを、極力避けようとしました。打ち明ける事が、どうしてもできなかった。

むしろ、奥さんの発言やお嬢さんの挙動不審な態度から、いつKが自分の裏切りに気が付くのではないかと、終止気が気でありませんでした。

私はなんとかして、私とこの家族との間に成り立った新しい関係を、Kに知らせなければならない位置に立ちました。(本文より)

普通の状態だったら、自分の恋が叶い、好きな相手との結婚をその親に許され、プロポーズが受け入れられたんだと、何もない状態であるのならば、友人に報告できるものでしょう。それだけ嬉しい出来事ですし、一緒に住んでいるKには、一番に報告できるはずです。

けれど、それができないのは読んでいれば分かりますよね。彼を、先生は裏切っているからです。

無論、何も約束などしていないし、Kは先生のお嬢さんへの気持ちを知らないはずですから、厳密にいえば裏切りでも何もないはずなのです。Kに何かを頼まれた覚えはないし、(頼まれたのは、この恋を先に進めていいかどうかの判定だけ)Kに必ず自分の気持ちを正直に打ち明ける義務は、ないはずです。

けれど、少なくとも先生はそこまで開き直ることは出来なかった。開き直れなかったのです。

なぜか。

この「先生」というキャラクターが何より大事にしているのは、他者からの自分の評判です。欠点のない、完璧な自分を他人にずっと見せ続けていたから、正直な、素直な自分というものを他者に見せる事が出来なくなっているのです。

しかし倫理的に弱点を持っていると、自分で自分を認めている私には、それがまた至難のことのように感ぜられたのです。(本文より)

倫理、とは人として守るべき道。道徳のことです。善悪の判断の基準となるべきものと言ってもいいでしょう。

そこに弱点を持っている、とはどういうことなのか。

それは、Kが正直に自分の気持ちを嘘偽りなく告げてくれた行為に対し、自分の心を素直に曝け出せなかったこと。

そして、真っ正直なKに自分の気持ちを告げず、正面から戦わずに、卑怯な手段を使って目的を達したこと。

この二点が弱点として上げられます。

Kに「自分もお嬢さんが好きなんだ」と告げられなかったのは、Kと戦えば負けると思っていたからです。勝ち目など自分にはない。正々堂々と戦ったら、必ず負ける。お嬢さんを取られてしまう。そう思ったから、正面から向き合うことをしなかった。

そして、卑怯な手段を取ったのは、同じく負けてしまうことが嫌だったからです。

正面から向き合えば、必ず負けると思っていたから、敢えてKに自分の心を打ち明けず、彼の恋路を邪魔するような発言をしたうえで時間を稼ぎ、自分は目的を達成したとこと、です。

確かに、人の道に反する事で、道徳的とは言えない行為です。

道。仏教的な精進をひたすらに突き詰めているKからしてみたら、自分の行動は彼の目にはどう映るのか。

それを考えるのがとても怖く、打ち明ける事など到底できないと先生は思ってしまった。

それはなぜかと考えると、分かりやすいですよね。

Kに軽蔑されることが怖かった。彼に嫌われるのが、嫌だった。そして、そのことが原因となって、自分の評判が落ちてしまうのが、何よりも恐ろしかった。

なら、卑怯な方法など取らなければよかったじゃないか!

という意見が出てきそうですが、それが解っていても、追い詰められ、これしか道がないと思ってしまうと、人は簡単に間違った選択をしてしまう。後でどれだけそれを後悔しようとも、取り返しのつかない事をしてしまうのが、人間だと、漱石が語っているような気がします。




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【誰にも弱点をさらけ出せない先生】

自分が駄目なら、人に頼もうと、奥さんに頼んで、Kに結婚の事実を告げてくれないかと考えますが、それも無理だと諦めます。

それであったとしても、結局何故Kに自分で報告しないのかと奥さんに事情を訊かれますし、それを話すのならば結局自分の卑怯な行為を話さなければならなくなります。

別に話したとしても、奥さんはお嬢さんの気持ちを知っていたのだから、「若い時にはよくあることですよ」と、さらりと受け流してくれそうな雰囲気ですが、先生にはとてもそうは思えなかったのですね。むしろ、今がとても良い関係を築いているから、それを壊すようなことは一切できなかった。

もし奥さんにすべての事情を打ち明けて頼むとすれば、私は好んで自分の弱点を自分の愛人とその母親の前にさらけ出さなければなりません。真面目な私には、それが私の未来の信用に関するとしか思われなかったのです。結婚する前から恋人の信用を失うのは、たとい一分一厘でも、私には堪えきれない不幸のように見えました。(本文より)

自分の信用を落としたくなかった。

ここでも、自分の立場があくまでも第一に守りたいものであり、Kの気持ちは二の次でした。

となると、先生の希望は、

自分とお嬢さんが結婚することをKに打ち明け、彼から失望されず、軽蔑もされず、自分のした卑怯な行いを奥さんやお嬢さんに伝わることもなく、日々が過ぎる事、と言うことが分かりますが……

無理だよ、そんなの。

と、思わず読みながら思ってしまいますよね。

けれど、どうやったらそれが可能だろう……とぐるぐる先生は考え続けます。そして、考え続けて、何もしません。ええ、なんにもしないんです。

要するに私は正直な道をあるつもりで、つい足を滑らしたばか者でした。もしくは狡猾な男でした。(本文より)

正直に生きようとして、ばかな行動を取ってしまった。狡猾、とはズルの意味です。悪賢いこと。

つまり、卑怯な手段を使ってしまったと、何よりも自分自身が良く解っている。

しかし立ち直って、もう一歩前へ踏み出そうとするには、今滑ったことを是非とも周囲の人に知られなければならない窮境に陥ったのです。私はあくまで滑ったことを隠したがりました。同時に、どうしても前へ出ずにはいられなかったのです。私はこの間に挟まってまた立ちすくみました。(本文より)

自分の卑怯な行為を隠したい。けれど、Kに打ち明けないと、遅かれ早かれ、奥さんやお嬢さんからばれる。ならば、自分から結婚のことを言った方が良い。

でも、自分の醜い部分は隠したい、見せたくない。

そんなはざまで、先生は苦しみます。

けれど、結局、何もしないのです。

自分の利益を害するかもしれない時には動いたというのに、行動することによって自分の評価を下げるかもしれない事には、逃げ続ける。

卑怯、と言うよりも、臆病な性質がとてもよく出ている部分です。

もしかしたら、臆病な、他人からの評価が酷く気になる人ほど、条件が整ってしまえば、卑怯な手段を取ってしまうのかも、しれません。

【あっさりとKに伝えられた先生の裏切り】

それから5~6日後。

奥さんから呼びとめられた先生は、Kに結婚のことは話したのかと問いかけられます。そして、話してないと答えたら、どうして話していないのだと質問されることに。

そして、続く奥さんの言葉に先生は驚愕します。

「どうりでわたしが話したら変な顔をしていましたよ。あなたもよくないじゃありませんか。平生あんなに親しくしている間柄だのに、黙って知らん顔をしているのは。」(本文より)

先生が告げるかどうするかで悩んでいる間に、奥さんがさっさと告げてしまった。

その衝撃の事実を、先生は驚き、そして次にKの様子はどうだったのかと奥さんに問いかけます。

ですが……

私はKがそのとき何か言いはしなかったのかと奥さんに聞きました。奥さんはべつだん何も言わないと答えました。(本文より)

ここでのポイントです。Kは何も言わなかった。

そう。先生が危惧していたように、取り乱しもしなかったし、動揺も見せなかった。怒鳴りも、先生を罵ることすら、しなかった。

【Kの笑顔】

Kの行動は謎だらけです。本来であるのならば、「どうして私に打ち明けなかった? 私はちゃんと打ち明けていたのに」と、先生を非難してもいい立場なのに、Kは何も言いません。

自分には、「精神的に向上心のない者は、ばかだ。」と言い放ち、本来の精進の道に戻るべきだと勧めておきながら、自分は恋を成就させるなど、裏切りだとKはきっと責めるだろう。それが怖かったから、先生は何もしなかったのです。

その卑怯な手段をとった自分の姿が、奥さんやお嬢さんに知られることが、何より怖かったから、Kから事情をばらされることを恐れていた。

けれど、Kの反応は奇妙なものでした。

奥さんの言うところを総合して考えてみると、Kはこの最後の打撃を、最も落ち着いた驚きをもって迎えたらしいのです。(本文より)

控えめな表現なのであっさりと書かれていますが、恐らく目を一瞬見開いたのか、それとも言葉を一瞬失ったのか。そんな、普通の反応だったということです。

しかし奥さんが「あなたも喜んでください。」と述べたとき、彼は初めて奥さんの顔を見て微笑をもらしながら、「おめでとうございます。」と言ったまま席を立ったそうです。(本文より)

奥さんの当たり前の言葉が、とても残酷に響きますよね。

そして、その時。Kは奥さんを初めて見て、微笑んでいます。いつも無表情で無口な男が、奥さんの印象に残るほどほほ笑んだということは、とても印象深い笑みだったということが解ります。

この笑顔。微笑みの意味。

奥さんから訊いた先生には、全く意味が解らないとなっていますが、このKの頬笑み。見方の視点を変えれば、とても当たり前のことのように受け取れます。

今、ここでは解説しませんが、この時のKの頬笑みの意味を、少し。考えてみてください。

何故、彼がわざわざ奥さんを見て、微笑んだのか。

ヒントは、強がりでも自棄でも、何でもありません。ちゃんとした、理由がある頬笑みです。

今日はここまで。

明日は、とうとうKの自殺のシーンです。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

 


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