小説読解 ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」その6~人間の本心はとっさの行動に表れる~


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

今日は主人公が衝動的に犯してしまった罪について解説します。

【衝動的な行動の意味】

ああ、やってしまった。そんなこと、誰だってある、と思いがちですが……

衝動的な行動が指し示す意味。法廷裁判の中では、衝動に駆られて犯してしまった罪と、計画的に実行されたものでは、計画的な物の方が罪が重くなりますが、だからと言って衝動的に犯してしまったものが全く罪にならないというわけではありません。

むしろ、小説を読解する場合。この「とっさに取ってしまったこと」や「つい、口から出てしまった言葉」と言うのは、その人の本心を表しています。

心理学、という学問が無かった時代であっても、その鋭い観察力と直感。人間とはどういう存在なのかを見つめ、描き出そうとした小説家たちの文には、時に残酷なほど真実が浮き彫りになっています。

「仕方がなかった」ということは、簡単です。けれど、主人公がそうやって言い訳をする時には、覆い隠したい本心があるのが事実。

その隠したい本音を見抜くのが、読解ということになります。

【主人公の、衝動的な罪】

憎んでいた隣の家のエーミール。子供の目から見て、完璧に映る彼の姿は羨望以外の何物でもなく、ああなりたいと思いながらもなるための努力は出来ない主人公は、相手を嫌い、恨むことで一旦の平安を得ようとします。

けれど、ここである出来事が。

主人公が喉から手が出るほど欲しいと思っていたクシャクヤママユという蝶を、エーミールがさなぎからかえしたというが広まったのです。

ここでのポイントはあくまで噂だったということ。

この時、エーミールからこっぴどい批評を受けた時から、すでに二年の歳月が流れています。あの時からエーミールを避けていた主人公。このクジャクヤママユについても、エーミールに語りかけた記述は一切ありません。あくまで、噂が広まり、クジャクヤママユが見られるんだと思った瞬間に興奮し、見せてもらおうと勝手に決めてしまいます。

普通に考えたら、見せてくれとエーミールに頼み込むのが筋でしょう。けれど、であれば、何故噂を聞いたときに声をかけなかったのか。かけそびれた、頼み込もうと思っていたのに、出来なかったという表記はありません。

あるのは、

「僕たちの仲間で、クジャクヤママユを捕らえた者はまだなかった。僕は自分の持っていた古いチョウの本の挿絵で見たことがあるだけだった。名前を知っていながら自分の箱にまだない。」(本文)

自分が持っていない、ということ。そして、仲間も持っていないものであるという珍しいものであるということ。

もちろん、この少年の蝶に対する情熱を疑うことは出来ません。けれど、彼にとって蝶と言うのは、真っ先に来るのは、「皆が持っているかどうか」そして、それが「自分の所有物であるかどうか」という点なのです。

最初は珍しいものでなくともよかった。蝶の羽の美しい斑点を見ることが出来ればそれでよかったと、書いてあります。けれど、時を経るに従い、徐々に歪んでいった部分が透けて見えていきます。彼が悪い、というのではなく、人間はよほどのことが無い限り、こうやって手段と目的を簡単にかけ違ってしまうという事実。

彼の最大の罪は、そのことに対して、彼の自覚が全くなかったということです。無条件に、無意識に、エーミールは自分にその宝物を見せてくれるはずだと、思い込んでいた。頼むことすら、考えていなかった、ということになります。

そして、その考えは現実になります。

夕食後、訪れたエーミールの部屋で、彼が不在にも関わらず、主人公はクジャクヤママユを探してしまう。何度も引き返すタイミングはあったけれど、突き進んでしまった。

そして、それを見つけ、エーミールの部屋に行くまで、誰にも会わなかったことも災いして、衝動的に盗みを働いてしまいます。

どうしても、目の前の誘惑に勝てなかった。欲しいと思う気持ちを、抑えることが出来なかった。

けれど、彼の罪は蝶を盗み出したことではありません。

蝶を盗み、それをエーミールの部屋から持ち出した瞬間。階段の下で物音がします。その瞬間に戻ってきた理性。自分は盗みをしてしまった下劣な奴だと悟り、見つかることを恐れて、彼は本能的に手にしていた蝶をポケットの中にその手ごと、突っ込んでしまうのです。

「その瞬間に、僕の良心は目覚めた。僕は突然、自分は盗みをした、下劣なやつだということを悟った。同時に見つかりはしないか、という恐ろしい不安に襲われて、僕は本能的に、獲物を隠していた手を、上着のポケットに突っ込んだ。ゆっくりと僕は歩き続けたが、大それた恥ずべきことをしたという、冷たい気持ちに震えていた。」(本文)

【行動の分析】

とっさの行動には、多くの本心が隠れています。

これは、絶対です。何かしらの身の危険が迫ったとき、男性は本能的に身体をかばうために、腕や肩などを前に出しますが、女性は子供であったとしてもかばう場所は、お腹だと言います。

これは人間以外の動物にも見られる傾向で、本能的に女性。雌は、子孫を残す為の重要な器官である子宮を守ろうとしてしまうのでしょう。本能的に取ってしまう行動は理屈ではありません。意識していなくとも、人間の本心や本能は行動に表れます。




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いくら死にたい、と口にしていたとしても、例えば地震などに襲われたときに、足が非難の為に動いてしまう。それは、本能的に生きたいと願っていることの表れでもあります。

人の意見など気にしていないと言いながらも、SNSでの「いいね」があると気分が良くなったり、また逆に数が少ないと気落ちしてしまうのは、気にしている証拠でもあります。

人間の本心は言葉通りではない。そこに潜む、違和感や行動を観察するのが、読解の基本です。

では、この主人公は、何を思っていたのか。

蝶を衝動的に盗んでしまったのは、欲しかったからでしょう。それは疑いようがありません。自分への羨望を集めたいとか、蝶への熱情だとか、色んなものが混ざり合っていることは確かですが、少なくとも、欲しかったという気持ちに負けてしまった。そこは、理解できます。

どうしても抗うことのできないものに魅せられてしまう、ということは往々にしてある。けれど、多くの人は何かしらの切っ掛けで理性を取り戻します。

この主人公も、きちんと理性を取り戻している。

だからこそ、取り戻した瞬間に、そのままエーミールの部屋に戻り、蝶を返せばよかったのですが、彼の意識はその瞬間。

自分が手にしている蝶よりも、自分が下劣な盗人だと非難されること。自分の罪が暴露され、糾弾されてしまう事を一瞬で思い描き、その糾弾から自分を守るために、罪の証拠である蝶を隠す、という行動に出てしまいます。

その一瞬で彼の思考は、

珍しいクジャクヤママユの標本  自分の保身

へと、傾いてしまったのです。

つまり、彼にとって大事だったのは、蝶よりも自分だった。

自分が一番大事だった。彼が好きなのは、蝶そのものではなく、珍しい蝶を持っている自分であり、自分の価値を守りたいが為に、その瞬間。蝶よりも選びとったのは自分の保身であった、という事実。

これは道徳の授業ではないので、一旦善悪の是非は横に置きます。けれど、大事なのは、その行動を通して、登場人物が守りたかったものは何なんだったのかという事を、読み取ることです。

それをすることで、何の利益を得ようとしているのか。

この場合、蝶を隠すことによって得られる利益は、この主人公の名誉や罪の隠蔽。保身、ということになります。

そこをきちんと押さえておくと、この後の悲劇がより、理解しやすいものになります。

続きはまた明日。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

 


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