可能無限 解説 その5


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「可能無限」解説、その5。

段々と筆者が述べたいことが理解できてきたと思うのですが、この可能無限とは、実際の数の無限のことではなく、私たち人間が、「無限だ!」と勘違いすること。それは、具体的に言うと、「次がある!!」と考えてしまうことです。それが、人間が実感として得られる無限であり、それが可能無限だと言っています。

確かに、「もう次なんかない!!」って考えると、人間って絶望してしまいますよね。あんまり考えたくはないけれど、自分の寿命とかが解っていたら、人間って未来に希望を持つ、というよりは、「ああ……後何年!!」って、物凄く焦った人生を歩みそうです。

この、「先がある」「次がある!!」という感覚は、人間にどんな影響を及ぼすのか。

それでは続きを読んでいきましょう。

【第14段落】

私たち人間の生はもちろん有限だが、あたかも永遠に続くかのように時に勘違いしてしまうのは、私たちが人生を可能無限ゆえに実無限であるかのように錯覚しているからである。(本文より)

はい、先程冒頭でもお話したとおり、私たちは未来を知り得ません。

知りたい!! と思う人も居るかもしれませんが、私たちは未来を知らないからこそ努力できるし、「どうなるかなんて、分からない!!」と努力を続けられる。

未来が決まっているんだって知ってしまうと、逆に、「ああ、何もしなくても出来るんだ」と思ってしまえばサボってしまうし、「あんな未来しか来ないんなら……何やったって無駄だろう」って、何もかも止めてしまうかもしれない。

けれども、そうやって未来を知ることは出来ない幸運に恵まれている人間は、頑張れる原動力は何なのかというと、そう。有限である筈の人生を、「まだ次がある!!」と思い、本当に無限に生きる時間が続くのだと、誰もが錯覚してしまうところにある。

限りがある筈なんだけど、例えば今十七年とか、十八年生きてきて、八十年を生きることを想像できるかと言われれば、想像なんてほとんど出来ないし、実感なんか湧きません。

そう。

誰もが自分の死に対しては、有限だと分かっているのに、自分の生が無限に続くと勘違いしてしまう。

それは、本来は限りがあるけれとも、膨大であるので「次がある」と思いこんでしまう可能無限の実生活を、神の領域である実無限のように永遠に続くと捉えてしまうことにあります。

【第15.16段落】

「次がある」と信じている限り、人は可能無限の中を生きている。(本文より)

この「次がある!」という感覚。学生ならば、一度は取ったことのある、テストでの酷い点数。

そんなものを取った時は、「次は絶対に頑張る!!」と誓うものです。そして、大抵の場合、この誓いは破られるものですよね……この、誓いを破ってしまうのも、「明日やればいっか!」という感覚です。

日数的にまだ時間はある。テストまでの残りの時間は、確かに有限である筈だし、一日に出来る量なんてたかが知れているのに、未来の明日に全ての責任を押し付けて、今楽をしてしまうのは、時間が無限にある様に感じてしまうからだったりします。(対策、練りましょうね)

それと意識せずとも、自分が可能無限に包まれていると思っているからこそ、人々はある程度の余裕を持ち、目の前の「今、ここ」を楽しんで日々を過ごすことができる。(本文より)

「次がある」「明日やれば大丈夫!」と思うからこそ、人々は余裕を持って「今、ここ」を楽しめる。

明日の時間は限られているし、自分が一日十時間も連続で自主勉強なんかしたことないと分かっている筈なのに、「明日は何にもすることないから、まっ、大丈夫だろ。出来る出来る」と思って、「今、ここ」の時間を楽しむ。余裕ぶっこいて、ゲームだとか、テレビだとか、動画だとかネットだとかを続けてしまう。

えっと、別に責めてはいません(笑)

そうしちゃう気持ちは重々分かっているし、自分も現役の時にそうやってサボっていたなぁ……と、これを読んでいると思い出します。

それが悪い、と言っている訳ではなく、すべからく人間は、そういう性質を持った動物であるということ。筆者は、それを述べたい訳です。

(だからと言って、テストに対してずっとそのままだと手がつけられなくなってしまうので、すぐ対策を立てましょうね。参照⇒今年こそ成績を上げたい人へ〜新年の正しい目標の立て方〜)

【第17段落】

この「次がある」という感覚がもしなくなったとたら。

「次はもうない」と思うと、人間、どうなってしまうのか。

君たち学生は、わっっっかりやすい例示が目の前にあります。そう。普段のテストは、無意識に「次がある」「また今度頑張ればいい」となって、余裕が持てますが、一発勝負の「受験」となったら、どうですか?

余裕、持てますか?




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落ちたら、大学に行けない。自分の希望どうりの道に進めない。そんな人生を歩まなければならない、決定打になってしまう、受験。たった一日で、明暗が分かれてしまい、同じ年には二度と受けられない。体調が悪かったから、次の日に……なんてことはきかないテストです。

そうなると、受験の前の心境や、体調。精神状態はどうなるのか……

「次がある」と思っているテストとは、明らかに違いますよね。

そう。人間って、「次はもうない」という状況で生きられるほど、強くないんです。

可能無限の中に浸る。それは、一つの甘い忘却であるかもしれないが、その忘却ゆえに無限の幻想を抱くからこそ、人間はゆったりと精神活動を営むことが出来るのである。(本文より)

この、精神活動とは何か。

精神活動と問われると、心理学だと思ってしまう人がいるかもしれませんが、精神活動と定義されているのは、脳のなかでも前頭葉。私たち人間のおでこの裏側にある脳の最も発達した部分と言われていて、理性や感情。知性を司る部分の活動のことを言います。

つまり、勉強したりとか、研究したりとか、クリエイティブな活動をしたりとか、物を考えたり、それを文章に書いてみたりと、食べたいと思ったり、寝たいと思ったりする、動物的な本能に近い部分とは違う、人間らしい部分の活動のことを言います。

その活動も、「私たちの人生には、限りがあり、次はない」という現実ではなく、「次があるんだ」とある意味思い込むこと。現実を無意識に忘れることで、精神的な余裕を持ち、このような知的活動に勤しむことが出来る。

そう。私たちが知的な活動をするためには、この精神的な余裕。所謂、リラックスした状態、というのが必要不可欠なのです。

切りがいいので、今日はここまで。

明日は、脳科学者、茂木さんの真骨頂。脳の構造のお話へと、移っていきます。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

続きはこちら⇒可能無限 解説 その6


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