可能無限 解説 その6


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「可能無限」解説、その6。

ここから、脳科学者である筆者の真骨頂である、脳の話に移っていきます。

「無限のことを話していて、何故脳の話に繋がるんだ?」

と思うかもしれませんが、筆者は脳の話をしたいが為に、「無限」を話題に挙げているのです。

このように、筆者の専門分野が解っていると、それとは全く違う切り口から話しの内容が始まっていても、必ずその筆者の専門分野に通ずるはずだと頭に置いておくと、予想がついて楽です。

筆者はむしろ、自分の専門分野で語りたいことがあり、それを最初から全開で書いてしまうと、読者の人達が付いてこれない。又は、分かりにくいだろうという考えから、全く違う分野の話(此処で言うのならば、地球は大きい、巨大であるという話)から、始めるのです。

一般的に全員が解っている話を切り口にして、専門分野に繋げていく。

その専門分野は、必ず筆者の専門分野です。模試でも注釈や説明部分に、筆者が専門としている分野の説明は必ず何処かにあるので、チェックするのを癖にしておくと、評論文が読みやすくなります。

では、続きに行きましょう。

人間は「次がある」と思うと、余裕が生まれ、ゆったりとした精神活動が営むことができる、という論理の筆者の意見。

この「次がある」=「可能無限の世界」がどう、脳と繋がっていくのか。

続きを読んでみましょう。

【第18~22段落】

脳は遺伝か環境かと良く聞かれる。(本文より)

これは、筆者ならではの台詞ですね。

脳科学者である筆者に対して、このような質問が良くあると言う事は、それだけ皆が脳の成立。つまり、どれだけ処理能力が高く、専門的な分野に秀でる脳になるためには、遺伝的な素質が必要なのか。それとも、生まれた後の後天的な影響。つまり、環境が優秀な脳を作り上げるのか。

それを、皆が知りたいと思っている。

その疑問が、筆者には集中しているのでしょう。だって、私も茂木さんに直接質問できるなら、是非訊いてみたいことです。

-脳は遺伝か、環境か-

 

どのような立場を取るにせよ、肝心なのは、たとえ遺伝の影響があるとしても、それだけで脳の行く末が決まってしまうわけではないということである。(本文より)

色んな意見は有るから、一概にこうだ!! とはっきり明言は出来ないけど(だつて、まだ研究途中の分野でも有るから)、取り敢えず色んな立場から考えて確実に言えることは、遺伝だけで人間の能力の全てが決まってしまうわけではない、ということ。これが筆者の言いたいことなのでしょう。

「えーっ……そんなこと言っても、俺(私)が頭悪いのは、お父さん(お母さん)のせいだよ!!」

という子が実際に居ますし、そう言いたくなるのも解る様な気がするのですが、歴史を振り返ると、これって結構当たっていたりするんですよね。

どう考えたって、天才の両親から生まれた子供は天才、だと思っちゃうじゃないですか?

けれど、歴史的にはそんなことはなく……例示としては、古代日本の天才的天皇と言えば、天智天皇、天武天皇、持統天皇の三代です。その天武と持統の子供である、草壁皇子は、超天才……だと思うじゃないですか?

日本史を勉強している人は解ると思いますが、この草壁皇子。政治家としての能力は本当に低く、武の方面でも秀でることはなく、最後はノイローゼになって発狂死をしたとも伝えられている天皇です。

世界史でも、優秀な人の息子、娘は優秀であるはずだ!! と思いたいのですけど、そうならない。

逆に、世界的な発見をし、世界を変えてしまったとも言われる、ガリレオ・ガリレイや、進化論のダーウィンなどは、その両親が優秀だったかどうかは、知られてはいません。

と言うことは……

多少の影響は確かにあるけれども、それだけで脳は決まらない。




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逆に言うのならば、後天的な努力次第で脳は幾らでも発達させることが出来ると、間接的に筆者はここで述べているのです。

-完成がない、脳-

脳は生きている限り、ずっと学習をし続けている。その意味では、脳の「完成型」はないのである。(本文より)

「完成」をしない、ということは、ゴールがないという風にネガティブに捉える人も居るかもしれませんが、完成型が存在しないと言う事は、常に発展し、成長し続けているのだと、捉えられます。

最近、スーパーエイジャー(Super Agers)という人達が存在する、という論文を読みました。

年齢が65才以上なのに、脳細胞の年齢は20代とほぼ変わらない若々しさを保っている、というとんでもない人達。

その人達の特徴は、記憶力がとても高く、好奇心が強くて、行動力に溢れ、いろいろな新しい体験を積み重ねていく、というものがあります。

常に新しいものに触れる。常に、「次がある」という、新しいものに触れていく。

あれ? 何か、茂木さんの評論文の内容と、とても似ている部分があります。

完成がない。常に学び続けている。その脳の性質を、習慣的に促進してあげることで、脳の細胞は若いままに保たれる。

そう。脳って、「これで終わり」が本当に無いのです。

どれほど成熟しても、必ずその次の発展段階があるというのが、脳の実相なのである。(本文より)

これはとても素晴らしい脳の機能です。

成熟し、いわゆるベテランと呼ばれる人達の考え方が固執してしまうのは、逆を言うのならば、変わらない環境で変わらない仕事をし続けているから、とも言えるわけです。

人間は、同じ作業に慣れてしまう。けれど、違うものに触れ、違うものを取りこもうとする時、脳は成長し続けてくれる。

-脳は可能無限的存在-

何歳になっても、どれほど学習を積み重ね成熟したとしても、必ず「次がある」という点において、脳は可能無限を体現している。(本文より)

もういい!! っていう点がない。到達点がない、と言うことに対して、げんなりする人も居るかもしれません。それって、多分、嫌いなことに対してです。

けれど、好きなことだったらどうでしょうか?

例えば、ゲームが好きな人なら、絶えず面白いゲームが次々プレイできて、自分のプレイのうまさは、どんどんあがっていく。これ以上あがらないなんてことは、存在しないと言われているのです。

レベル100。HP9999。とか、最高値ってありますよね。けれども、その最高値がない。やればやるだけ、上がり続けていく。成長し続けていく。

それって、言葉を変えれば、好きなことで延々楽しみ続けることが出来ると言うことです。

所謂、このスーパーエイジャー。

共通していたポイントは、「困難なことに挑戦すること」「成功するか分からないことに、チャレンジすること」です。

それを読んだこともあって、私も「何か困難なことにチャレンジしてみようかな」と思い、超苦手教科だった高等数学をやり直してみました。(参照⇒数学のススメ ~数学偏差値学年最下位だった私が、高等数学をやり直したわけ その1~)

そして、去年一年でなんとか数Ⅰ、数Aをやり終えたのですが、素直に楽しかったし、もちろん出来ない部分は沢山ありましたが、ひとつ手に入れた感覚は、最初から上手く出来ないことに対しての、対処法を学びとることが出来ました。

諦めて投げ捨てたり、それを嫌いで嫌いで仕方がないものを、努力と根性でねじ伏せて乗り切るのではなく、苦手なものと仲良くなる方法を学び、最初に全て出来ない自分を許すことも覚えられました。

最初に全て出来なくてもいい。大丈夫。出来ることをひとつひとつ積み上げていけば、必ず分かる様になる。出来るようになる。と言い聞かせ、自分を責めずに許して向き合ってみたら、出来ない問題で出てきたとしても、そんなに嫌な感覚を覚えることも無く、「さて、これはどうやって解くんだったっけ?」とチャートを何度も読みこんでいくうちに、勝手に公式を覚え始めると言う、高校現役時代には全くやらなかった方法で、今年度のセンター試験。もちろん、プレッシャーが全く無い状態ですが、自力で全て数学の問題を解けたことは、とても嬉しかった経験です。

今年、数Ⅱ。数Bを学べれば良いなぁ、と思いながら、毎日30分。地道にやり続けています。亀の歩みですが(笑)それでも、一ページでも進むと、やっぱり嬉しい。だから、続けられる。何かを得ていると言う実感が嬉しくて、次をしようと思えてしまう。

そんな感覚を持てるのが、脳、という機関の特徴なのだと。

この茂木さんの文章を読んでいると、「どうやって勉強をし続ければ良いのか」そして、「勉強をし続けることの意味」というものも、同時に学べるような感覚がします。

生きていく上で、困難なことに挑戦し、失敗を重ねても「次がある」と学びを得ていく。そうやって成長できる部分が、脳にはあるのだということ。

その具体例を、評論はこの続きで挙げています。

今日はここまで。続きはまた明日。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

 

続きはこちら⇒可能無限 解説 その7


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