運を味方に~運の神様に味方してもらう方法~


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

とうとう明日はセンター試験当日。今夜は眠れない人もいるでしょうし、緊張が襲ってくる瞬間もきっとあると思います。

それに、日本海側を襲った猛寒波。冬将軍さん、そんなに本気出さなくて良いですよと思いながらも、何故よりによって今週なのかと呪いたい気分になるのが、とてもよくわかります。毎年毎年、センターの前後って降りますよね。冬将軍さん、狙っているのかと思いたくなるぐらいです。

さらに、雪に慣れているはずの新潟で、電車が15時間も立ち往生する事態に。豪雪地帯で、雪に対する備えがきっちりと出来ている地域であっても、自然の脅威には逆らえないのだなと改めて思います。

で、今回はそんな突発的に不運に見舞われた時に、どう考えるのが良いのか。不運だと思う時ほど、運を味方につける方法を解説します。

最悪だ、って思いたくなる時ってありますよね。

【運は常に平等に降り注いでいる】

以前、『運も実力のうち』は本当? 運が良い人の考え方 でも書きましたが、運という物は、常に私たちの上に降り注いでいます。

不運だと思っている人にも、運が良いと思っている人の上にも、常に平等に出来事は起こっている。

その事実を明らかにしたのは、リチャード・ワイズマン博士です。

彼は運が良いと自称している人と、不運だと歎いている人を集め、本当にそうなのかを立証するために、様々な観察を行いました。

そして、良い出来事も悪い出来事も、運の良い人も悪い人も、同じ数だけ起こっているという事実を突き止めたのです。

【起こった出来事を判定しているのは自分】

運が良いというのは、どういうことなのか。

例えば、出掛ける時にいつも晴れだという人もいれば、自分が何か大事な時に出掛けると、大概雨になるという人もいます。

けれど、場所が違えば晴れであることが常に良いとされているわけではないし、雨が降った時の方が運が良いと判定される時だってある。そして、天気や自然は、そんな人の思惑とは全く無関係に動いています。

単に人間が。その現象を受け取るこちら側が、その現象をどう判定するかによって変わってくるのです。

人というのは不思議な存在で、悪いことを見つけようと思ったら、際限なく見つけられます。ケチをつけようと思えば、いくらだってつけられる。

そう。其の人の中では、全ての物事に「ケチを付ける」という考えが、既に頭の中に出来あがってしまっているのです。

だからこそ、運のいい人も、逆に決めてしまっているのです。

全ての出来事は私に都合よく出来ているのだ、と。

 

【どんな時でも良い面を見る】

運を味方につけられる人というのは、どんな時でも物事のいい面を見ようとします。

逆に言うのならば、決めてしまっているのです。

私に起こる全ての出来事は、都合よく出来ている、と。

そんなの思い込みじゃないかという批判もあるかもしれません。ただの、考え方だけで、本当に不運なこともある筈だ、と。

確かに絶望的な出来事、というものもあるかもしれません。けれど、運の良い人、というのはそういう時でも、希望を見つけられる人です。

見つけようと、努力をする人です。

私たちの脳は、先天的に否定的に出来ています。ネガティブに考えるように、もともと出来ている。だから、努力を続けていかないと、私たちの脳は後ろ向きに物事を捉えるように出来あがってしまうわけです。

だからこそ、運の良い人は。良いところを見つけようとする人達は、貴重です。だって、誰よりも努力している人だから。

放っておいたらネガティブに考えるところを、いいや、そうじゃないと言い聞かせ、いい部分を探そうとする。

大雪に関しても、雪国の交通機関って素晴らしいです。降った初日は乱れますが、二日目、三日目になると問題なく動いてくれる。その背景には、ダイヤ運行をみださないようにと頑張っている人達の努力があるからです。




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特に明日はセンター試験。

恐らく、職員さんは始発から動かせるように、必死になってくれているはずです。

それを考えて、早めに準備すれば、試験会場に行けることを幸運だと感謝できる人と、大雪を不運だと歎き、下を向いて溜め息を吐いている人と。一体どちらに神様はほほ笑んでくれるのか。

そして、本番の当日ではなく、一日前に降ってくれてよかった。その分、覚悟して、早く出れる準備が出来ると思える人が、運のめぐってくる人です。

【どんなに恵まれてても不幸であると思ったら不幸になる】

人って不思議です。

どんなに恵まれた状態であっても、不幸になろうと思えば簡単に不幸になってしまう。けれど、絶望的な状態でも、楽しさを見出して生きようとする力を蓄える人も、いる。

古典の中に、その代表格な不幸に転がり落ちている人がいます(笑)

その名は、光源氏の君。言わずと知れた、「源氏物語」の主人公です。

彼は、天皇の息子として生まれ、生まれた瞬間から凄まじい美貌と才能、そして生来の人懐っこい性格の為に、周囲に愛されまくります。

身分も、財力も、容姿も、才能にも優れている。非の打ち所がない、正真正銘の貴公子です。これ以上なんか求めたら駄目だろうってぐらい、恵まれている。

けれど、彼は生涯不幸なんですよね。

僕は不幸だ……と、ずっと言い続けている。好きな人とは絶対に結ばれないし、誰も本当の僕を愛してなどくれないと、次から次へと女性を渡り歩きます。

おいっっ!! と後ろから蹴りを入れたくなるぐらい酷いこともするんですけど、容姿で全て許されるという、何とも言えない人生を送ります。源氏の不幸って、むしろ恵まれすぎている事なのかなぁ……と思っちゃったりするぐらいです。いや、本当に。

あなたは、どうですか?

物事の、良い面、悪い面。どちらをいつも、見ていますか?

【「良かった」と思おう】

取りあえず、良かったと、無理矢理でいいから口にしてみてください。

本当に無理矢理で良いです。取りあえず、言っちゃう。口にしてしまう。

不思議とそうやっていると、その後に「良かった」部分を探せるものです。どんな時でも、どんな状況でも、次の手は。打てる手は、ちゃんと残されている。

難しい問題にぶち当たったとしても、ラッキーと思う。

簡単でも、ラッキー。難しくても、ラッキー。

何かしら、良い点ってあるものです。

悪い部分に目を向けそうになった時、いい部分を探してみてください。絶対に、あるだから。

明日、全ての受験生にとって、満足のいく試験になることを祈って。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

 


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