小説読解 ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」その3~主人公の人格を推察する~


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

子供たちは読解能力と言うと、途端に目を曇らせるけれど、「人の気持ちや性格を早く理解することが出来る力」というと、目を輝かせます。

中学生になってくると、複雑な人間関係や、自分という自我の芽生えとともに、周囲に対する疑問や興味。理不尽なことに対する反発など、様々な感情が渦巻くもの。そんなときに、自分の感じているそのもやもやを、小説の登場人物に投影して理解したり、相手を知る方法を学びとるには、国語が最適です。

当たり前のように過ぎ去ってしまう出来事に目を向ける。完璧である必要はありません。むしろ完璧でない方が、国語の能力は伸びます。

【考え方の方法を学ぶ】

読解能力をつけたいのなら、とても簡単。

「何故、この人はこんな行動をしたのだろう」
「それを行うことによって、何の利益が発生するのだろう」

単純ですが、この質問を常に問いかけること。それだけで、多くのことが解ります。

よく、「考えなさい」と言われることがあると思いますが、「考え方」を学ぶ機会はとても少ないです。

考えるとは、どういった行動を取ればいいのか。そう疑問に思ったことがあるのならば、まず、「何故」「どうして」「どんな利益があって」という、3つを常に登場人物に問いかけてください。多くのことが見えてくると思います。

例えば、昨日のエントリーで書いたことですが、告白をするのは、他人に自分を理解してもらい、共感を得たいから。そして、自分を解ってもらうことで、「それは仕方がないよ」と許され、癒されることを期待している部分があります。問われて答えるのではなく、自分から喋る場合は大抵一人で抱えきれなくなっていることが多く、誰かに話したい。話して楽になりたいと思っていることが殆ど。楽になるとは、知っている人が自分以外にも居るだけで、頼もしく、安心できる心地です。ということは、聞いた相手は聞き入れてくれる。受け止めてくれる人を、ちゃんと人間は選んでいるのです。

利益とは、何も金銭的なものに限りません。

相手の笑顔であったり、温かな言葉であったり、共感、連帯感などのものも、ちゃんと利益に当たります。

ただ、一緒に居るだけでも楽しい、のも立派な利益。

人間は論で動かず、利によって動くと言ったのは、坂本竜馬。

人物を図る上で、推察するのに一つの指針となるでしょう。

【主人公の行動を細かく見る】

この主人公を語る上で、とても注目して欲しい部分があります。

闇に溶けた男性が語りだす過去話。その中で、蝶がとても好きだったことに最初は大半の文章が使われています。

羽の模様を見るとうっとりする。何時まででも見ていられる感覚にとらわれて、珍しいもので無くとも良かったから、蝶の姿を見続け、それを自分の物にする捉える瞬間の興奮がつづられています。

遊びに熱中して我を忘れてしまう。誰にでもあることで、珍しいことではない。ただ、この彼の場合はその対象が「蝶」というだけだった。たったそれだけのことです。

けれど、ここで押さえておきたいポイントは、蝶ならば、なんでも良かった。珍しいものでなくとも、その模様を見ているだけで満足していた、という部分です。

最初のスタートは誰でも純粋だったという証拠のようなものでしょう。けれども、ここからこの少年は変わっていきます。

【少年の変化】

過去話は更に続きます。

彼は両親が立派な道具を与えてくれなかったこと。そして、自分の収集を粗末な段ボール箱に入れていたことを続けます。

そして、最初の頃はその収集を喜んで友人たちに見せていた、と。

宝物を見せる男の子の心境です。「ほらっ、見て!」と目を輝かせながら、自分の収集した蝶を彼は見せていたのですが、あることに気が付きます。

周囲の友人たちは、とても贅沢な収集品を持っていた。ガラス製のふた付き箱や緑色のガーゼが張られた飼育箱。何もかも、自分の段ボール箱の収集品とは似ても似つかないものです。

少年は、何時しか自分の収集を見せることをやめてしまいます。

あまりに幼稚な自分の収集用具。珍しくもない、蝶の種類。

「自分の幼稚な設備を自慢することなんかできなかった。」(本文)

ここで、ポイントです。




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・最初は蝶であるのならば、珍しいものでなくとも良かった。

・友人に喜んで収集物を見せた。

・友人たちの豪華な設備に引け目を感じた。

自慢することが出来なかった。

大きな変化です。

最初は眺めているだけで良かった蝶が、自慢するものになっていった。捕まえることや、眺めることが目的なのではなく、それを所有していること。持っていることを自慢し、「わぁっ、凄い!!」と驚かれること。称賛されることが目的となっていく。

現代社会でも問題になっている、SNSでの承認欲求と近いものがあるでしょう。

褒められたい。認められたい。それは、人間として持っていて当たり前の感情です。けれど、それが目的となってしまった瞬間。何かが狂っていく。

少年の行動も変わります。

自慢できることが目的で、相手からの称賛を得たいがために、蝶がただの道具になっていく。

それが、見せる相手の変化からも読み取れます。

「重大で、評判になるような発見物や獲物があっても、ないしょにし、自分の妹たちだけに見せる習慣になった」(本文)

重大で評判になるような珍しいものでも、内緒にした。

これは何故なのか。

たとえ、捕まえたものが珍しかったとしても、自分の設備は幼稚です。友人たちの物とは、全然違う。負けている。引け目を感じるから、見せたくない。むしろ、秘密にしておきたい。

こんな凄いものを僕は持っているんだぞという、秘密にすることで友人たちに対し、優越感を得たい心境も、うっすらと見え隠れします。設備は君たちの方が凄いかも知れないけれど、物は僕の方が素晴らしいんだと。

そして、その獲物に自信があるのならば堂々と見せればいいのにという疑問がありますが、友人たちには多分称賛されないだろうという不安があったのでしょう。

蝶ではなく、自分を褒めてほしい。称賛してほしいという気持ちが読み取れます。

だから、見せる相手を限定しました。手放しで自分のことを褒め称えてくれる妹たちだけに限定したのです。

【人は変化するもの】

歴史を勉強すると、権力を握った途端に堕落していったり、道を誤ったりする権力者は数多く居ます。

人は、変わる。良い意味にも、悪い意味にも、変わってしまいます。

この主人公の少年も、最初はただ純粋に蝶を追いかけるだけで。その翅の模様を見ているだけで、それだけで良かったのに、友人の設備と比較し、凄いと褒められることを期待するようになっていき、蝶を眺める、という目的が、自分が称賛を得るための手段に変化していきます。

この少年は、とにかく自慢したかった。褒められたかった。蝶は、そのためのただの道具に成り下がってしまっていた。

おそらく、無自覚でしょう。この過去の話をしている今でも、気が付いていないのかもしれません。そんな無自覚さが、ある悲劇を生みます。

憎むべき、そして称賛に値すべき隣人の子供。エーミールの糾弾によって、化けの皮が剥がされていきます。

続きはまた明日。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

 






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