こんにちは、文LABOの松村瞳です。
今日は、新年らしいおみくじの話。初詣でひいた人も多いと思うのですが、大吉でしたか? それとも、凶が出ちゃったり、小吉とか末吉とかでしたか?
個人的に、神社に参拝に伺った時は必ずおみくじをひくようにしています。単純に好きだという以上に、その時その時のおみくじに載っている、和歌や漢詩を読むのがとても好きだからです。
吉や凶のランクよりも、その前に載っている和歌や漢詩。これは何故なのか。あなたは、今年ひいたおみくじに、どんな和歌が載っていたか、覚えていますか?
【おみくじの歴史】
おみくじの歴史は古く、その由来は太古の昔までさかのぼります。
古代の時代。恐らくは、卑弥呼の時代から、くじは存在しました。今のように気軽な庶民の楽しみとしてではなく、国の祭事や、次代の国の後継者。つまり、帝や皇太子を選ぶ際などにも、このくじが使われていたのです。
つまり、くじ=神のお告げという意味が強かったのです。
自分達で決めると、色々ともめ事が起こるだろう。ここは、神様に決めていただこう。
そんな風に、どっちを選んでも困るような出来事が起こる時は、人は選択を偶然に任せたのでしょうし、それが一番争いの起こらない、決着の仕方だったのでしょう。
【神様のお告げは抽象的】
くじ=神のお告げ、神様からのメッセージ、とするのならば、そこに書かれているのは、個人個人の具体的な悩みに合わせた物ではなく、まとめられた物としてお告げをする、という形が取られていきました。
そして、その神からのお告げの形を取ったのが、和歌なんですね。
夢の中で、神から和歌のお告げをいただいた、という話は古典の中に多くみられるものです。夢に神様や仏様が出てきて、お告げをすることが多かった古代。
その感覚が、神のお告げとして使われていたおみくじにも使われるようになり、抽象的なその歌を、人間が自分の状況と照らし合わせて解釈する、という流れが一般的となりました。
【おみくじで重要なのは、和歌・漢詩の部分】
なので、おみくじで読んでほしいところは、吉や凶よりも、この和歌の部分。
大抵、和歌や漢詩が書いてあり、その解説がおみくじの上に書かれています。
吉であったしても厳しめのことが書かれていたり、逆に凶だったとしても、温かい言葉が書いてあったりします。
和歌や漢詩は神様や仏様からのメッセージ。
そう受け取って、この2018年の自分のテーマだと思うと、また違った意味合いでおみくじを楽しめると思います。
和歌の意味が良く分からない、という人は、是非調べてみてください。大抵は御製(帝が読んだ歌)だったり、歴史的に有名な人が読んだ歌が書かれている事が殆どです。
【おみくじは結ぶ? それとも持って帰る?】
新年でひいたおみくじの内容を、もうすでに忘れてしまったという人もいるかもしれません。
あるいは、結んできてしまったという人もいるでしょう。
これはどちらが正しいか、というと、どっちも正しいというのが、本当です。
くじを神様からのメッセージと捉えると、もう読み終わったからといって、捨てるのも忍びないですよね。だから、それをどうしようかと迷った人々が、「神様の御言葉を縁にする」「縁を結ぶ」という意味で、江戸時代から流行った風習であり、現代にまで残ったものです。
確かに、おみくじをどう処理して良いのかは、迷いますよね。
人によっては、悪いことが書かれていたら、「気を付けます」という決心の許に結び、良いことが書いてあったら、何度も読みたいので持ち帰って大事に保管する、という人も居ます。
【たとえ悪いことが書いてあったとしても、物事は受け取り方次第】
よく、授業で話している事なのですが、物事には両面があります。
良いことだと思っている事でも、悪いことは絶対にあるし、逆に最悪だと思っていたとしても、良いことという見方は、絶対にあるのです。
大吉が良い、という風に思うかもしれませんが、今が一番最高の運気、と言うのならば、逆に言うと、「後は落ちるだけ」とも言えるわけです。
逆に
大凶で最悪だ! と思っていたとしても、転じれば、今がどん底なわけだから、ここからは上がるしかない。良いことしかやってこないのだと受け取ることもできるわけだし、そもそも凶なんて滅多にひかないものを引き当てたわけですから、逆に人と違う、という意味で運が巡ってくるかもしれません。
更に言うのならば、いい時だけ良い顔を見せて、耳に痛いことを指摘したらそっぽを向く人に、神様が味方してくれるでしょうか?
意外に神様って、心が狭いかもしれませんよ?(笑)古事記とかを読むと、普通に兄弟げんかしてますからね。天照大神(姉)と、須佐之男命(弟)が。
【おみくじの楽しみ方のおすすめは】
これは個人的なおすすめの方法なのですが、御朱印帳ならぬ、おみくじ帳を私は個人的に付けています。
お気に入りのノートに、ひいた寺社仏閣名と、年月日。簡単なその時に悩んでいたことや願ったこと。そんなことを書いて、おみくじを貼っておく。
そうすると、振りかえった時に、不思議と「ああ、当たっているなぁ……」と思えたり、ひいたときとは違った感覚で読み直せたりしますし、和歌や漢詩の意味を調べ直す時にも役に立ったりします。
その時の一瞬の楽しみではなく、自分の気持ちで違うように読みとれたりする変化も楽しめるので、むしろ厳しめのことが書かれている時ほど残した方が、後から読みなおすと意外な発見があって、とても面白いですよ。
その時々の、一瞬の運だめしを楽しむだけでなく、神様からのお告げだと思って日記を書きとめておくと、たとえ凶であったとしても自分に対する戒めとして使えたりする時もあります。
耳の痛い言葉ほど、後から大事だと思う事って、多いですものね。
【おすすめおみくじの神社】
日本全国全ての寺社仏閣でおみくじをひいたわけではありませんが、「耳が痛い」「厳しいなぁ」「でも、ためになるなぁ」と思うおみくじをひかせてもらえるのは、石川県白山市にある、白山比咩神社。
自分で筒の中から出で来る棒をひいて、番号を巫女さんにお伝えすると出してもらえるおみくじなのですが、超厳しめです。「うっっ」と心にぐさっ、とくる容赦なしの言葉ですが、神様からの言葉って、それぐらい厳しいぐらいが、背筋がのびていいのかもしれません。
だって、自分の悪い部分を自覚しているのだから、胸に突きささる。聞きたくない、痛い言葉って、直さなきゃならない自分の悪い部分だと自覚している場所です。
だからこそ、私はここのおみくじに惹かれるのかもしれません。
もし、御縁がありましたら、是非参詣した時におみくじをひいてみてください。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
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