小説読解 夏目漱石「こころ」その3 ~女の嫌いな特徴からみる先生の愛~


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「こころ」解説その3。

今回は、昨日からの続きのシーンです。Kとお嬢さんとが連れだって歩いている場所に遭遇してしまった先生。居てもたってもいられず、すぐに家に帰ります。

【先生の嫌いな女の特徴】

帰ってきた先生は、すぐさまKに質問します。お嬢さんと一緒に出かけたのか?と。

どんな態度で聞いたかは、先生の視点でしか書かれていないのでわかりませんが、演技が出来るような器用さはあるとは思えない人です。

なので、恐らく必死に。問い質すような状態であったことは、予想がつきます。

たまたま出会っただけだとKからあっさり答えられ。その答え方があまりにもあっさりしていたから、先生はそれ以上問いかける事が出来なくなってしまいました。

しかし、食事のとき、またお嬢さんに向かって、同じ問いを掛けたくなりました。するとお嬢さんは私の嫌いな例の笑い方をするのです。そうしてどこへ行ったか当ててみろとしまいに言うのです。その頃の私はまだ癇癪持ちでしたから、そう不真面目に若い女から取り扱われると腹が立ちました。(本文)

私の嫌いな例の笑い方、と書いてあります。ですが、具体的な笑い方は詳細には書いてありません。あるのは、「どこに行ったと思う? 当ててみて」と、笑いながらお嬢さんが言ったという描写のみ。

癇癪持ち、とは怒りやすい。激昂しやすい、ということです。

その態度にカチンときた。不愉快になったと書いてある。

問いかけたくなった、と書いてあるだけで、実際は問いかけたとは書いてありません。けれど、お嬢さんの方からそれを口にするということは、態度やその前後の話で、Kとお嬢さんの二人がどこに行ったかを先生が気にしている事は、バレバレだったのでしょう。

だから、お嬢さんの方から、「どこに行ったと思いますか?」と水を向けられているわけです。

けれど、先生はカチンときている。つまり、自分が問いかけてもいないのに、心を読んだように先取りして問いかけられたことが腹立たしくてならないのです。

不真面目に若い女性から取り扱われること。つまり、年下の女性にからかわれることが、嫌だった。人に馬鹿にされ、面白そうに扱われることが嫌だったのです。

若い女性としてお嬢さんは思慮に富んだ方でしたけれども、その若い女に共通な私の嫌いなところも、あると思えば思えなくもなかったのです。(本文より)

若い女に共通した先生の嫌いな部分は、自分の言い分を真面目に受け取らない。あまつさえ、時にこちらの心を見透かしたような言葉を言ったり、からかったりする。それがまるで自分の反応を面白がられているようで、腹が立って仕方がない。

逆の立場からみると、全くと言って良いほど違う風景が見えてくるはずなのですが、この時の先生は唯、からかわれるのが嫌だと、それだけを思っているわけです。

【Kへの嫉妬とお嬢さんの技巧】

そうしてその嫌いなところは、Kがうちへ来てから、初めて私の目につきだしたのです。私はそれをKに対する私の嫉妬に帰していいものか、または私に対するお嬢さんの技巧と見なして然るべきものか、ちょっと分別に迷いました。(本文より)

お嬢さんが先生をからかうようになったのは、Kが下宿にやってきたからだと書いてあります。

Kに対する嫉妬。お嬢さんがらみで、嫌な部分が良く目に着くようになった。それが嫉妬、と書かれているので混乱しますが、話は単純です。

嫉妬は、相手の方が良いなと思う時に、出てくるものです。

そして、先生は女性から。特に若い女性。お嬢さんからからかわれるのが嫌だった。かっこいい自分の姿だけを見せていたかったのでしょうね。からかわれる、情けない自分を見せたくはなかった。

ならば、Kはそういう態度を見せていなかったということになります。もしくは、Kは本当にお嬢さんと仲良く過ごしているように見えた。からかわれているようには、見えなかったとすることもできます。

同じようにからかわれていたのか、からかわれていなかったのかはわかりませんが、Kは殆ど態度を変えなかったということなのでしょう。何を言われても、問いかけれても、平然としている。その平然さが羨ましい。

対し、自分は何かを面白がって問いかけられるたびに、うろたえてしまう。もしくは、お嬢さんが先生だけにからかいの言葉をかけていた、と仮定することもできます。

だから何も問いかけられず、平静な態度を崩さないKが羨ましく、また、いつもと同じような態度でお嬢さんと接している事が本当に羨ましく、仲良さそうに話している事に、嫉妬する。何故自分がこんな情けない姿をさらさなければならないんだと、悔しがる。

お嬢さんと外で仲良く歩いていても平静としているK。その態度に嫉妬したからこそ、お嬢さんの嫌な部分が目立つようになった。つまり、からかわれている。蔑(ないがしろ)に扱われていると感じる事が多くなったということなのでしょう。

そして、もうひとつの選択肢。先生に対するお嬢さんの技巧、とは、簡単ですよね。

こちらを気にしてほしい。自分を構ってほしいと願う女性が、男性に仕掛けるテクニックのこと。先生に自分のことを気にかけてほしいと願うお嬢さんが、わざとこちらが腹の立つようなことを話しかけ、からかうような態度を見せるのではないか。




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その判別が、付きかねている、ということ。

つまり、前者。Kへの嫉妬ならば、お嬢さんの気持ちはKにあるということであり、後者。お嬢さんの技巧ならば、お嬢さんが先生の事を好きだということが確定になります。

だから、分別に迷った。

そりゃそうですよね。真実が前者であった場合、お嬢さんは自分のことが好きなんだと思い込んで行動したら、結果は見るも無残な状態になるのは予想がつきます。

この先生は失敗することが大っ嫌いです。だから、失敗の可能性。恥をかく可能性が1%でもあったら、前に進みません。進めないんです。

【先生の嫉妬心と愛】

私は今でも決してその時の嫉妬心を打ち消す気はありません。私はたびたび繰り返したとおり、愛の裏面にこの感情の働きを明らかに意識していたのですから。しかも傍から見ると、ほとんど取るに足りない瑣事に、この感情がきっと首を持ち上げたがるのでしたから。これは余事ですが、こういう嫉妬は愛の半面じゃないでしょうか。私は結婚してから、この感情がだんだん薄らいでゆくのを自覚しました。その代わり愛情の方も決して元のように猛烈ではないのです。(本文より)

嫉妬心は愛の半面である。そう言い切っています。

取るに足らない瑣事。瑣末な、日常的な出来事に、どうしても嫉妬が湧き上がってくる。どうにも苛立って仕方がない。それは、猛烈な愛情を持っているからこそ、嫉妬も激しくなる。

大好きだからこそ、些細な事も許せない。取るに足らない事も、許せなくなってしまう。

それは、ほとんど取るに足らない瑣事、とは、Kとお嬢さんが街で偶然出会い、その後共に歩いていたことや、行き先をお嬢さんが詳しく自分に話してくれないことなどです。

その時の、お嬢さんの口調や態度も含まれるでしょう。それぐらい、些細なことを許せなくなった。引っかかってしょうがなかった。

では、先生はどんな時に嫉妬を感じていたのか。

Kとお嬢さんが自分の知らない場所で出逢い、歩いていたこと。
そして、お嬢さんが自分をからかうような言動を取ったこと。

この二つには、共通点があります。

それは、先生の預かり知らぬところで起きている出来事であり、恥をかかされたと(少なくとも先生は)感じている出来事であること。

つまり、先生の立場が蔑にされているのです。自分の立場を軽視されているように感じた。だから、嫉妬をしたのです。

けれど、結婚してからは、お嬢さん。のちの、先生の奥さんとなる静は、一心に夫である先生を第一に考え、愛し続けます。何をするにも、先生が第一。それが揺らぐことは無い状態です。結婚をしたからこそ、誰にも奪われない状態です。

だから、嫉妬も起こり様がない。

そして、嫉妬が薄らいでゆくにつれて、愛情も薄らいでいった。

昨日のエントリーで解説した、欲望の三角形の、自分のものを奪うかもしれない可能性を秘めた要素が無くなったために、然程欲しいと思わなくなった状態です。

つまり、先生の愛情とは、誰かに奪われそうになった時、嫉妬心が半分を占める、相手を欲しいという感情、ということになります。

こう書くと身も蓋もないですが、そうです。この主人公、結構人間臭いし、態度がバレバレな、感情の読みやすいエリート。

子どもかよっ!! と言いたくなりますが、そうです。とっても精神的に子どもなんですね、この先生は。

何故、漱石がこの人物を主人公に据えたのか。

漱石の小説の主人公は、猪突猛進タイプや、正義感が人一倍強いタイプ。または、少し人とは違う感性を持ち得ている人間が多く設定されていますが、それらの主人公と比べて、この先生は普通です。ある意味、俗物と言って良いほどの、真面目すぎるきらいのある、平凡な存在です。むしろ、今まで漱石が主人公として描いてきたのは、Kのような人物であったはず。

なのに、何故敢えてこの先生を主人公に据えたのか。

それは、読解を進めていくにつれて、理解できると思います。

今日はここまで。

明日は先生が何故お嬢さんに告白しないのか、を取り上げます。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

続きはこちら⇒小説読解 夏目漱石「こころ」その4 ~先生がお嬢さんに告白しない理由~


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