小説読解 夏目漱石「こころ」その7~Kの謎めいた行動~


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「こころ」解説、その7.

今回は、Kの謎めいた行動に対して、まとめてみます。

今回取り上げる部分は、大修館書店発行の教科書には載っておらず、筑摩書房発行の教科書には157p~から掲載されている部分です。

こういう、抜粋が切り落とされている部分、そして取り上げられている部分と言うのも、とても興味深いですね。

どうしても教科書と言う形態を取ると、ページ数が決まってきてしまいます。なので、小説を全文載せる事は叶わず、抜粋になってしまう部分が多く有るのですが、ここを抜けると殆どの教科書は共通して全文を掲載しています。

けれど、この何気ない静かな、ある意味では殆ど動いてもいない場所の心理描写から情報を得る事は、読解力に関わってくる部分です。

小さな積み重ねが、のちに大きな違いになって表れてくるように、些細なことに気を配りましょう。

【些細な嘘】

Kの衝撃的な告白の後。正月のあいさつ回りに出ていた奥さんとお嬢さんが帰ってきます。

華やかな雰囲気をまとわせた親子二人。晴れ着を着ている事もあって、とても機嫌が良かったのですが、家に帰ってくると暗い顔をし、言葉少なにうなずくだけの先生とKの態度に、さすがに心配になってきます。

そこで、奥さんは先生に、「どうしたのか」と聞き、どうとも答えようがない先生は、「少し心持が悪いのだ」と答えます。気分が悪い。身体の具合が少し良くないと、咄嗟に嘘をついたのです。

あまり聞かれたくない話題の時、先生はその場をはぐらかす為に嘘を吐いてしまう人だった。これは、重要なポイントです。

人は。特に、小説の登場人物と言うのは、徹底して最初から最後まで、性格は変わりません。変わるのは、考え方や決心後の言動です。なので、大事な場面だけでなく、こうした普段の何気ないエピソードでも、主人公たちの性格、性質を捉えておくことは大事です。

一事が万事というように、小説家はキャラクターの性格を徹底して一定にさせます。その人だったらしない事は、絶対にさせないし、逆に言うと行動を描いている事は、そのキャラクターが当然のように、日常的に行っている事のみです。

先生は返答に困ると、とっさに嘘を吐く人だった。

些細な事ですが、大事なことです。

そして、今度はお嬢さんが同じ質問をKにします。「どうしたのだ」と。

【Kのお嬢さんへの態度】

ここで、興味深い描写があります。

お嬢さんからの問いかけに、Kは短く、「ただ口がききたくないだけ」つまり、「話したくない」と答えました。

逆に言うと、Kは徹頭徹尾嘘をつかない人であった。先生との見事な対比です。

漱石は恐らく、こういう何気ないところでも、正反対の反応をする二人を描いていました。

答えたくないから、という返答は、Kに自覚があるにしろないにしろ、気にしてくれと相手に言っているようなものです。

その素直な返答に更に興味をそそられたお嬢さんは、「何故答えたくないのか」と再度Kに問いかけました。

私はその時ふと重たい瞼を上げてKの顔を見ました。私にはKがなんと答えるだろうかという好奇心があったのです。Kの唇は例のように少し震えていました。それが知らない人から見ると、まるで返事に迷っているとしか思われないのです。お嬢さんは笑いながらまた何かむずかしいことを考えているのだろうと言いました。Kの顔は心持ち薄赤くなりました。(本文より)

全体を通して、唯一Kの恋心が垣間見えるシーンです。

自分が恋をしている相手に「何故話したくないのですか?」と問いかけられ、何かを言おうとしたのでしょう。

例のように、と書いてあるように、Kは何か物を言う時、その前に口をもごもごと震わせる癖があったのです。それは、彼の意志が固く、重いことを示すよう、癖でした。

けれど、それを返答に困っているようだと受け取ったお嬢さんは、明るく笑って、「難しいことを考えていたんでしょ、きっと」とKへの追及をやめました。

その時に、ほんの少し、Kの顔が赤くなったのです。

ああ、そりゃ好きな女の子にこんな質問されたら、どきまぎするよなぁ……と思えるかもしれませんが……ここでひとつ、疑問が。




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なら、何故普段の彼は。特に、この食事の時のKは全くいつもと変わらなかったのでしょうか。

赤くなるのなら、お嬢さんに問いかけられた瞬間からさういう態度が出てもおかしくありません。しかも、書いているのは先生の目を通しての描写です。

Kの態度が気になって仕方がない。もしかしたら、自分の恋の邪魔者になるかもしれない相手の態度です。しかも目の前には意中のお嬢さんがいる。相手の反応を見過ごすはずがありません。

なのに、赤くなった描写はここだけです。

あれ?あっさりしすぎなんじゃないのか?

更に言うのならば、描写は赤くなったと書いてあるだけです。

その赤みが、何が原因で赤くなったかは書いてありません。Kの感情は、全く持って表記されていないのです。

人間の顔が赤くなる時って、どういう時でしょうか?

大きく分けて二種類ですよね。恥ずかしい時と、怒っている時

さて、この時のKはどちらで顔を赤くしたのでしょうか。むろん、答はありません。

恥ずかしかったのなら、お嬢さんに笑われて恥ずかしかった。または、追求されて自分の気持ちが露呈するのではないかと言う焦りから生まれた物、と判断できますが、怒りだとしたならばどうでしょうか?

お嬢さんはKの癖を知らず、言葉を選ぶのに時間がかかっているだけの彼の言葉を待たず、答えを決めつけて軽くからかうような素振りを見せています。

尋ねておいて、最後まで人の返答を聞かないお嬢さんに対し、必死に答えを探していたKはどう思うでしょうか。

ここはテストにはならない部分ですが、気を付けてください。

太宰の「走れメロス」の読解の時にも書きましたが、(参考⇒小説読解 太宰治「走れメロス」その1~あなたは引っかかっていませんか? タイトルの罠~)人はかなり思い込みで物事を判断してしまっている部分があります。また、そうしたくなるのも人間であるが故なのですが、冷静に言葉だけ追ってみると、どこにも「恥ずかしそうに」とか「お嬢さんの視線を気にして」「しどろもどろな態度で」等と言う表記は、どこにもないのです。ただ、心持ち薄赤くなった、と書いてあるだけ。

けれど、その前のシーンがあるが故に、勘違いで受け取ってしまうことが往々にしてあります。特にセンター試験などではこの自己の先入観が大きな敵となって立ちはだかりますので、気を付けてください。そして、目の前にある文章を、素直に読んでください。

【夜の襖越しの問いかけ】

そしてそのまま夜になり、先生とKはお互い自室に戻ります。

けれど、襖一つが仕切りとなって空間を隔てた、殆ど同じ部屋のような状態です。

夕食で気分が悪いと嘘を吐いた先生の許に、奥さんが暖まるからと蕎麦湯を持ってきてくれます。

しかし私の部屋はもう真っ暗でした。奥さんはおやおやと言って、仕切りの襖を細目に開けました。ランプの光がKの机から斜めにぼんやりと私の部屋に差し込みました。(本文より)

大事な描写です。

この襖を隔てたエピソードは何度かあるのですが、光がKの部屋から漏れてくる、という描写はここからです。これが、ラストシーンへの布石ともなっています。

奥さんは先生のようにKの部屋を通り道にはせず、廊下から先生の部屋に入ってきたのでしょうが、明かりがないからと、まだ明かりが着いていたKの部屋の明かりを貰うように、襖を少し開けています。

これは、明治の価値観では当然のことだったのか、少し疑問に思ってしまうのですが、何も声も掛けず、一人部屋の扉を勝手に開けられたら……良い気はしませんよね。

けれど、それをK自身は何も訴えないし、先生も気にした様子すらないし、行った奥さん自身は、都合が良いから、ぐらいにしか思っていない事。この下宿の中での、Kの立場がある意味露骨に表れているシーンでもあります。

明らかに明確な扱いの差があったのだと、解るシーンです。

そして、隣の小部屋から雨水明かりが差し込んでくる描写。それだけで、物が見え、動ける状態であることも、今後の読解を読み進めていく上で、とても大事です。

そして夜も更け、寝床に入っているのに先生は寝付けません。頭の中を、今日のKの告白が占めているからです。

そして、何度かKに他愛もないことを問いかけ、その勢いで問いかけます。

何をしているのだと私は重ねて問いました。今度はKの答がありません。(本文より)

Kの性格を思い出してください。Kは咄嗟の嘘はつけません。返答を誤魔化す、ということが出来ない人間なのです。

そういう人間が黙る。質問に答えない、と言うことは、それは「先生には知られたくない事をしていた」ということになります。

答える言葉を探していたのではと思うかもしれませんが、答えたくない意志表示をするかのように、その後Kはすぐ、布団を押し入れから出して敷きます。その音と気配が、隣にいる先生には伝わってくる。

つまり、「答えたくない」「知られたくない」という、意志表示です。

時刻や、無意味な言葉かけには答えるのに、これだけは返事は有りません。なので、気になった先生は、再度問いかけます。

私は今朝彼から聞いたことについて、もっと詳しい話をしたいが、彼の都合はどうだと、とうとうこっちから切り出しました。(本文より)

おお!! 行動しない先生が、自分からアクションを起こした!!

相当気になって、居ても立ってもいられない様子が伝わってくるようです。それぐらい、もっと詳しい詳細が知りたかった。何のために、は明日解説します。

私は無論襖越しにそんな談話を交換する気はなかったのですが、Kの返答だけは即座に得られることと考えたのです。ところがKはさっきから二度おいと呼ばれて、二度おいと答えたような素直な調子で、今度は応じませんそうだなあと低い声で渋っています。私はまたはっと思わせられました。(本文より)

先生がKの返答は即座に得られるはずだと思っているのは、恐らくこれまでの経験でしょう。腹を割って話したことが何度とある。少なくとも、先生はそう思っている相手です。だから、もっと詳しく知りたい、という自分の要求に、彼はきっとすぐ答えてくれるはずだという頭でいました。

けれど、これっておかしいですよね。

他者の恋の詳細を聞くのは、相手が相談事を持ちかけた時か、それを話のタネに聞き出した時ぐらいです。のろけもあるかも知れませんが、今は割愛して。

なら、もうすでに相談と言うか、告白を受けている先生に、Kはこれ以上何を話す必要があると言うのか。

対し、先生は何故そんなに聞きたがるのか。

Kにとっては疑問でしょう。面白がっていると取られても、おかしくない言い方です。どうしてこれで返答がすぐさま得られると思うのか……先生、あまりにも無神経です。多分、切羽詰まって客観的に自分のことが見れなくなっているのでしょうが、それでも相手に対して礼を失していることに気がつかないまま、先生は「はっ!」とします。

はっとする。はっと思わせられる、は、何かに気付く、気付かされるの意です。

思いがけない出来事に驚く。そして、急に何かの真実に気がついたり、思い当たったりすることです。

また、という表記があるので、一度目はKの恋心の告白を聞いて、はっとし(びっくりし)、今度は、何かに思いついて、はっとしたのです。

何を思いついたのか。

それは、Kが思いの詳細を自分に相談することを渋っている態度から、話す事に抵抗を感じている事を、先生は感じ取ったのでしょう。彼から切り出したことを、こちらは聞くと言っているのにもうそれは良いという態度を取る。それは、もう必要がないからです。

相談をして、腹が決まった。もう行動するだけだから、話を聞いてもらう必要などなくなった、とKが考えているのではないかと先生が推測し、先生が布団の中で驚愕しているのです。

これは先生にとって、とても怖いことです。

Kは猪突猛進タイプ。思い立ったがすぐ行動、の人です。だとしたら、もう明日にはKはこの恋心をお嬢さんに伝え、奥さんに結婚させてくださいと願い出るのではないかと思い付き、どうしようと焦っているのです。

そして、勝手に窮地に落とされたような状況になった先生が、この小説のテーマでもある「エゴ」「エゴイズム」を表面化させていきます。

今日はここまで。続きはまた明日。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

 

 


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