小説読解 ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」その5~行動の矛盾を読み取る~


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

言っていることとやっていることが違う人って、たまに居ますよね。

勉強したい、と言っていて、実は全然やっていななかったり、嫌いと言いつつも一緒に居たり、別に面白くないと言いながらも、動画をずっと延々と見続けたり……

人間は不完全な存在です。病気になるのは辛いから嫌だと言いながらも、どう考えても健康に悪そうな食品を大量に口にすることや、睡眠を十分に取らずに徹夜をしてしまうことなどもあります。

えっ? って思ってしまうようなこと、ありますよね。

 

 

 

 

【矛盾の奥には隠したい醜い願望がある】

この矛盾。

小説の中でも、良く取り上げられます。

中学生の漢文。故事成語で習った、矛盾。意味はつじつまの合わない事。論理性が成り立っていない事、なのですが、矛盾の裏側には、きちんと論理性の通った利益があるものです。

私の矛は何でも貫き通すと言ったすぐ後に、この盾はどんな矛でも防いでみせると言った商人は、つじつまの合わない事を口にしながらも、きちんと道理の通った願望を胸に抱いていました。

「儲けたい! 商品が売れれば、良い。その後のことは俺には関係が無い」

という欲に塗れた願望です。

そういう意味で考えれば、矛盾など何一つない。解りすぎるほどに解りきった、すっきりとした考えです。その欲望を隠そうとするから、話していることに矛盾か起こってしまう。

人は、大っぴらにさらけ出しているものには対して注目しませんが、隠そう隠そうとしていることに、注意が向いてしまう。なので、それを違う部分で隠してしまおうとするから、話に矛盾が生じてしまう。

だからこそ、矛盾が起こっていると小説で気付いた場合はチャンスです。

どこかしらに、隠したい本音が隠れていると思って、間違いありません。

【何故、恨んでいる相手に自分の蝶を見せたのか】

少し考えてみてください。

あなたがとても大事にしているものが、目の前にあるとします。それを誰にだったら、見せたいと思いますか?

大事に、大切にしているものです。見るだけでうっとりとするような、もの。ない子は、苦労してやっと取った100点の答案用紙でも構いません。

それを要求もされていないのに、誰かに進んで見せに行くとしたら、あなただったら誰を選ぶでしょうか?

その選択に、嫌いな人を入れますか?

たまたま偶然ではなく、自分ですすんで見せに行くのです。その相手として、自分が妬み、憎んでいる相手をわざわざ選ぶでしょうか?

そう考えると、この少年の行動の意味が段々と解ってくるようになります。

嫌いな相手に大事な物を見せる理由は、ただ一つ。

相手を、傷付けたいからです。

傷付ける、と言っても、殴ることや罵倒することではありません。

「ほらっ、羨ましいだろう。僕はこんなに良いものを持っているんだぞ!」




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という気持ちが、どこかにある。そして貴重な物を見せびらかし、相手を悔しがらせて羨ましいと思わせたい。嫉妬させたい。もっと言うのならば、自分に注目してほしい。相手をしてほしい。

だから、大切な物を見せるのです。

特にこの主人公の少年は、蝶を取ることが目的ではなく、蝶を見せること。自慢することがすでに目的となっている子です。

自慢したい。自分が展翅した蝶を自慢することによって。その蝶を褒められることによって、自分の価値を挙げたい。蝶ではなく、自分を褒めてほしいと思っているからこそ、自分にないものを全て兼ね備えているエーミールの許へと見せに行ったのです。

彼に認められ、同等の地位を得たいがために。彼に認められたいが故に、珍しい青いコムラサキを見せに行った。

「あるとき、僕は、僕らのところでは珍しい青いコムラサキを捕らえた。それを展翅し、乾いたときに、得意のあまり、せめて隣の子供にだけはみせよう、という気になった。」(本文)

せめて~だけ、という限定の言葉が使われています。何故、エーミールが選ばれたのか。それは、彼の能力に主人公が嫉妬していたことも挙げられますが、多くの友人たちとは違って、彼の道具は質素で貧弱だったから、引け目を感じることが無かったからです。

嫉妬しながらも、どこかで安心もしていた。

彼ならば、他の友人たちとは違って、同じような貧弱な設備しか持っていないのだから、設備の面をからかわれることはないだろう。「こんなものしか持ってないのか」と、言われることはない。その点だけは安心して良い。だって、彼の収集箱も、自分の物と同じように、貧しい、貧弱なものなのだから。

けれど、その彼の希望は無残にも打ち砕かれることになります。

【完璧な少年の欠点】

この主人公の少年は、エーミールを非の打ちどころがない完璧な子供としていますが、そんなことはありません。

どうだと宝物を見せに来た主人公の標本を、こっぴどく批評します。容赦なく、それこそ徹底的に。

一応、最初は褒めてるんです。ものすごく不器用な褒め方ですが、エーミールなりの誠意だったのではないかと。

この子、相当コミュニケーションを知らない子です。

持ってきたコムラサキの標本を鑑定して、「大体、値段はこれぐらいかな」と専門家っぽいことを言って、珍しいねと認めてくれた。ここまでは良いんです。不器用ながらも褒めている。現金の値打ちにするのは、それぐらいしか批評する指標が無かったからでしょうが、貧しいことを非常にコンプレックスに思っていた主人公には良かったのでしょう。

けれど、この後がひどかった。

展翅の仕方が悪い。右の触角が曲がっている、左の触角が伸びている、足が2本欠けている……

そこまで言う? ってぐらい、徹底的に容赦なく、欠点をずらずらと並べていった。しかも、今まで本人が引け目を感じていた設備の貧弱さではなく、技術面に言及していたことが、主人公のプライドをズタズタに傷付けました。

そうですよね。褒められたいと思って見せた相手に、物は珍しくて良いけど、君、展翅の技術はダメダメだね、と言われてうれしい子供が居る筈ありません。頭は良くとも、エーミール。言葉の選び方を知らなかった。(ちなみに友人関係では、悪いところの指摘は、良い部分3対悪い部分1の割合で話すと、相手は聞き入れてくれます。相手に欠点を直してほしいなら、まず良いところを三つ探し出して褒めることが大事)

そして、子供は周囲の大人の行動をまねるものです。エーミールの父親は先生です。人にいろんなことを教えていて、その欠点を指摘する姿を見ていたのでしょう。そのことによって、能力が上がっている人達も見ていたはずです。

だから、アドバイスすることが良いことだと思って、彼はここを直せばもっと良くなる部分を知らせるつもりだったのではないでしょうか。だから、展翅の技術。つまり、努力すればどうにかなる部分を指摘した。

けれど、受け取る方の準備が整っていなければ、そのアドバイスも空しいだけです。

事実、主人公はそう言われて、「よし! 展翅の技術をエーミールに習おう! もっと綺麗に蝶を展翅出来るようになろう!」とは思わず、二度と彼に蝶を見せることはなくなったわけですから、大きなすれ違いがここで起きているのです。

エーミールに認められたい。そして、可能ならば彼に羨ましいと思ってもらいたい。彼の興味を自分に引きたい。

けれども、現実は彼の興味を引くどころか、こっぴどくこちらが傷付けられる結果となりました。

拙い設備であろうとも、自分の努力で蝶を美しく見せることは出来ると、展翅の技術を磨いたエーミールと、貧弱な設備が恥ずかしく、自分よりも同等か下の設備を持っている相手にしか蝶を見せようとしなかった、蝶が自分の価値を高めるための道具になっていた主人公。

このすれ違いとズレが、残酷な、残酷すぎる悲劇を生みます。

この続きは、また明日。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。


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