小説読解 魯迅「故郷」その8 ~まとめ 魯迅が目指したもの~


スポンサーリンク

こんにちは、文LABOの松村瞳です。

今日は故郷のまとめとなります。

この「故郷」を楽しい話として思い出す人は少ないはずです。けれど、1年の時に読んだ「少年の日の思い出」(参照⇒小説読解 ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」その1~情景描写の役割~)を多くの人が覚えているように、嫌な気分になる小説、というのは、小難しい事が書いてあるからではありません。

それは、小説家が狙って、読んだ読者に嫌な気分を味わってほしいから、そのような描写をしているのです。

これは、小説家の根幹と言ってもいいかもしれません。

文は。言葉は、伝達の手段です。人に何かを伝えるための道具です。そして、仮の世界を作り出すことで、小説家が何を私たちに訴えようとしているのか。魯迅の生きた世界の背景を探りながら、解説していきます。

身体の治療も大切。けれど、心の、魂の治療はもっと大切。

【魯迅の生きた時代】

魯迅が生きた時代は、現代を生きる私たちの生活からは想像もつかない、過酷な激動の時代です。

生まれた年は1881年。十代の多感な時期に、家の没落を経験し、日清戦争も勃発。日に日にやせ衰えていく清という国の中で、授業料が必要なく勉強が出来る、という理由で、海軍学校に入学。

そして運良く、当時、最新の西洋医学を中国から近い場所で勉強できる日本へ留学。医学を勉強し、医師を志しました。

けれど、外から自分の国を見てみると、魯迅は段々と疑問を抱くようになっていきます。

自分の生まれ故郷。中国の民衆に必要なのは、身体の治療である医学ではなく、身体よりも心の治療が必要なのではないか。

心の治療、と聞くと、今だと心理学や脳科学、カウンセリングやセラピー、もしくは教育制度、と考えてしまいそうですが、当時にまだそんな学問はありませんでしたし、国家体制として教育機関が中国(清)は非常に限られていました。

そんな中、人々の心を治療できるのは、文学だと魯迅は考え、彼は独学で近代西洋思想を学びます。

【近代西洋思想とは】

中学生には少し難しいかもしれませんが、高校になったら当たり前のように出てくるので、説明をしておきます。

近代、と言うのは、

世界史だと産業革命から第二次世界大戦まで。

日本史では、明治維新から第二次世界大戦までを指す言葉です。

この時に人々が心の中に常識として持っていた思い。抽象的な言葉では、概念と言いますが、それは近代のひとつ前の時代。近世(大航海時代~産業革命まで)で、民衆が獲得してきた権利です。

それは、自由・平等・博愛の精神。

自由とは、身分制度の打破であり、誰もが拘束などされず、何を選択しても良い権利。

平等とは、封建社会の崩壊により民衆が獲得した権利で、人間である限り、誰もが平等に幸せになる権利を持ち、誰にも虐げられない権利を持つと言う事。

博愛とは、博(ひろ)く愛すること。平等な愛。

これは、フランス人権宣言で掲げられたスローガンであり、現代社会システムの基礎ともなっている認識です。

けれど、清朝という、絶対王政の名残がまだ色濃く残っていた国で生を受け、身分制度や、上下関係を絶対のものとして教えを徹底している儒教思想を当たり前の物として受け止めていたはずの魯迅にしてみたら、日本での留学期間に触れた、この西洋思想は、目が覚める思いがしたことでしょう。

封建的な社会が如何に人の精神を歪めるか。

その上に立ったものは、権力をかさにきて威張ることや、物欲の塊のようになってしまい、その下に踏みつけられてしまったものは、個人の自由や権利を根こそぎ奪われてしまい、抵抗できなくなってしまう。

そんな人々を、治療したい。体を治す事も大事だが、心を治さなければと、魯迅は文学の道を志したのです。

【心の治療とは】

魯迅の作品は、「故郷」以外も、「阿Q正伝」「狂人日記」などが有名ですが、どの作品でも、その時代の中国人の民衆の姿を描いています。

かっこいい姿ではなく、「故郷」で読んだように、こうはなりたくないな……という、逆方向に振れる、悪い例示を魯迅は挙げています。




スポンサーリンク


漢文調がまだ残っていたその時代に、話し言葉で小説を書き始め、解りやすく読みやすい文体を心がけ、広く世の人に読んでもらう事を望み、中国の新しい文学活動の一端となりました。

間違いは間違いだと、今までみんなが思っていても誰も口に出せなかったことを記すように、当時の中国の民衆が望んでいた、封建的な人間関係。上下を絶対とし、権力を振りかざして横暴に振舞う人々の姿を徹底的に批判しました。

人間に上下など無い。

身分があるから偉いのではなく、尊敬される振舞いや行動をする人間だけが、人々の称賛を得られるのであって、上下関係を理由に、何をしても良いというわけではない。

魯迅が望んだのは、そんな封建的な人間関係ではなく、人間性の解放です。

「故郷」でも語られた、「新しい関係」。

身分などに左右されず、人は心を通わせることが出来る。身分などに縛られず、自由に自分の人生を選ぶことが出来るのだと。

いや、選べるようにならなければ。間違いは間違いだと、きちんと言えるようにならなければ。

そうなってほしいと願い、魯迅は小説を描き続けたのです。

 

【「故郷」で描いた、嫌な人々の意味】

故郷でも、3パターンの嫌な人々が出てきます。

楊おばさん、ルントー、そして、主人公「私」。

心が離れてしまい、周囲の人々と分かり合えず、孤独の高い壁に阻まれてしまった「私」ですが、その失敗に終わった帰郷の姿を見、心が陰惨な状態になると、人は「そうはなりたくない」と思うものです。

魯迅が目指したのは、身分に縛られない、上下関係に左右されない、人々が自由と平等を謳歌し、その人間性を存分に発揮できる、人々が心を通い合わせることが出来る社会です。

それを実現するためには、先ず自分達の実情を理解し、そして進むべき道を確定するために、先ずは「行ってはならない道」「進んではいけない道」「方向転換するべきだ」という事を、この小説を通していいたかったのではないでしょうか。

 

 

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

 

 


スポンサーリンク



コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください