こんにちは、文LABOの松村瞳です。
メロスの解説を書き始めた時にはこんなに長くなると思っていなかったのですが、気が付けばシリーズとして最長になりそうな予感がします。それだけこの走れメロスって突っ込みどころが多すぎなんですよね。
詰まらないどころか、一つ気が付くと「また??」って思うぐらいいろんな角度から見れて、毎年生徒に解説するたびに様々なことに気が付けるものです。ある意味、太宰の掌で踊らされている孫悟空のような気分ですが、この突っ込みどころの多さ。絶対に確信犯でやっているだろうなと、思ってしまいます。
太宰って、ぜっっったいに性格ねじ曲がっていたんだろうなぁ……(そして、モテそうだよな……)とか、ちょっと思ってしまいます。
そんなこんなで、復路のメロスの解説。もうここまできたら、思う存分突っ込みを入れたいと思います。はい。(ちゃんとテストのポイントは抑えます(笑))
【自然描写は感情を読み取る最大のヒント】
今回のポイントは、関係が無いと読み飛ばしてしまいそうな自然描写です。
国民的な人気アニメのジブリ作品で使われている手法ですが、主人公が何かを起こす時。または、何か印象的なシーンの手前には、必ずそれを予感させる自然描写を取り入れます。
ジブリ作品に多いのは、風が吹く、緑の色が鮮やかになる。光が雲の切れ間から流れ落ちる、晴れる、雲の色が変わる(白→黒、黒→白)などなど。
これらに共通するのは、全て主人公自体には影響を及ぼさないものであることです。
たとえば、部屋の中に居たら、雨が降っていてもさほど影響は及びませんよね。びしょぬれに濡れたりはしない。行動にも支障はない。けれども、何かを暗示させるために、創作者は自然描写をところどころに織り交ぜます。
この風景描写を、殆どの人が読み飛ばしている。だから、主人公が何を感じているかを問われたときに、想像がつかない時が殆どです。
アニメやゲーム、映画などでは、解りやすいフラグの台詞がありますよね。「この戦いが終わったら、あの子に告白するんだ!」と目をキラキラと輝かせていたキャラが、その話の最後で命を落としたり、「やたらと出番が増えたよなぁ~」と思っていたら、いきなり死んでしまったり……俗に言う、死亡フラグと言うやつですが、文学作品でもこのフラグ。沢山使われています。むしろ、文学作品で多用されていたそれを読み、読解して理解した創作者たちが、それを自分の創りだしたものにより解りやすく織り込み始めた、という方が正しいでしょう。
【天気はただの事実。それをどう受け止めているかが、ポイント】
万人にとって良いと思われる天気は、晴天。快晴でしょう。
けれど、例えば想像してみてください。
あなたは、とても運動神経が悪い。足が遅く、出来れば公開処刑のように全校生徒の前で走らなければいけない運動会、体育祭などが大っきらいだったとする。
明日は、体育祭。お父さんとお母さんも来ると言っている。家族の前で、ものすごく遅く走る姿を見せるなんて絶対に嫌だ。頼むから、お願いだから、雨が降って中止になってと願をかけて眠り、朝起きてカーテンの隙間から差し込む、眩しいばかりの日の光を見たとしたならば……
晴天は、良いものと言えるでしょうか? 雨が誰にとっても悪いものと言えるでしょうか。
天気、天候はただの事実です。それ以上でもそれ以下でもない。それが気分良く感じるのは、今のあなたにとって都合がよかったり、気分良く感じる何かがあるからです。天気を基本好ましく書いているときは、大概主人公の気持ちが晴れやかである証拠です。そして、どんな天気であろうが、それを暗く描写しているようであるのならば、主人公の気持ちが暗い、もしくは何かを怖がっている。不安なものがある、ということです。
【結婚式の嵐の描写】
村へと帰ってきたメロスは、妹の結婚式を大慌てで整えます。けれど、急に明日式を挙げたいと言っても、みんな納得しません。なので、メロスは徹夜で説得することに。
前日も徹夜で走り(歩き?)続けて、今度は説得で徹夜。そのまま昼の結婚式に突入。そのまま夜の宴会です。
このスケジュール、恐ろしいですよね。いかにのろのろであったとしても、40キロを徹夜で移動してきた後。結婚式の準備を整えて、そのまま爆睡。夜に起きて、再び徹夜で新郎の説得。そのまま次の日の昼に結婚式を執り行い、宴会へ。
ほぼ、24時間起きてます。その前に徹夜もしてます。如何に仮眠をとろうとも、強行スケジュール過ぎます。良く倒れないなと思うくらいです。
人間の意志は、健康的な体力、気力が充実している時には正常に働いている、と言います。つまり、私たちは疲れてしまうと誘惑に負けそうになってしまう。
大抵、ダイエットの時にお菓子に手が伸びるのって、疲れきっている時なんですよね。そのほか、例えばテスト勉強のちょっと息抜き~と、動画を見始めると止まらなくなったり、LINEでメッセージのやり取りを頻繁に行ってしまうのも、全て疲れている時です。
人間、疲れると決意が揺らぐようになってしまう。
そして、当然、メロスの決意も揺らいでいきます。
結婚式の最中に降り出した豪雨。何か不吉なものをメロスは感じます。それは、メロスの不安が豪雨をそう見させているのです。何も不安が無ければ、「良く降るなぁ」で終わります。近年、大雨を見ると私たち日本人が不安に思うのは、「豪雨=洪水」という天災が数多く続き、それを体験、または映像で見て知っているからです。
それと同じように、メロスも不安だった。約束を守りきれるのか。ちゃんと戻れるのか。この疲れきった、ボロボロの身体で戻れるのかと、不安だった。
だから、雨が不吉なものに感じられた。
【疲れている時には約束が守れない】
そして、更にメロスの心は揺らぎます。
疲れ切った身体で、目の前には処刑や恐れなどとは無縁の、幸せそうな家族が居ます。このままここに居れば、自分もこの幸福な状態のままで居られる。むしろ、居たい。ここで、このままずっと過ごしてしまいたい。このよき人達と、と考えてしまう。
おいおい、セリヌンティウスはどうなるんだと、突っ込みが入りそうですが、これは肉体や体力の限界を迎えた時の人間の行動としては、とても理解できるものです。疲れた時は判断力や道徳心まで低下してしまう。誘惑に負けやすくなることは、現代では様々な心理学の実験によって証明されています。
けれど、そんな実験などせずとも人間に対する鋭い洞察力に長けた太宰の瞳には、人間が本来持っているずるさやどうしようもない醜悪な部分。そして、健康な状態で気力が充実しているならば、誰もが真っ当な正しいことを出来るけれど、それが崩壊した瞬間に人間は欲望の塊になるということが、映っていたのでしょう。
同じ人間。同じ性格でも、状態、状況によって考えることが違ってくる。
その、残酷なまでの醜悪な人間の裏の顔を、太宰は描きだしたかった。
けれど、逆に言うのならば、回復している。元気な時ならば、約束を守れる、ということです。
【メロスの復路】
一旦、メロスは睡眠をとります。
そして、少しの仮眠のつもりが、起きたのは薄明のころ。初夏のイタリアの日の出は午前5時半と言ったところです。だから、おそらく起きたのは明け方の5時。
焦って跳ね起きたメロスですが、まだ大丈夫。時間はたっぷりあると、準備をゆっくり始めます。おいおい、そんなに余裕で良いのか? と問いかけたくなるほどですが、確かに余裕なんですよね。
往路は40キロの道のりを、長く見積もっても10時間で移動出来たメロスです。しかも、夜の道が見えない状態です。
起きたのを明け方の5時。そして、初夏のイタリアの夕暮れは夜の八時ごろなので。、実に15時間の時間が残されています。しかも、明るい、道がはっきりと見える、歩きやすい状態です。けれど、この余裕が後々メロスの首を絞めることに……
【時間がありすぎると、人間はさぼる】
これは、自身の経験からも、生徒たちのテスト前の様子を見ていても思うのですが、時間がたっぷりある子の方が、テストの準備をしません。
むしろ、一体いつ時間があるの? と思うようなぎちぎちのスケジュールのこの方が、きちんとテストの対策を立てているのです。
忙しく、時間が無いから最小の時間で最大の効果を得よう。そして、事前に早く手をつけるという習慣が成り立っているのでしょう。思い立ったらすぐ手を付ける、ということが基本的に身についているからこそ、出来ることです。
メロスもこれに当たります。
余裕がある。まだ大丈夫だと思うと、人は頑張ろうとしない。
未練を引きずりながら、村を飛び出ます。そして、隣村までは走った。日も高く昇り、暑くなってきたというのですから、午前10時ごろと仮定します。この時点で、超ゆっくり支度していることが解りますよね。
そこから、よくよく読むと、メロスは何と歩き始めます。急ぐ必要もないと、歌まで歌いながら、半分。20キロの時点まで、歩くのです。
大丈夫、と思うと油断する。まだ、時間があると思うと、一向に作業に取り掛かろうとしない。あれ? これって、古典でも同じような話。ありましたよね。
中学・高校古典を読み解く 徒然草に学ぶ怠け病の怖さ~ある人、弓を射ることを習ふに~
人間って、本当に変わらない。こういうところは、同じです。
そして、そのツケは、メロスは自分で支払うことになります。
早め早めの行動が大事って、耳にタコが出来るくらい聞かされている話ですが、「まだ大丈夫!」と思った瞬間が一番危なく、とりあえず手を付ける、という行動を起こす習慣を身に付けたいと思わせるエピソードですね。
さて。メロスが払わされたツケはどんなものだったのか。
ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
続きはこちら
コメント