小説読解 太宰治「走れメロス」その9~もっと恐ろしく大きいものの正体~


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

さて、本題。

さんっっざん太宰のこの「走れメロス」を違う視点と言いながら、言いたい放題語らせてもらいましたが、太宰が本来描きたかったもの。主題と呼べる物への言及を今日はしたいと思います。

もっと恐ろしく大きいもの それはあなたの中に隠れている

【メロスが言い放ったとんでもない言葉】

昨日のエントリーでフィロストラトスのことを散々に取り上げていますが、その時の会話は、メロスもかなり酷いことを口にしています。

良い人の顔をして、甘い、致死量が入る毒の言葉を吐くフィロストラトス。その彼は、「もう走るな」とメロスに言いながら、セリヌンティウスのことを語ります。

「あの方はあなたを信じておりました。王様がさんざんあの方をからかっても、メロスは来ますとだけ答え、強い信念を持ち続けている様子でございました。」

その言葉にメロスは反応します。

「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。」と。

ここまでは良いです。友が信じてくれている。ならば、自分もその信頼に応えなければ。彼が待っているのだから、私は走らなければと使命感に燃え、友情に篤い人情家のメロスの性格が良く出ている台詞だと思うのですが……問題の台詞は、その次です。

「間に合う、間に合わぬは問題ではないのだ。人の命も問題ではないのだ。」

えっ……??

人の命も問題ではないって……セリヌンティウスが死んでも構わない?? その前と言っていること、違うじゃないかと思わず突っ込みたくなる瞬間です。

セリヌンティウスは?? 友達の命は??? いや、自分の命のことも入っているのだとは思いますけど、それにしたって酷すぎないかと思う瞬間です。

間に合わなくても良い。セリヌンティウスや自分が死んでしまっても良い。

それよりも大事なものがある。

自分の命だけでなく、友の命まで犠牲にしても守らなければならない大きな物。そして、恐ろしいもの、とは一体何なのか。

【もっと恐ろしく大きいものの正体】

「私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいもののために走っているのだ。」と、メロスは語ります。

先ずは分かりやすい、大きいものから。

これを理解するためには、ディオニス王との賭けを思い出さなくてはなりません。

ディオニス王の主張は、

人は信用ならないもの。信じてはならないもの。

メロスの主張は、

人は信じるべきに値する存在。疑ってはいけないもの。

です。

2人の主張は真っ向から対立しています。

そして、王の主張は、

口先だけなら何とでも言える。証拠を見せろ!

と言うものでした。

つまり




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メロスが諦めて走らない。王城に戻らない=王の主張が正しい。人は信頼してはならない存在であることの証拠になる。

逆に

たとえ間に合わなかったとしても、メロスが走りきる。自分が死ぬと分かっていても、自分に不利なものであったとしても、一度交わした約束を守り切って走る=メロスの主張が正しい。人は信ずるに値する存在である。

と言うことになります。

つまり、大きいもの、とは、メロスと王の個人的な賭けの事だけでなく、人間が信じられるか否か、と言う命題を立証できるかどうかの問題だと言っているのです。

そして、恐ろしい、とその前につけているのは何故なのか。ここに、走れメロスが名作として語り継がれている妙があるのだと思います。

【どんな人間でも裏切る要素が隠されている】

メロスは正直者。そして、少し異常なほどに正義を愛し、それを周りにも求めるほど、裏切ることなど考えた事もないキャラクターです。

そのメロスが、諦めかけ、全てを投げ出そうとしてしまう瞬間を太宰は描いています。

これは、寺山修司が書いているように、メロスが我儘で自己中心的。そして、勝手なお調子者だと断ずる事も出来るでしょうが、太宰が描きたかったものは他の彼の作品にも流れている真理。それは、通常の普通の人間の裏側に潜む、悪辣さです。

自分は絶対にそんなことをしない。そんなことをするはずがない、と思い込んでいる人が、時にとんでもない裏切りを当たり前のようにしてしまったり、認識の違いから平然と人を傷つけるようなことをしてしまったり、まるで人が変わったように攻撃的になったり・・・

そんなことが、日常的に当たり前に起きています。

とても人間として善良だと思っていた人が、時にとんでもない裏切りをしてしまったり、卑怯な手段を取ってしまったり。

それは、何か特別な性質がその人に備わっているからではなく、もっと恐ろしい真実。

つまり、人間は全て、時に卑怯な行動を取ってしまう可能性が、外側ではなく内側。私たちの心の中に、そんな悪魔が潜んでいる、と太宰は言っているのです。

山月記の李徴は、これを猛獣だと言った。

走れメロスでは、恐ろしい大きいもの、と語っている。

1番恐ろしく、御し難いのは自分自身。自分の心の内側に、この卑怯な獣は常に潜んでいる。

そして、自分が1番出てきてほしくない時に、それがひょっこりと頭を擡げるのです。

さぁ、裏切れ。卑怯な真似をしろ。自分のために動けと、甘い声で囁いてくる。

それが、恐ろしい、とメロスに語らせているのです。

【解答はどのように書くのか】

ポイントをまとめます。

記述の時に必ず守らなければならなのは、入れなければならないポイントを必ず書き出すこと。

記述が取れない子ほど、この手間を飛ばそうとします。

けれど、点数が欲しいのなら必ずポイントを書く。

時間が無いというのは、慣れてないからです。慣れるまで、ノートで練習しましょう。

書かなければならないポイントは

・メロスが走りきることで、人は信頼に値することが立証できるということ。

・人の心の中には、常に正しいことではなく間違ったことをさせようとする誘惑の声が常にあるということ。

・その誘惑に打ち克たねばならないこと。

この3点です。

なので、それを入れるように、まとめてみる。

あえて答えは書きません。

自分で是非、まとめてみてください。

コメントに書き込んでくれたら、添削致します。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

明日は、メロスのオチについて、です。

続きはこちら

小説読解 太宰治「走れメロス」その10~拍子抜けの結末の訳~


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