2017年度(平成29年度)センター本試験問題解説 評論 その6


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

センター試験解説、第6回目。2017年度の評論をかなり詳しく解説していますが、それぐらい評論って理解するのに時間がかかるものなんです。

理解できないものを、テクニックだけでどうにかするには、センター評論は難しすぎます。実力を付けるには、とことん理解できるように、自分と向き合うこと。その面倒くささを抜けると、解答が当たるようになってきますし、間違えたとしても、ちゃんとくやしいし、反省が出来ます。

では、続きの問題を見ていきましょう。

【問5の問題】

傍線部D「にもかかわらずこの議論の仕方には問題がある。」とあるが、それはなぜか。その理由として最も適当なものを選びなさい。

はい、やっと来ました。「なぜか」と問う問題。

ここまで見てきても分かったと思うのですが、国語の問題って「どういうことか」という問題と、「なぜか」しか、ないんです。

「どういうこと」は書き換えの問題だとしたら、「なぜ」は原因理由を答える、因果関係の問題。種類が違うんですね。

「どういうこと」は同一表現を探す問題で、「なぜか」は、大概傍線部が結果なので、そうなった過去の原因を見つける問題です。

【理由を探す】

この問題も、選択肢を吟味する前に、解答を作ってしまいます。

理由・原因を探す。どうしてそうなったのかを、考える。

先ほど、傍線部を結果と書きました。

「議論の仕方には問題がある」と問題で書いてあります。仕方、はやり方、方法、と言い変えることが出来るし、この議論とは、誰の議論なのか。もちろん、コリンズとピンチの議論です。

コリンズとピンチの議論に問題がある=結果

問題があるのは、彼らの議論には何かしらの欠陥がある、と言っているのです。彼らの欠陥は、何か。

本文読解のところで書きましたよね。

科学が万能ではなく、危険も伴うものだという認知度については、一般市民にも浸透している思想であり、市民もそれぞれ認知度は違っている存在なのに、彼らは、「一般市民=科学に対して知識ゼロ」と一概にまとめて話している時点で、「一般市民は科学知識がない存在」とみなしている科学者と同じような問題に、はまりこんでいるということです。

そして、科学者も一般市民も「ほんとうの科学の姿」を知らないのだから、自分達のような社会科学者が啓蒙行動をするのに相応しいという、自分達の存在価値をあげるような論に集約してしまう、という問題があるのです。

まぁ自分達が科学を話すのに相応しいよー、と自分達で言っているわけなので、まぁちょっと信用できないよな、という話になりますよね。

(自分で「絶品!!」とか宣伝しているお店の味が信頼できないのと、おんなじかな?(笑))

そんな問題があると言っているわけでして、それが書いてある選択肢を選びます。

【選択肢の吟味】

①コリンズとピンチは、「ゴレム」という科学イメージを利用することによって、初めて科学の「ほんとうの」姿を提示し科学至上主義も反科学主義も共に否定出来たとするが(△)それ以前の多くの小説家も同様のイメージを描き出すことで(○)一枚の岩のように頑固な一般市民の科学観をたびたび問題にしてきたという事実を、彼らは見落としているから。(×)

最後が決定的に違います。

小説家が一般市民の科学観を一枚岩として問題にしてきた、という表現は全く違います。小説家が問題にしてきたのは、科学の危険性です。

彼らが見落としているのは、科学者と同じように、一般市民が等しく科学に対して知識がないと決めつけている事です。

間違い。

②コリンズとピンチは、様々な問題に対して一般市民自らが決定を下せるように、市民に科学をもっと伝えるべきだ(×)と主張してきたが、原子力発電所建設の是非など、実際の問題の多くは「科学者」という職業的専門家の間でも簡単に解決できないものであり(△)、単に科学に関する知識を伝えるだけでは、市民が適切に決定を下すには十分ではない(○)から。

まず、冒頭のコリンズとピンチは、科学を一般市民に伝えようと主張はしていません。これは、科学者です。

実際の問題は科学者でも解決できない、というのは、結論が一概に言えないし、科学者でも間違うことがあると本文に書いてあるので、明確な間違いとは言えないので△。最期は当たっているのですが、冒頭が違いすぎているので、解答として残せません。間違い。




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③コリンズとピンチは、科学を裂け目のない一枚の岩のように頑固なものとみなしてきたそれまでの科学者を批判(×)し、古生物学、工業化学などといった異なる領域を一括りに「科学」と呼ぶ態度を疑問視している(○)が、多くの市民の生活感覚からすれば、科学はあくまでも科学であって、実際には専門家の示す科学的知見に疑問を差しはさむ余地などない(×)から。

コリンズとピンチが批判をしたのは、「もっと科学を」という、路線に対してです。その二次的な効果として、科学の一枚岩的な状況を掘り崩すことができましたが、それが目的ではありません。

後半は、こんなことは本文には書いてありません。

間違い。

④コリンズとピンチは、歴史的にポピュラーな「ゴレム」という科学イメージを使って科学は無謬の知識だという発想を批判した(○)が、科学者と政治家やメディア、そして一般市民との関係について人々に伝えるべきだという二人の主張(○)も、一般市民は科学の「ほんとうの」姿を知らない存在だと決めつける点において、科学者と似た見方である(○)から。

はい、過不足ありません。

ある意味、一般市民を科学者と同じように決めつけているのですね。そこが、問題だと言っている。正解。

⑤コリンズとピンチは、これまでの科学者が振りまいた一枚の岩のように頑固な科学イメージを突き崩すのに成功した(○)が、彼らのような科学社会学者は、科学に「ついての」知識の重要性を強調する(×)ばかりで、科学知識そのものを充分に身につけていないため、科学を正当に語る立場に基づいて一般市民を啓蒙していくことなどできない(×)から。

科学知識を重要視しているのは、科学者なので、×。

そして、ラスト。啓蒙出来る存在なのかどうか、ということは、筆者は判定していません。そうやって自分達の立場を推し進めている姿勢が問題だと言っているだけで、出来るかどうかは議論に挙がっていません。

なので、×。

間違い。

はい、今日はここまで。

続きは、また明日です。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

 


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