人は善悪どちらの性質なのか 性善・性悪説 その4~漢文解説「荀子」(性悪)~「人之性悪」


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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

人の本質は悪である。と、言いづらいことをきっぱりと言い切ったのは、儒家の流れをくむ思想家。荀子です。

孟子の意見と真っ向対立するこの意見。何故、そう言い切れるのかを、解説していきます。

【人之性悪】

~白文~その1

人之性悪、其善者偽也。

今人之性生而有好利焉。是故争奪生、而辞譲焉。生而有疾悪焉。順是故残賊生、而忠信亡焉。生而有耳目之欲、有好声色焉。順是故淫乱生、而礼儀文理亡焉。

~書き下し文~その1

人の性は悪なり。其の善なる者は偽なり。

今、人の性、生まれながらにして利を好むこと有り。是に順(したが)ふ、故に争奪生じて辞譲亡(ほろ)ぶ。生まれながらにして疾悪有り。是に順ふ、故に残賊生じて忠信亡ぶ。生まれながらにして耳目の欲有り、声色を好むこと有り。是に順ふ、故に淫乱生じて礼儀・文理亡ぶ。

~訳文~その1

人間の本性は悪である。その本性が善であるというのは、人為の結果そうなっただけなのだ。

さて、人間の本性には生まれながらにして利益を好む心がある。この本性に従って行動するために、争いや奪い合いが起こり、遠慮し譲る心がなくなってしまう。また、生まれながらにして憎悪の心がある。この本性に従って行動するために、人を損ない続けることが起こり、真心と誠実さが無くなってしまう。また、生まれながらに美しいものを聞いたり見たりしたいという欲望があり、美しい音楽や美しい女性を好む心がある。この本性に従って行動するために、人の道に外れた行いが起こり、礼・義や物事の筋道が無くなってしまう。

~解説~その1

 

孟子とは最初から真っ向対立している冒頭です。

人の本性は悪である、と明確に荀子は言い切っています。

その理由は、利益を好む心。つまり、自分だけが良い思いをしようとする欲望が人には備わっているというのです。

言われてみれば物凄く納得ですよね。

別段これは、人を騙して自分に得を、とかそういう悪逆な気持ちと言うわけではなくて、色んな行動をする時。例えば、ご飯を食べる時にも、「あ~、ちょっと良いもの食べたいなぁ」「好きなもの食べたいなぁ」「美味しいもの、食べたいなぁ」って思う事は、誰にでも有りますよね。

ほんのちょっと、良いものを得たい。こんな利益を好む心は、誰にでも有るものです。

でも、その本性をそのままにして、望むままに行動してしまうとどうなるか。荀子は争いや奪い合いが発生する、としていますが、現代に照らし合わせてしまうのならば、子供が欲しいからと言って、お店などで会計をする前に袋を破って食べてしまったり、食べたい気持ちがありすぎるから、皆で分けなければいけないケーキなどを、自分ひとりで全て食べてしまったり。そんなこと、やってしまう時や、やらないけれども考えてしまう時ってありますよね。

この本性に従ってばかりいると、人に譲る気持ちが全くなくなってしまう。

同じように、人間はもともと妬んだり、憎んだりしてしまう気持ちがある。

一瞬、思わず羨ましいなと思ってしまうようなことや、自分だけが損をしているのではないかと思うと、相手を恨む気持ちがわいてきてしまう。それを放っておくと、人を傷付ける。暴言を吐いたり、嫌味を言ったり、人が嫌がることをしてしまう時がある。

更に、美しいものを好む性質が私たちには生まれつき備わっている。自然と綺麗なもの、美しいものに、どうしても視線は向いてしまう。けれど、その美しさや綺麗さを求め続けてしまうと、人の道に外れた行いをしてしまう。ここでは男性に限って話していますが、当時、美女は男性の武勲の手柄として与えられていたものです。そして、奪い合う存在でもありました。今でいうのならば、美しい物や場所に執着し、それを身に着けていたり、その場所に行けることに拘ってしまうと、礼儀や物事の順序を忘れた振舞いをしてしまうようになってしまう。今年(2017年)、問題になったインスタ映え等があげられますね。綺麗な、かわいい写真を取ることだけに一生懸命になってしまった結果。周囲が見えなくなって、礼儀知らずになってしまう傾向は、何も古代の話だけでは有りません。

孔子、孟子の考え方や論の展開を学んでいるからなのか。荀子の出す例示はとても解りやすいもので、現代でも納得しやすいものが多くなっています。

~白文~その2

 

然則従人之性順人之情必出於争奪合於犯文乱理而帰於暴。故必将有師法之化、礼義之道、然後出於辞譲合於文理、而帰於治。

用此観之、然則人之性悪明矣。其善者偽也。

 

~書き下し文~その2

然らば則ち人の性に従ひ、人の情に順はば、必ず争奪に出で、犯分乱理に合して、暴に帰す。故に必将(かなら)ず師法の化、礼義の導き有りて、然る後に辞譲に出で、文理に合して治に帰せん。此を用て之を観れば、然らば則ち人の性は悪なること明らかなり。其の善なる者は偽なり。

~訳文~その2

以上の通りだとすると、つまり、人間の本性のままに感情に従うと、必ず争いごとや奪い合いから始まって、秩序を犯し乱すことに発展し、やがては混乱状態に陥る。だから、必ず先生や規範による教化と、礼・義による導きがあって、そうして初めて、遠慮し譲ることから始まり、物事の筋道にかない、やがては世の中が治まるのである。以上のことから考えてみると、人間の本性が悪であることは明白である。それが善であるというのは、人為によるものである。

~解説~その2

本性。つまり、感情に従い、そのままに振舞って行動してしまうと、必ず争い事や奪い合いが始まってしまう。




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確かに、冷静な争いって有りませんよね。喧嘩って、常に感情的な行動です。人間だから仕方がない部分があるのですが、それでも感情に振り回されると、どうしても争いからは無縁ではいられない。

そして、争いばかりしていると、世の秩序が乱れてくる。

団体の中でも、諍いばかり起きているグループだと、まとまりがなく、各自が好き勝手動いてしまい、ルールや規則などが徐々に守れなくなってくる。ルールを破る時って冷静と言うよりはちょっとした出来心や、これぐらい許されるかなと言った油断が元になっています。それらって、感情ですよね。

そして、そうやってルールを破る人間ばかりが増えてくると、「なら俺も」と、皆が守らなくなってきてしまう。結果、混乱状態になってしまう、と。

だから、それを押さえるためには、教化。つまり、誰かにルールや教えてもらったり、これが正しいのか正しくないのか。それを導いてもらったりすることによって、礼=社会の規範や道徳の規準 と、義=人があゆむべき、正しい道を身につけることが出来る。

そして、それが身についてくると、人に譲る気持ちや、思いやりの気持ちが芽生えてきて、物事の通りが通るようになってくる。その後人々の気持ちが落ち着き、それが広まって世の中が治まる、と。

小さな、身近なところから始まったものが段々と広まっていく。それが当然となってきたならば、必ず世の中に平和をもたらしていく。

だからこそ、私たちは礼儀や規範、道徳などを学ぶ必要があるのだと、荀子は語っています。

このことから、人の本性は悪であり、善だと思うのは、それは人が生まれて後天的に身に付けた礼や義のおかげであるのだ、とまとめています。

【まとめ】

同じ儒家の大家である孟子の「性善説」に真っ向から対抗したこの「性悪説」。

両者に共通することは、人間が持ってしまう欲望が悪行の原因で有る、という部分です。

ですが、

孟子の場合は、その欲望が後天的に与えられた周りの環境。つまり、外部の環境による影響でわき上がるものとしていますが、

荀子の場合は、先天的に持って生まれた物。人間は、生まれた瞬間から欲望の塊であるとしているところがこの二人の間で大きく異なっている部分です。

人間を悪行に向かわせてしまうと言う、欲望。欲。

これは、生まれた瞬間に備わっている物なのか。それとも、生まれおちてからその後の環境によって、芽生えるものなのか。

貴方はどちらだと思いますか?

【論文の理想的な形】

少し本題からずれますが、この性悪説を書いている荀子の論の進め方。理想的な小論文の論旨の展開を表してくれている具体例です。

論文の基本は、抽象-具体例-抽象 の順番です。

冒頭の部分で、きっぱりと自分の意見。「人の性は悪だ」と明確に言い切っています。(抽象)

そして、その次。具体的な例示を述べています。

ここで言うのならば、利益を好む心や憎悪、声色を好む気持ちのことです。それらをしっかりと例示として出し(具体例)、それらから考えると、と例示で示した事を一旦、まとめます。人々が礼儀や規範を学べば、世の中は平定する、と述べています。(原因-結果)

そして、最後にもう一度。人間の本性は悪だと、駄目押しに最後に最初と同じことを繰り返し、(抽象)少しだけ違う事を付けくわえています。この、少し変える、というのがコツです。

何かを言おうと思うのならば、先ず結論をすばっ!と最初に述べ、どうしてそう言った結論に到達したのか。理由と、具体例を述べます。

そして、結論でもう一度最初と同じことを、少しだけ文章を変えて繰り返す。

意識して、作文などにとりいれてみてください。

明らかに、変わりますよ。

 

ではでは。

明日は、性善説、性悪説のまとめです。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。

 

 

 


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