小説読解 ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」その10~まとめ 文学作品に悲劇的結末が多いわけ~

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こんにちは、文LABOの松村瞳です。

皆さんが読まれた文学作品の中で、ハッピーエンドで終わった作品は、どれぐらいあるでしょうか?

このブログでも解説したメロスは、ハッピーエンドで終わっていますが、その他はどうでしょう?

頭の中で思い浮かべた作品の中で、幸せな状況で終わっている物語はどれだけあるでしょうか? それとも、その逆の、不幸な状況で終わっている小説は、どれだけありますか?

アンハッピーなエンディングの文学作品って、多いですよね……

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【教科書に載っている文学作品】

教科書。とくに、中学校から高校にかけての国語の教科書に載っている作品の多くは、主人公が必ずと言っていいほど、不幸になっています。

この「少年の日の思い出」もそうですが、三年で読む、過去の人間関係が大人になってしまうと続けれられない現実を知る「故郷」、高校では普通の人間がたった数分の出来事で犯罪者になってしまう「羅生門」。自己の心の中の猛獣に負け、外見までもが獣に変化してしまう「山月記」、友人を裏切った罪の重さに耐えかね、自分をも殺してしまう「こころ」、心から愛した人を裏切らなければならなかった「舞姫」。。。

ヘルマン・ヘッセ、魯迅、中島敦、芥川龍之介、夏目漱石、森鴎外……

どの作家も、歴史に名前を刻む人達ばかりです。何故、彼らはこのような多くの不幸な物語を紡いだのか。

更に古文に目を向けて考えると、千年も語り継がれている「源氏物語」も、登場人物の殆どが何らかの形で不幸になっています。源氏が愛した最愛の姫。紫の上も、最後の最期まで源氏に愛されているかを信じ切れず、その不信の中死んでいき、源氏はその紫の上を失ってから、初めて、本当に自分が愛していた存在は彼女だったのだと気付きます。遅すぎだろうと思うのですが、長い物語の結末に用意されている悲劇。

海外に目を向けてみても、悲劇で終わっている物語は、本当に多いです。

ある意味、文学作品がそのような悲劇に満ち満ちていたからこそ、反動なのか。舞台芸術や映画、娯楽小説、漫画、アニメなどの作品は、ハッピーエンドの物が多いのでしょう。人間、どこかしらでバランスを取るものなのですね。

【文学作品に悲劇が多いわけ】

文学作品は非常に悲劇が多い。

それは、芸術だからとか、真実を描いているから、という意見も、確かに一理ありますが、私の考えは少し違います。

文学を含め、多くの芸術に言えることですが、人は何か行動を起こす時は明確な目的がある筈です。創作者も同じです。何か目的があって、悲劇を語る。自分の感情を、言葉や形、メロディ、映像に乗せて、語っていく。

その目的は何なのか。

少なくとも人の気分を落ち込ませる為ではありません。よりリアルに、現実感を、臨場感をもって、他人事とは思えない物語を紡いでいく。そうやって読者を話の世界の中に引き寄せておいて、ずどんといきなり不幸にたたき落とす。

その行動を通して、読者に何をさせるのが目的なのか。

それは、私たちに何かを考えさせたいからではないかと、思うのです。

【人は、命令されるとやりたくなくなる】

勉強しなさい。

頑張りなさい。

早起きしなさい。

良い子でいなさい。

言う方は、簡単です。けれど、言われた立場ならば、どうでしょうか。

子どもはこうやって命令されることが多いと思うのですが、こう言われると、やりたくなくなるのが人というものです。

何故ならば、小説読解 太宰治「走れメロス」その1~あなたは引っかかっていませんか? タイトルの罠~でも書きましたが、命令系というのは、「その行動をしていない」と指摘されているからです。

勉強しなさい⇒現実は勉強をしていない。

頑張りなさい⇒現実は頑張っていない。

早起きしなさい⇒現実は何時までも寝ている。

良い子でいなさい⇒あなたは悪い子。

これを言われて、気分が良くなる子どもがいるでしょうか? 大抵は、気分悪く、下を向き、「ちっ、うるせぇなぁ」と吐き捨てるだけです。

これは文学作品も同じ。

人を裏切ってはいけない。

一度やってしまったことは、取り返しなど付かない事だ。だから、行動に移す前は良く考えなさいと、言う事は簡単です。けれど、それを言われても、「あー、はいはい。そうですよね。わかっちゃいるんですよ。でも、そんなの、解っていたって中々できない。出来るんなら、苦労しないんです」と思うのが、現実です。

そう。命令系では、人間の心に響かないんです。

【思考は現実化する】

自己啓発の名著、というよりも、成功の手引き書のベストセラーとして有名な、ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」

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最新の脳科学からも、これは真実だと言う事が立証されつつあります。

日々、考えていることや思っていることが、現実化していく。

出来ると思えることは出来るし、出来ないと思った瞬間に出来ない現実が未来として確定されてしまう。なぜなら、人と言うのは、膨大な無意識の中で考え、感じていることが表面の行動として浮かび上がってくるわけですから、毎日考えていることが本当に現実化されていくのです。

だからこそ、命令系の言葉を沢山聞いていると、求められている行動ができない自分を毎日意識する。意識させられることになり、本当に出来ない人間になっていく。

これは教育学で有名な、ピグマリオン効果とも連携しています。周囲がその子に期待をかけ、あなたは出来る。やれると信じて接していると、それに相応しい自分になろうと本当に素晴らしい能力を発揮するようになっていく半面、この逆の効果。ゴーレム効果という恐ろしい効果も生みます。

周囲から、「お前はダメな子だ」「君は馬鹿だ」「能力が無い」「才能が無い」「ブスだ」「太っている」「魅力が無い」と言い続けられると、本当に将来。そうなってしまうという効果。

日々、浴びせられている言葉に、意識が感化され、そして思考が現実化していくのです。

そのことを、小説家たちは最新の心理学の結果など知らずとも、その鋭い人間観察と洞察力で人間の根幹を見抜いていた。

だからこそ、そうなってほしくないからこそ、小説家は悲劇を紡いだのでしょう。

【悲劇を見た後の人間の意識とは】

思い返してみてください。

今まで、あなたが涙した悲劇の数々を。

主人公がどうしようもなく不幸になっていく過程を描いた小説や漫画を読んでいて、その主人公に感情移入すればするほど、「ちょっと待てよ! 何でそんなことするんだよっ!!」と思い、「そうじゃない! そっちじゃないよ」と必死に止めようとしたことは、ないでしょうか。

そして、悲劇に終わってしまった結果を見た後。考えたことはありませんか?

どうやったら、上手くいったんだろう……って。

あの時にこうしていれば。あの時に周囲に助けを求めていれば。話していれば。もっと違った結果になったのではないか。

考えた経験は、ないでしょうか?

そう。人と言うのは、基本的に幸福を願うものです。だからこそ、小説の主人公に不幸になってほしいとは思わない。悲劇に突き進んでいく主人公の姿を見て、無意識に人々は考えてしまうのです。主人公が幸福になったであろう道を、無意識に考えてしまう。

芸術は、人の心を動かすものです。

それが癒しであれ、感動や感激であれ、人は何かしら心を動かすものに惹きつけられる。悲劇に人間が惹きつけられるのは、残酷すぎる物語の世界を体感することによって、どうすればこの不幸を回避できたのだろうかと、無意識に思い、その問いかけを頭の中に残すことによって、初めて人間は物語の中で描かれなかった「主人公が幸福になる道」を考えます。

「どうやったら……」と考え、問いかけることによって、人間の意識は初めてそこに向かいます。そして、意識は現実化する。「不幸な選択肢ではなく、幸福になる選択肢を考えろ」と言われても、人は考えるのが嫌になる。けれど、不幸になっていく主人公に胸を痛め、同じような絶望を疑似体験することによって、「どうすれば上手く行ったのだろう」と、初めて能動的に考えられるようになります。

明確な正解など、この問いかけにはありません。多種多様の答えが存在するでしょう。けれど、自主的に考える。答えを求めようとして初めて、人はそうでない未来を現実化出来るのではないでしょうか。

誰かの強制ではなく、命令でもなく、自分の力でそれを引き寄せる、現実化する力を得ることが出来る。

多くの戦争物が語るのは、その残虐性。理不尽性です。容赦ない映像や描写によって悲惨な光景を描き出すことによって、「二度とこの悲劇を繰り返してはならない」「では、どうすればいいのか」と、心を揺り動かすために、彼らはその物語を紡いでいる。

【少年の日の思い出の主人公が回避できた未来】

では、この「少年の日の思い出」の主人公が回避できた未来は、どんな未来でしょう。

エーミールと和解し、良い思い出として蝶の収集をうっとりと高揚感を得ながら見つめることが出来る未来。

この冒頭の主人公のように、自分は悪漢なのだ。卑怯な下劣な人間なのだと、自分を責め続け、大好きだった蝶を見られないような傷を残し、ため息を吐きながら昔の傷を誰かに話して、つかの間の安らぎと慰めを必要とする大人とは、違う未来。

そんなの、不可能じゃないかと思うかもしれません。

そもそも、盗みをしなければ良かったという意見もあるでしょう。エーミールに関わらなければ良かったのだというのも、選択肢の一つです。

けれど、私たち人間は、時にとんでもない間違いを犯してしまう存在です。衝動や、咄嗟のことで、理性とは違う部分が表面化し、気が付いた時にはやってしまった。取り返しのつかない事になってしまったことなど、沢山あるでしょう。

その間違いを犯してしまった後。

どうやって話せば、エーミールは心を開いてくれたのか。

二人の共通項は何でしょう。

鼻持ちならない優等生のエーミールと、人と自分を比べてばかりの主人公。共通項などなさそうな二人の唯一の接点は、そう。蝶です。

これは、人から怒られないようにするための秘策でもあるのですが、何か罪を犯してしまった人が、自分で自分を罰している場合。周囲は、それ以上責めるようなことは言えなくなってしまうものです。不合格に絶望し、その通知を見ながら涙している人間に、「だからあれほど勉強しろと言ったのに!」「こんな点数とって恥ずかしくないの!?」と、あなたはとどめのような一言を。追い打ちをかけるような言葉を言えるでしょうか?

ところが、悲しむのではなく、「いや、仕方がなかったんだよ。咄嗟のことだったし。本当は、そんなつもりなんかなかったんだ!」と言いわけに終始されると、「いや、違うだろ!」と感じませんか?

となると、二人が和解する接点も、蝶であったことに気がつくはずです。

主人公は、蝶が壊れたことを悲しんでいますが、エーミールの前でそれを見せていません。

あの魔の一瞬。階段で咄嗟に蝶をポケットに入れてしまった後。エーミールの部屋に引き返し、ボロボロになった蝶を見て、心を痛めていた姿をエーミールに見せるべきだったのです。

ボロボロになった蝶を見ているのも、辛い。自分がしてしまった行為の結果を、その心の痛みを、エーミールに見せるべきだった。

自分の保身などどうでもいい。自分の価値など、問題ではない。

蝶が。あれほど欲していた、見るだけで幸せだった蝶を、壊してしまった。かけがえのないものを、自分の欲望の為に壊してしまった。その悲しみに胸を痛めている姿を見れば、エーミールは少なくともわざと主人公が蝶を壊そうとしたのではないという事は、通じるはずです。

もちろん、怒りは相当なものでしょう。けれど、軽蔑はされなかったはずです。

けれど、蝶を失った悲しみよりも、主人公が優先したのは、自分が如何に悪漢として扱われないか。その項目ただ、それだけです。

だから、エーミールは怒った。主人公が、蝶を失って悲しんでなどいないと感じたから、責め立てたのです。軽蔑と言う、無言の視線をもって、主人公を断罪した。

そして、主人公はその後。自分で自分を罰するがごとく、蝶を全て潰してしまった。

蝶をもう集めようとしない。収集をしない事によって、自分を罰するつもりだったのでしょうが、それで本当に満足するのでしょうか?

この主人公は、「何もしない」という事。蝶も集めず、集めていた収集を捨てることによって、自分を罰し、その傷を大人になってまで抱えている存在ですが、このように「仕方がなかったんだ」と全てを受け止めることは、ある意味では全てを諦める姿勢と良く似ています。

仕方がなかった。他にどうしようもなかった。

本当にそうでしょうか?

とんでもないことをしてしまった、というのならば、エーミールのようにクジャクヤママユの幼虫から羽化させ、出来たものをエーミールに渡せばいいだけの話です。

もちろん、それで許してもらう事には繋がりませんが、少なくとも自分の努力でどうにかできる範囲です。同年代の少年のエーミールに出来たのならば、この主人公に出来ないはずはありません。

そうやって行動したことによって、受け止めて、何もしない事よりも得る物は大きいです。展翅の技術や、収集の向上もさることながら、やれるだけはやったという達成感や満足感も得られるかもしれません。少なくとも、蝶を見るだけで胸が痛むような大人には、なっていないはずです。

もちろん、時間と努力は相当必要でしょう。エーミールが許してくれる保証は、ありません。けれど、自分で行動することによって変えられる未来を放棄し、傷付いたと被害者のままで居ることは、この人物にとって幸福なことなのでしょうか?

周囲の環境や人によって幸・不幸は決められていて、それを受け止めるしか人間には、術が無いのでしょうか。

ヘッセは、その環境や状況を受け入れて、そのまま自滅する主人公を多く描いています。彼は、そうやって破滅する主人公の姿を通して、そうではない未来を、あなたがた読者には選びとってほしいと願い続けて、小説を書いたのではないでしょうか。

もし、あなたが不用意な一言で何かしら友人と壁が出来てしまったのならば、相手が何に傷付いていたのか。何に怒っているのかを考えてみる切っ掛けになればと、思います。

ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。

もう一度最初から読む。

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