2018年度センター本試験の国語。小説解説です。
今回、男子生徒はここで点数を確保できなかった人が多かったように感じます。
男子が弱いのは、女性主人公、そして恋愛もの、更に人の生き死が関わった分野になると、途端に点が取れなくなってしまう人が多い。(戦争物の生き死はなぜか取れるんですが、日常的な物は駄目な傾向が強い)
そんな、男子の苦手分野が詰まったような問題でした。
けれど、解ってみればとても単純です。
では、本文解説から。
【本文】
主人公の郁子は35年前に息子を亡くし、そして去年夫も亡くしてしまった女性。
そして、夫の新盆を迎える日。彼女は仏壇の前にきゅうりに楊枝をさして、迎え盆の準備をしながら、夫との思い出を回想します。その中で、憎まれ口を言ってしまったり、不快な一言を思わずぶつけてしまったりした自分の過去を思い出しながら、それでも夫は欲苦笑して流してくれていたなと、考えるのは夫の事ばかりです。
そんな中、夫の友人が同窓会のために写真を貸してほしいと願われ、写真の整理をしながら、郁子は有ることに気が付きます。
息子の死後、ふさぎこんだように重苦しい雰囲気の中で生活してきたと思っていたのに、写真に残る夫と自分の姿は、とても幸せそうに映っていました。自分でも気が付かないうちに、幸せに向けて歩きだしていた姿を写真から教えられるようであり、更にその写真を渡しに訪れた夫の郷里で、彼が話してくれた様々な昔話を思い出し、目の前の風景に既視感を覚えます。
ああ、息子の死からずっと。あれほど憎み、責め、時には怒りすら抱いた夫の言葉の一つ一つは、自分の中に確かに生きていて、彼と共に過ごした時間は確かに幸せであったことに気付く。
子どもと夫を亡くした妻が、夫の郷里を新盆に訪れる過程を描き、昔話を絡ませながら、確かにあの人と過ごした時間は幸せだったこと。そして、夫の言葉は自分の中で今も生き続けている事を確認出来た、色鮮やかな小説です。特に、ラストのシーンは、それまでの重苦しい雰囲気を覆すような、希望と幸せに溢れています。
自分は、不幸だと思い込んでいた主人公。
確かに、幼い息子を亡くしてしまった事実は、悲劇以外の何物でもありません。その息子をどうやって亡くしたのかは、問題では言及されていませんが、その死を受け入れる過程において、夫婦の間で様々な軋轢があったことは問題文の冒頭からも読みとれます。
けれど、夫の同級生からの依頼で、昔の写真を見ているうちに、笑顔で映っている自分達の姿を客観的に見、また電車の中で偶然にも思いだした、席を譲られた昔の記憶は、息子を妊娠していた時期であり、夫がとても自分の身を案じていてくれていたこと。愛されていた記憶です。そして、自分もまた、ほとんど馴染みのない夫の故郷をたどる過程で、「もう、この光景を知っている」と気付く。見たことなど無いはずの光景なのに、知らないはずなのに知っていると感じるのは、夫の言葉が自分の中にしっかりと保存されていたからだと気付き、ああ、確かに自分もあの人のことを愛していたのだと、自覚するのです。
そう、自分は不幸などではなく、幸福だった。恨みも、責めもしたし、怒りもある。けれど、確かに幸福な時間を夫と過ごしていたのだと気付く、再生の物語。
が……
この問題。多くの受験生は「夫を憎んでいた」「夫を嫌っていた」または、「子どもの死に囚われている」「死の苦しみを抱えている」小説、と受け取ったようで……
この小説の面白いところは、怒りや憎しみ、責める、などの否定的な感情の言葉はしっかりと明言されているのですが、愛しい、恋しい、いなくてさびしい、切ない、などの相手を想う温かな感情の言葉は、一切書かれていない事。
なので、引っかかりやすかったのでしょう。
小説は、大事なことほど書き表しません。
そこを読みとれるかが、課題です。逆に言うのならば、書いてあることは表面にすぎないということ。
では、問題です。
【問1】
語句問題です。毎年、定番の問題。なので、語彙力が無いとか言ってられません。そんなことを嘆く暇が有るのなら、辞書をひき、メモをし、その言葉を自分の生活の中で使う努力を積み重ねてください。
嘆く前に、一歩の行動です。
-ア-
「腹に据えかねた」の意味。
これは、怒りを心の中にためておくことが出来ない状態。我慢の限界、という意味。なので、正解は② これはきっと簡単だったかと。
「肝に据えかねる」は誤用です。間違わないように。
-イ-
「戦きながら」の意味。
戦く、の意味は基本は、恐れや寒さに震えること、または身体のふるえ、を指します。
なので、これは②と⑤で迷った人も多いと思いますが、その時は本文を参照。
この言葉の直後に、「虚勢を張って」という言葉があります。虚勢をはる=弱い部分を見せずに、強がる。という意味ですから、怖い、怯えを抱いている状態を隠している、と取れるので、怯えながら、という言葉が入っている⑤が正解。
言葉の意味だけでは正解にたどりつけない、良い問題です。
-ウ-
「枷が外れる」の意味。
枷=罪人をつなぎとめておく昔の刑具。転じて、人の行動を阻むもの。阻害するもの、邪魔なもの。
それが外れる、ということは、行動が止まらなくなる、という意味。
なので、正解は⑤
語句問題はスタンダードな難易度だったと思います。
外れた、という人は語彙力が無いと思いましょう。そして、語彙力を養うには、一つ一つを丁寧に使っていくしか有りません。せっかくの日本語です。日本人なので、率先して自分の文章、または会話に入れ込むようにしていってください。
意識すると、山のように入ってきます。
【問2】
傍線部A「写真の俊介が苦笑したように見えた。」とあるが、そのように郁子に見えたのはなぜか。
はい、来ました。難問。
特に男子はここで引っかかった人が多かった。
この前提として、過去に酷い言葉や憎まれ口を叩いた思い出や、一度離婚を切り出されたことを主人公は思い出しています。
そして、息子と夫の迎え盆の準備をしながら、帰りの茄子をわざと準備せず、「帰らなくてもいいわよね」と憎まれ口を口にする。
これって、どういう心境でしょう。大事なのは、表面ではなく、その言葉を言った心を考える事。
そう。「帰らなくていい」は、「帰ってほしくない」=「傍に居てほしい」=「私を一人にしないで=「寂しい」です。
なら、素直に「寂しい」って言えば良いだろうがと思うかもしれませんが、そうやって寂しいという気持ちを素直に出す事が出来ず、憎まれ口を叩いてしまうのが、この主人公。
そのひねくれっぷりに35年も夫は付き合ったんです。我慢が出来なかったのは、一度だけ。
なら、その他の時はどうしていたのか。そう。全て聞き流して、許して、受け止めていてくれたはずです。
「君は本当に、どうしてそうひねくれた事しか言わないのかね」と、苦笑して許してくれていたことを思い出して、写真を見たら、やっぱり自分には苦笑しているように見えた。まるで、今の言葉を聞いて、いつもと同じように聞き流してくれるように。
苦笑する、という表現は実に様々な意味を持ちますが、単純に「不快さやとまどいは残るけれど、仕方なくわらうこと」を意味します。
そう。そうやって、憎まれ口を吐きながら、この主人公は、聞き流してくれる夫に甘えていたのです。それを取れれば大丈夫。
ポイントは、夫が主人公の言葉や態度を受け入れていたということ。
それが唯一書かれているのは、選択肢③です。
②と迷った人も多いと思いますが、後ろめたさを抱いているのは、むしろ暴言を吐いている主人公の方です。止めたい、やめたいと思いながらもつい出てしまう。そのことを悪いと思っていながらも止められないのは、主人公の郁子の方。取り違えてはいけません。
①は夫を今も憎らしく、が間違い。
④は皮肉交じりに、が間違い。皮肉は意地悪をする、悪意を持って行うことです。悪意は感じられないので、駄目。
⑤は自分の頼りなさ、が間違い。寂しさは抱えていますが、不安や頼りなさはこの主人公には有りません。
【問3】
傍線部B「少し離れた場所に座っていた若い女性がぱっと立ち上がり~」とあるが、この出来事をきっかけにした郁子の心の動きはどのようなものか。
多くの人が間違ったであろう、この問3。正解が存在しないのでは?という意見もあるようですが、私はそうは思いません。なぜなら、問題には、最も適当なものを選べ、と有ります。選択肢の中で、より正解に近いものを選べ。つまり、全部あたりじゃないかもしれないけど、一番正解に近いようなものを選んでね。と有るわけです。
ベストよりもベターを選べ、というのは、国語のセンター問題を解くうえで必須の考え方ですが、より正解に近いもの。つまり、少しぐらい表記のゆれがあったとしても、一番間違いの少ないものを選べ、となっています。
問題を作るときに、どう考えても綺麗な解答作ってしまったら、他を幾ら間違いで埋めたとしても、簡単に正解が見抜かれてしまいます。だから、正解にもほんのちょっと迷わせるようなものを入れ込んでおく。センターでは、常識の考え方です。(問題作成者はきっと性格悪いに違いない(笑))
ここでのポイントは、「郁子の心の動き」と言及があること。
なので、彼女が席を譲られた後に何を考えたのかがポイントです。譲られた事ははっきりいってどうでもいい。考えているのは、過去。自分が夫に大事にされていたことです。
過去同じように席を譲られた時。体系に然程変化のない時期なのに妊娠中だと他者に指摘されたのは、夫である俊介が郁子をとても大事に扱っていたから。その態度を見て、気が付いたという流れが本文で書かれ、その後、郁子は到着した駅で夫の写真を枷が外れたように見続けています。
つまり、頭の中は夫でいっぱいだと言うこと。昔、夫に大事にされ、その思いを受けていた時のころを思い出す切っ掛けになった場面です。
それが過不足なく書かれているのは、選択肢①
年配の夫婦ではなく、夫が譲ったはず!という非難も有るようですが、問題はそこではありません。郁子の心の動き、を重点で取ると、正解は①しか選べなくなります。
②は物足りなさ、は何に物足りなさを感じているのかが解らないし、文章にそのような記述は有りません。
③は若くて頼りなかった夫、が間違い。頼りないことが解るような記述は本文に無し。
④は新鮮さ、が間違い。新鮮さは、目新しく、初めての体験である事です。主人公が思いだしているのは、昔のこと。真逆です。
⑤は時の流れを実感、が間違い。時の流れを実感しているのならば、老いた自分の姿や、昔のように出来ないと言ったような比較が必要。けれど、本文にはそれが描写されていません。間違い。
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